第34話 変わり者
「お前、本当にフェルムモールをやる気なのか?」
目の前のドワーフは気だるそうに聞く。
お前が呼んだんだろとツッコミたくなるが、それをグッと我慢する。
「俺一人でも倒しに行く。どうしてもエルフェンに行かないといけないんだ」
ドワーフに俺の決心を伝える。
しかし、ドワーフは「ヘッ」と軽く笑った。
「やめといた方がいいぜ。あいつらも言ってただろ? フェルムモールを倒すなんざ無理だって」
そう言ってドワーフは体を背もたれに預け、脚を組む。
「存外にそれっぽいことを言うんだな」
何を考えているのかわからない奴だと吹き込まれていたので、それらしい助言を貰えたことに驚いた。
「ふん、またあいつらの入れ知恵か」
俺の反応を見て、ドワーフは不機嫌そうに酒を喉に流した。
「……あの三人がなんて言ってるか知ってるのか」
「知ってるよ、自分がどんな風に言われてるかくらい」
知ってるんかい。
「ま、俺が変わり者なのは事実だけどな。何考えてんのかわかんないってのも、たぶんそこから来てるんだろ」
「変わり者ってどういうことだ?」
「俺はどうしようもない道具しか作らないからな。それも、誰も作らないような変わった道具だ」
と、ドワーフは自嘲気味に笑う。
「そんなことはどうだって良い。それで、フェルムモールを倒すとして、どうやって戦う気なんだ?」
気まずい話題だったのだろうか、俺に質問を投げて話題を変えた。
「小銃か機関銃で、しこたま銃弾を叩き込んで倒そうと思ってる」
「小銃に機関銃……? 聞いたことのない武器だな。人族の新しい武器か?」
「俺の作った武器で、一般には出回ってない。魔石の燃えた勢いを使って、金属をぶっ飛ばす武器だ」
俺が疑問に答えると、ドワーフがテーブルに体を乗り出す。
さっきまでの気だるそうな雰囲気もどこかに消えている。
「ほう、そいつは気になるな。そういえば俺も、昔そんな武器を作ったんだ。魔石じゃなくて、魔道士の火炎魔法で飛ばすやつだけどな」
火炎魔法で発射体を飛ばす武器か。
うーん、どこかで聞いたことがあるような……
あ、思い出した。
パタニカ村で見た原始的な銃だ。
「もしかしてだけど…… ガルポって名前は知ってるか?」
「おお、ガルポか! あいつは俺の古い友人でな。昔は一緒に旅をしたもんだ」
なんと!
ということは、このドワーフがあの銃と爆弾の製作者か!
一度会ってみたいと思っていただけに、これはテンションが上がる。
「気に入った。お前、名前は?」
「イブキだ」
「俺はベーゲル。そうだ、ガルポのよしみでフェルムモールの特徴でも教えてやろう」
このドワーフの名はベーゲルと言うのか。
よし、ちゃんと覚えておこう。
それに、フェルムモールの情報も貰えるときた。
ほんの少しの情報でも、あるのとないのとでは大きな違いなので、これはありがたい。
「フェルムモールの特徴はとにかく硬いことだ。頭がこんなに分厚い装甲に覆われていて、弓や剣じゃ傷一つつけることができない」
ベーゲルが指でその厚さを表現する。
およそ八センチくらいだろうか。
なるほど……
まるで戦車だな。
「後ろか横からなら攻撃は通るのか?」
「なに寝ぼけたことを言ってるんだ。戦う場所は狭いトンネルの中だぞ? 後ろに回り込めたら苦労しねえよ」
だとしたら、正面から倒すしかないのか。
しかし、フェルムモールの装甲はドラゴン以上に硬そうだ。
二センチ以下の鋼板しか貫けないモーゼル弾では、到底太刀打ちできないだろう。
いや、待てよ?
フェルムモールは地中を移動しているから、ドラゴンのように飛ぶことはない。
ということは、当てるのが難しい武器でも使えるかもしれない。
「パンツァーファウスト…… あれなら分厚い装甲だって貫けるぞ」
パンツァーファウストは、第二次大戦後半に登場した使い捨ての個人携帯対戦車兵器だ。
成形炸薬が内蔵された弾頭は一四〇または二〇〇ミリの装甲貫徹力を持ち、すべての連合軍戦車を撃破することができた。
また、徹底的に簡易化された構造により大量生産を可能としている。
不発弾が多さや短い射程などの欠点はあったものの、大戦後期の対戦車火力の一翼を担った優秀な兵器だ。
「そのパンツァーファウストってのもイブキの武器か?」
「ああ、そうだ。ただ、これから作るから、どこかで場所を借りないとな」
「それなら俺の工房を使え。材料もあるものは使ってくれて構わない。ただ、その代わり――」
ベーゲルは椅子に座り直して膝の上に拳を置く。
真摯な視線が真っ直ぐに俺に向けられた。
「俺もフェルムモール討伐に参加させてくれ、頼む」
そう言って、頭を深々と下げてきた。
思ってもいなかった願い出に、俺の口がぽかんと開く。
「い、良いのか? むしろこっちから頼み込むようなことだが……」
「良いってことよ! 久しぶりにガルポの顔も拝みたいしな」
そうして俺とベーゲルは、新しく製作した武器を手に、フェルムモールに戦いを挑むことになった。
◇◇
ダアン ダアン
トンネル内に銃声が銃声がこだまする。
照準の先でキツネのようなモンスターが鮮血を流して倒れた。
「よし、いくぞ」
前方の安全を確認して、ひとつ先の瓦礫まで前進する。
その向こうにいたモンスターに狙いをつける。
ダアン ダアン カチッ
