第35話 手助け

「よっこらしょっと」


 ドッガッ


 重たい木箱を持ち上げて、二段目に積み上げる。


「よし、これで八本目だな」


 木箱に何が収められているのかというと、パンツァーファウストだ。

 四本のパンツァーファウストが互い違いに収納されている。

 輸送時の安全のために取り外されている信管と点火薬も、小箱に収めて同梱してある。


「おいおい、いったいどんだけ作る気なんだ……?」


 運搬用の木箱を作るヘーゲルが、三つ目の木箱を渡して呆れ気味に聞いてきた。


「とりあえず二十本だ。半分くらい外してしまうと考えたら、これくらいは用意しておかないとな」


 先の戦闘における、パンツァーファウストの命中率は五十パーセントだった。

 最後の一発は意図して外したとはいえ、次の戦闘の命中率もこんなもんだろう。


 しかし、そんな俺の考えをよそに、ヘーゲルの顔は驚きに包まれていた。


「二十本!? そんだけ作ると、すごい重さになるんじゃないか?」

「ああ、どうやって運ぶか考えないとな……」


 パンツァーファウストの重量は、一本で六・一キロある。

 それが四本で約二五キロになり、二十本となると一二〇キロを超える。


 とてもじゃないが、二人で持って運べるような重さじゃない。


 事前にトンネルに運んでおくという策もあるが、パンツァーファウストを運び終えるまでフェルムモールが待ってくれるという保証はない。


 うーむ、どうしたら良いんだろうか……



 コン コン コン



 工房の扉が、ゆっくりと三回叩かれた。


「んあ、誰だ? こんな時間にこんな所に来るなんて、碌なやつじゃねえに決まって――」


 扉を開いたヘーゲルが、取っ手を握ったまま固まった。


「どうしたんだ? って、お前らは……」


 気になって様子を見に行くと、扉の向こうにドワーフの三人組がいた。

 この街に落ちた後、酒場で色々と教えてくれたあの三人組だ。


「こんなところに何の用だ? 用が無いなら帰った帰った!」


 ヘーゲルは三人を手で払い、扉を閉めようとする。

 その語気は強まっているような気がする。


 しかし、真ん中に立っていた一人が、それを押し止めた。


「ま、待ってくれ! 俺たちもフェルムモールの討伐を手伝いたいんだ!」


 今にも閉じられそうな扉の隙間には、必死そうなドワーフの顔が見える。


 その様子を見て、俺はヘーゲルの肩に手をかけた。


「悪気はなさそうだし、話だけでも聞いてやらないか? なんなら、俺が代わりに話すからさ」

「そうだな…… 悪気は、無いもんな」


 ヘーゲルは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、扉の前を譲ってくれた。


「で、急にフェルムモールの討伐を手伝わせてくれなんて、いったいどういう風の吹き回しなんだ?」


 三人を工房の中に入れないように、俺が外に出る。


「お前たちが戦ってるのを見たんだ。それで感銘を受けた! まさか、フェルムモールに一太刀入れられるとは思わなかった! あんなことを言ったが、俺たちも陽の光を浴びたいって気持ちはある。だから、手伝わせて欲しいんだ!」


 ドワーフは胸に手を当てて、猛烈にアピールしてくる。

 なんだろう、戦いを手伝いたくなるのはドワーフの血筋なのか?


 俺としては、人員が増えるのは大歓迎だ。

 人員が多ければパンツァーファウストの運搬問題も解決できるし、戦術の柔軟性も上がる。


 ただ、ヘーゲルと三人組との間には不仲がある。

 さっきの対応を見れば、火を見るよりも明らかだ。


 戦いを有利に進められるからと言って、ヘーゲルの意思を無視して話を進めて良いってもんでは無いだろう。

 ヘーゲルには工房を貸してもらった恩もあるしな。


「ヘーゲルはどうだ? 嫌ならもちろん断るぞ」


 俺がそう聞くと、ヘーゲルは難しい顔を浮かべた。

 彼も人員が増えることのメリットは理解しているのだろう。


「んんん、んん………… わかったよ、手伝ってもらおう」


 ヘーゲルは目をきつく絞ったまま答えた。

 苦渋の決断というやつだ。


「よし、わかった。是非とも手を貸してくれ。ただ、その前に――」

「「「その前に?」」」


 三人は首をかしげる。


「まずはヘーゲルに謝ってもらう。今までやってきた事をな」


 俺がヘーゲルに前を譲ると、三人はヘーゲルに正対した。


「本当に申し訳ない。謝ったからって許せるようなことじゃないと思うが、この通り、頼む」

「「頼む」」


 三人同時にヘーゲルに深々と頭を下げる。


 謝罪を受けた本人は、それに「ヘッ」と笑って返した。


「気にすんじゃねえよ、もう済んだことだ。そんなことより一つや二つでも多くフェルムモールに攻撃を入れてくれりゃ良い」


 ヘーゲルの気丈に振る舞う様子を見て、俺はほっと息をつく。

 殴り合いの喧嘩に発展しないで良かった。


「それで、俺たちは何をすれば良いんだ? 俺たちに出来ることなら何だってやるぞ」


 頭を上げた三人のうちの一人が聞いてきた。


「お前たちには俺の指揮下で戦ってもらう。武器は支給する」

「わかった。質問なんだが、こいつらの分も支給してもらえるのか?」

「こいつら? そりゃ当然、三人分用意するつもりだが……」


 パンツァーファウストは、予定通り二十本作って五人で分配する。

 それに追加して、Kar98kを三挺用意して各人に自衛用として渡す。


 自衛にKar98kというのはオーバースペックな気がしないでもない。

 しかし、このためにわざわざ拳銃用の九ミリ弾を用意するのも大変だ。

 手を抜けるところは抜いていこう。


 考えにふけっていると、ドワーフが申し訳無さそうに頭を掻いていた。


「すまない。こいつらってのは、俺たち三人のことじゃないんだ」


 そう告げられると、街角から何人ものドワーフが顔を覗かせた。


「一、二、三、四…… い、いったい何人いるんだ?」


 人数を数えることを途中で諦めて、三人組に問いかける。


「俺たちを入れて十六人だ」

「十六人!?」


 十六人なんて、少し規模の小さい歩兵分隊が二個も編成できる人数じゃないか。


 しかし、これだけの人数の武器を用意するなんて、どう考えても無理な話だ。

 自衛用の小銃を用意するだけでも、骨が折れるどころの話じゃないだろう。


「なあ、俺たちには何もできないのか?」


 顔を覗かせていたうちの一人が聞いてきた。

 そう言われると、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。


 ……やるか。


 このドワーフ達は、手助けをしたいという気持ちでここに来てくれたんだ。

 それを無下にするわけにはいかない。


「任せてくれ。全員分の武器は必ず支給する」


 その日、俺は徹夜で作業に明け暮れた。

 手を止めず、ひたすら武器を作り続けた。

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