第36話 分隊

 ダアン ダアン ダアン


 銃声が響くと、前方にいる最後の一匹のモンスターが倒れた。


「モンスターは片付いた! 第三分隊は前進! ヘーゲル、予定通りに頼むぞ!」

「了解だ。この円盤を横並びに置けば良いんだよな?」

「ああ、その通りだ」


 こくりと頷いたヘーゲルは、ドワーフの三人組を引き連れて百メートル程前進する。

 そして、大きなプレートぐらいのサイズがある分厚い円盤を、トンネルを塞ぐように置き始めた。


 あの円盤の正体は『テラーミーネ35』。

 第二次大戦時のドイツで使用された対戦者地雷だ。


 たったの九・一キロしかない兵器だが、その中には何十トンもの戦車を行動不能にする破壊力が秘められている。


 ゴゴ…… ゴゴゴ…… ゴゴゴゴゴ…………


 ヘーゲル達の作業を見守っていると、いつぞやと同じく地鳴りが聞こえてきた。


 フェルムモールが迫ってきているな。


「第一分隊、班ごとにパンツァーファウストの用意をしろ。第二分隊は三十メートル後退して待機、合図を出すまで攻撃はするな」

「了解!」


 ラボーヌという名前のドワーフが快活に返事する。


 今回、フェルムモールの討伐にあたって、総勢十八名の人員を三つの分隊に分けた。

 第一、第二分隊が対戦車猟兵分隊、第三分隊が工兵分隊だ。


 対戦車猟兵分隊は七名で編成されている。

 分隊長と三つのパンツァーファウスト班で分隊を構成している。

 第一の分隊長は俺で、第二の分隊長はラボーヌだ。


 パンツァーファウスト班というのは、二人一組のチームだ。

 射手担当の筋が良いドワーフと、弾薬手担当の屈強なドワーフをチームにしてある。


 工兵分隊は四人で編成されていて、第一、第二分隊の支援を担う。

 分隊長はヘーゲルで、その下に例の三人組がついている。


 ゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 地鳴りがかなり近くまで近づいてきた。


 第三分隊の地雷敷設は…… まだ終わってないか。

 まずいな。


「ヘーゲル! あとどれくらいで終わりそうだ!?」

「あと二つだ! もうすぐ終わッ――ッ!!」


 ドオオォォオオォンン


 フェルムモールがトンネルの壁を突き破って現れた。

 第三分隊の四人が土煙に包まれる。


「第三分隊、下がれ! こうなったら俺たちで叩く!」


 ヘーゲル達はフェルムモールに背を向け、全力でこちらに逃げる。


「ギギッ! ギギッ!」


 フェルムモールは鋭い爪を振り回し、逃げる四人を追いかけようとする。


 バゴオオォオン


 突如、巨体の足元で凄まじい爆発が発生した。

 爆発は鋭い爪を持つ前足の片方を吹き飛ばす。


 よし、上手く地雷を踏んでくれたか!

 体力も四割を減らしているな。


 右手を上げて合図を出す。


「第一分隊、射撃用意! 撃てっ!!」


 ププフオプフオン


 右手を前に突き出すと同時に、三発のパンツァーファウストが発射された。


 ガアアァン


 フェルムモールに向けて飛翔した弾丸は、一発が目標の装甲に命中する。

 奴のHPバーは半分以下になり、橙色に変わった。


「よし、いけるぞ! 次弾発射準備急げ――」

「ギギィィィィッギィィィィ!!」


 追撃を入れてやろうとした時、フェルムモールがかつて無いほどの声量で叫んだ。


「な、なんだ!?」


 俺は指示を出すのも忘れて、フェルムモールを観察してしまう。


 すると、奴はまるで脱皮をするかのように、頭部の装甲を取り替えた。

 新しい装甲は、緑がかった色をしている。


 HPが一定以下になったら起こる形態変化だろうか?


「何が変わったのかは知らんが、火力で叩き潰すまで! 射撃用意、撃てっ!!」


 先ほどと同じように、パンツァーファウストの弾頭が三発飛翔する。


 ガアガアアァン


 今度は二発が命中した。

 黒煙でHPバーが見えないが、計算上では残り三割。

 上手くいけば、あと一斉射で倒せるはずだ。


 しかし、煙が晴れると、思いもしない現実を突きつけられた。


「HPがほとんど減ってない……? ど、どういうことだ?」


 HPは一応削れてはいたが、それは一割にも満たなかった。


 まさか、装甲が変わってダメージが入りにくくなったのか?