最後に銃が空撃ちをした。
弾切れだ。
「……モンスターが多いな」
十発入りのマガジンを交換しつつ愚痴をこぼす。
消費したマガジンはこれで二つ目。
今回、モーゼル弾の予備が少なめなので、この調子が続くとまずい。
背中のぶっといのを二本叩き込むまで、モーゼル弾がもてば良いんだがな。
「イブキ…… お前。バケモンみたいに強いな」
後ろに続くベーゲルがそう零す。
出てくるモンスターは俺が全て排除しているので、ベーゲルに渡したKar98kの弾は一発も使われていない。
ゴゴ…… ゴゴゴ…… ゴゴゴゴゴ…………
突如として、トンネルの中に地鳴りが響き始めた。
なんとも不気味な音だ。
「この音は…… 来るぞ! 奴だ!」
ベーゲルも地鳴りに気づいたのか、警鐘を鳴らした。
「パンツァーファウストを準備しろ!!」
俺とべーゲルは武器をパンツァーファウストに持ち替えて、フェルムモールを待ち受ける。
ゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
地鳴りがすごいスピードで近づいてくる。
地面もかなり揺れていて、まるで地震のようだ。
「射撃用意!」
安全ピンを引き抜き、リアサイトを九〇度起こす。
そして、リアサイト後部の安全装置を解除すれば発射準備完了だ。
ドオオォォオオォンン
凄まじい音と共に右側の壁が崩れ、トンネル内に土煙が充満した。
「ギィィーッ! ギッギッ!!」
金切り音のような鳴き声が耳をつんざく。
土埃が晴れると、高さだけで俺の身長の二倍はありそうなモグラがいた。
頭はとても硬そうな金属の装甲に覆われている。
「こいつがフェルムモールだな!」
脇でパンツァーファウスト挟むようにして構え、フェルムモールを狙う。
「イブキ! 下がれ!」
シュイン
べーゲルに思いっきり後ろに引っ張られた刹那、眼前をフェルムモールの左手が切り裂いた。
身を隠していた瓦礫がバラバラに崩れる。
もしあのままあそこに立っていたらと思うと……
考えるだけでゾッとする。
「クソ、早く
すると、前にへーゲルが出てきた。
「食らいやがれ!!」
脇にはパンツァーファウストが抱えられている。
ヘーゲルは今にも発射しそうだ。
「バカっ! 後ろを確認しろ!!」
俺は反対側の壁に飛び込んで、ヘーゲルの真後ろから逃れる。
プフオン
トリガーが押し込まれ、パンツァーファウストの弾頭が発射された。
それと同時に、後方に強烈な爆風が発生する。
危なかった。
あの爆風をまともに食らったら致命傷になりかねない。
「ああっ! 外しちまった!」
ヘーゲルは使い終わった発射筒を投げ捨て、背中の残りの一本に手をかける。
フェルムモールを見ると、奴の手前で土煙が舞っていた。
距離を見誤って弾頭が手前に落ちてしまったのか。
「相手の図体はデカイ! 少し上を狙って撃て!」
パンツァーファウストの弾頭に推進薬はなく、初速が遅い。
そのため、弾頭は山なりの軌道を描いて飛ぶので、当てるのが難しいのだ。
「よし、俺もやるぞ!」
後方を確認して、パンツァーファウストを脇に挟む。
射撃距離は…… 六十で良いか。
リアサイト、フロントサイト、フェルムモールが一直線になるよう狙いを定める。
「照準よし! フォイア!!」
プフオン
火薬代わりの魔石によって発射された弾頭は尾部の安定翼を展開し、フェルムモールめがけて山なりに飛翔する。
ガアアァン
弾頭がフェルムモールの装甲に直撃し、表面で爆発が起こる。
「やったか!」
命中した場所は黒く焦げて穴が開いている。
しかし、フェルムモールの体力は一割しか減っていなかった。
「一発当ててこれだけか!?」
一発で一割しか減らせないということは、倒しきるには単純計算で十発必要ということになる。
今回持ってきたパンツァーファウストは計四本。
それももう残りは二本しか無い。
もはやここで倒すのは不可能だ。
「ギギィィィィーッ!」
シュイン シュイン
ダメージを与えられた怒りからか、フェルムモールが二連撃の斬撃を繰り出してきた。
なんとか攻撃を躱して、ヘーゲルに近寄る。
「ヘーゲル! 俺達に勝ち目はない! 撤退するぞ!」
「は、撤退!?」
次のパンツァーファウストを用意するヘーゲルは目を丸くした。
「今の俺達では火力が足りない! それを撃ったら先に下がってくれ! 殿は俺が務める!」
「くっ…… わかった!」
ヘーゲルがパンツァーファウストの狙いをつける。
そして少し上に向けて、トリガーを押し込んだ。
プフオン
ガアアァン
見事フェルムモールに命中したが、やはり致命傷には至らない。
ヘーゲルは発射管を捨てて後ろに下がる。
「よし、下がったな!」
それを確認した俺は、最後のパンツァーファウストを撃ち込む。
だが、狙いはフェルムモールではない。
トンネルの天井だ。
バゴオオン
命中した箇所から大量の土煙が落ちる。
パンツァーファウストは構造物に対する榴弾としても使えるので、それを利用した。
土煙により、フェルムモールは完全に見えなくなった。
「……よし、これなら下がれる」
そうして俺たちはトンネルを脱出することに成功した。
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