 だとすれば、非常にまずい。

 HPを半分以下に減らしたこの状況でも、残りの全弾を命中させても倒せないかもしれない。


 しかし、ローヴェンスとの約束まで、もう時間がない。

 前回のように計算上倒すことができないからといって、退くわけにはいかないのだ。


「ギィィーッ!」


 俺が考えている合間にも、フェルムモールは容赦なく攻撃しようとしてくる。


「第一分隊は第二分隊の位置まで後退する! 第二分隊、援護は任せたぞ!」

「了解ィ! 第二分隊、攻撃開始!」


 第二分隊の放ったパンツァーファウストが頭上を飛び越していく中、俺たちは第二分隊の位置まで下がる。


「お、おい、これはまずいんじゃないか?」


 第二分隊の後ろに退避していたヘーゲルが話しかけてきた。


「ああ、非常にまずい状況だ。なんとかしてこの状況を打破しないと…… そうだ、地雷はまだ残ってるか?」

「一応残ってはいるぞ。一つだけな」


 ヘーゲルは俺にテラーミーネ35を差し出した。

 もちろん、信管は装着されていない。


「けど、一体どうするつもりなんだ? これ一つ置いたとしても、奴が踏んでくれる保証はないだろ?」

「確かに、普通だと地雷は踏ませなきゃ攻撃することができない。だったら、ワイヤーで起爆するようにしてやれば良いんだ」


 爆発物と起爆装置から作られる、ありあわせの手製爆弾IED即席爆発装置

 俺が作ろうとしているのはまさにそれだ。


 先ほど地雷が直撃した時、HPの四割を減らせていた。

 現在のフェルムモールの残HPは三割強なので、一発足元に食らわせてやれば倒せるはずだ。


 見たところ、装甲が強化されたのは頭部だけなので、下部の防御力は変わっていないだろう。


「第一、第二分隊はなんとしてでも奴を食い止めろ! パンツァーファウストを撃ち切っても構わん!」


 足止めの指示を出し、手早くIEDを仕込む。

 トンネル内にワイヤーを張っておいて、それが引っ張られると起爆するような仕組みだ。


「分隊長! パンツァーファウストがもうありません!」

「第二分隊も同じく! 残るは一斉射分のみ!」


 フェルムモールと対峙する対戦車猟兵分隊が悲鳴を上げる。


「くっ…… あと少しだけ耐えてくれ!」


 あともう少し、もう少しなんだ。

 ワイヤーが引かれるまでストライカーが雷管を叩かないように引き留めるようにして……


 よし、完成した。

 あとはフェルムモールをワイヤーに誘い込むだけだ。


「第三、第一、第二の順で後退! ワイヤーには絶対触るんじゃないぞ!」


 対装甲戦闘能力に乏しい分隊から後ろに下げる。

 第二分隊が最後のパンツァーファウストを撃つ頃に、全員の後退が完了した。


 俺はGew43を構える。

 狙いはフェルムモールだ。


 ダアン


 カン


 俺の放ったモーゼル弾は、軽い音と共に弾き返される。


 問題ない、予想していたことだ。


 ダアン ダアン ダアン


 カン カン カン


「ギイッ! ギイッ!」


 フェルムモールは上手く挑発に乗ってくれた。

 相当苛ついた様子でこちらに迫ってくる。


「いいぞ! そのままこっちに来やがれ!」


 奴は一歩、また一歩とワイヤーに近づく。

 そして遂に、頭部の装甲がワイヤーと接触した。


 バゴオオォオン


 フェルムモールの巨体が爆煙に包まれる。


「「「おおっ!!」」」


 ドワーフ達から歓声が上がる。

 俺も思わず「やったか!?」と言ってしまいそうだ。

 絶対に言わないけどな。


 爆煙が晴れると、フェルムモールは地面にくたばっていた。

 皆、武器を捨てて抱き合い、強敵を打ち負かした達成感を共有する。


「やったな、イブキ!」


 遠くからそれを眺めていた俺に、ヘーゲルがハグしてきた。

 言っておくが、俺にそんな趣味はないぞ。


「これも皆んなに助けてもらったおかげだ。感謝してもしきれないよ」


 俺一人でフェルムモールに挑んだとしても、間違いなく倒すことは出来なかっただろう。

 この戦果が得られたのは、ドワーフの皆が協力してくれたおかげだ。


「そんな、感謝するのは俺の方だ。イブキには諦めずに挑戦する心を教えてもらった。俺は今まで、他の連中と対話することを諦めてた。でも、これからは挑戦して話してみる。あの三人も、話してみればいい奴だったしな」


 そ、そんなに褒められると照れるな。

 もしかしたら、ヘーゲルと三人組を同じ分隊にしたのが功を奏したのかもしれないな。


「分隊長! 討伐記念に打ち上げといきましょうよ! 酒と席は押さえてあります!」


 分隊員の一人が興奮気味に誘ってきた。


「すまん、打ち上げには行けそうにない。約束があって、すぐにでもエルフェンに行かなきゃいけないんだ」


 俺がそう伝えると、その分隊員は顔を俯かせた。


「そうですか…… でも、また来てください! 俺たちはいつでも歓迎します! それと、この銃も絶対に大切にします!」

「ありがとう、また会おう」


 別れを告げて、地上の方へと歩く。

 フェルムモールの亡骸は既に霧散して、トンネルは通行可能になっていた。


 しばらくの間歩き続け、遂に地上に出た。

 燦々と輝く太陽が上から照りつける。


「うっ…… 太陽ってこんなに眩しかったんだな」


 しばらく薄暗いところにいたせいか、目が慣れていないみたいだ。


「あっ、イブキくんだ!」


 目を慣らそうとしていると、聞き馴染みのある声が聞こえた。

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