第37話 世界樹の街
聞き馴染んだリエの声が聞こえると、思いっきり抱きしめられた。
周囲を見渡すと、アキレス、セレン、ローヴェンスの姿も見える。
「み、皆んないるじゃないか。どうしてこんなところに?」
顔が暑くなるのを自覚しつつも、平静を装って聞く。
その質問にローヴェンスが答える。
「イブキ様がトンネルから出てくるのをお待ちしていました。フェルムモールによってトンネルが封鎖されていましたが、必ず倒して出てくると信じていました」
エルフの青年は特に表情も変えず、淡々と答える。
まるで、さも当然と言わんばかりの反応だ。
「や、奴はかなり強かったぞ……? 俺が倒せなかったらどうするつもりだったんだ?」
「どうするも何もありません。フェルムモールくらい倒して頂かなければ困ります」
ローヴェンスはまたもやきっぱりと言い捨てた。
それだけ俺の力を信用してくれてるってことか。
けど、ここまで来るともはや怖いな。
「さて、話はこれくらいにして、エルフェンに向かいましょう。兄上…… いえ、大神官様がお待ちです」
ローヴェンスが合図すると、シックな色合いの馬車がやってきた。
俺たちはその馬車に乗るよう促される。
向かい合わせの座席に全員が座り、御者が馬車を出す。
窓の外の景色がゆっくりと流れ始めた。
「そういえば、キアリミルってどんな国なんだ? いまいちよく知らないんだけど」
馬車に揺られながらふと思い、ローヴェンスに聞いてみる。
「キアリミルは我々エルフ族の住む国です。宗教は精霊を信仰していて、その大神官様が元首を務めています。教都のエルフェンについてですが、まずは進行右手をご覧ください」
「右? いったい何が見えるんだ―― って、なんだあれは!」
目に飛び込んできたのは、遥か高くにそびえる大樹。
その高さは、優に千メートルを超えている。
規格外なサイズは高さだけではなく、樹径もとてつもなく太い。
小さな村であれば、まるごと飲み込んでしまいそうな太さだ。
「驚かれましたか? あれは世界樹です」
「あ、ああ、そりゃもうびっくりしたよ。それで、世界樹がエルフェンとなんの関係があるんだ?」
「エルフェンは世界樹の周囲にあります。我々エルフ族は、世界樹のもたらす恩恵を受けて繁栄してきました。道端にある泉が見えますか?」
そう言われて、俺は目線を下に落とす。
すると、小さな泉がそこらに点在しているのが見えた。
泉の色は白っぽく、ただの水ではなさそうだ。
中心部からは何かが湧き出ていて、液面がコポコポと踊っている。
「まさか、あれは温泉か?」
「いえ違います」
ローヴェンスに即刻否定される。
ちょっと悲しい。
「あそこに湧き出ているのは魔液です」
「魔液? なんだそれ?」
「そうですね…… 簡単に言うと、液体になった魔石でしょうか」
「液体の魔石ってことは、魔力の供給ができるのか?」
魔石は魔力を外部から供給する手段として使うのが一般的な使い方だ。
火薬代わりに使ってる俺が異端なだけだ。
「はい、もちろん可能です。我々エルフ族が高い技術力を持つ所以もここにあります。泉は世界樹の周囲随所に湧き出ているので、実質的に無限に魔力を使用可能なのです」
なるほど、そりゃ技術力が高いのも納得だ。
加工系のスキルを使うには、相応の魔力を消費する。
俺も一日中弾薬なんかを作る時は、魔石を使って魔力を補給している。
魔石代が馬鹿にならないから、常日頃やる訳にはいかないけどな。
しかし、無限の魔力があれば、朝から晩まで月月火水木金金で製作することだってできる。
それに加えてエルフは長寿だ。
人間にとっての一年など、エルフにとっては数ヶ月程度の感覚でしかないだろう。
技術力は試行を繰り返すことによる経験が物を言う。
エルフの長寿に無限の魔力はもはやチートだ。
それはそれとして、魔液がどんなものなのか気になるな。
「ローヴェンス、魔液を汲みたいんだけど良いか?」
「時間は押してますが…… 少しの間でしたら構いません」
「ありがとう、恩に着るよ」
俺は魔液を魔石の空き瓶に汲み入れる。
魔液の手触りはというと、若干ドロっとしていた。
水というより油に近い感触だ。
「何かに使えるかもな……」
そう思った俺は、即席でジェリ缶を作って、それに魔液を汲む。
「イブキ様! そろそろ戻ってきてください!」
ローヴェンスに催促され、馬車に戻る。
一缶分しか汲むことができなかったが、これだけあれば十分だろう。
馬車は動き出し、再びエルフェンに向けて進む。
せっかくなので、魔液について簡単に実験してみることにした。
実験の結果は
・衝撃を加えても変化なし
・体積あたりの魔力補給量は魔石より少ない
・火にさらしても魔石のように激しく燃えない
・火がつくと黒い煙が大量に出る
と、こんな感じだった。
安全に持ち運べる魔石といった感じだ。
だとしたら、どうして危険な魔石を外部ソースとして使っているのかという疑問が湧いてくる。
答えはおそらく、魔導師が合成して作り出せるかどうかにあるんじゃないだろうか。
魔石には二つの種類がある。
魔導師が合成した合成魔石と、自然界から採取した岩塊魔石だ。
岩塊魔石は希少なので、主に宝石として使われている。
恐らく、魔液はこの岩塊魔石に近い。
自然界からしか採ることができないので、キアリミル以外では使われていないのだろう。
「でも、こいつは使えるな。これからが楽しみだ」
魔液があれば、風を切り突き進むあんなものや、真っ逆さまに急降下するあんなものだって作れるかもしれない。
「イブキくん、また悪い顔をしてる」
妄想を浮かべる俺の顔を見たリエが言う。
「ふふ、リエは俺の悪い顔は嫌いか?」
「もう…… みんな見てるよ」
二人でのろけていると、ローヴェンスが馬車の前にたった。
「それでは改めて。Gruppeの皆様、ようこそエルフェンへ!」
馬車は街を囲う湖を木橋で渡り、俺たちはエルフェンに入った。
街に入ると、自然と高度に融合した都市といった印象を受けた。
道は世界樹から伸びる根に沿って作られ、建築物はどれも木造だ。
それに加えて、美男美女がとんでもなく多い。
王都やレドニーツァにも容姿端麗な人は多くいたが、ここエルフェンは段違いだ。
寿命の長いエルフ族は容姿の若い期間が長く、若人が多いように見えるからだろうか。
しかし、意外にも、エルフェンの街は荒れていた。
「王国による横暴を許すな!」
「そうだ! 我々が王国の傀儡国になる謂れはない!」
「いざとなったら王国軍も返り討ちにしてしまえ!」
街の至る所から、こんな感じの声が聞こえてくる。
最初に抱いた神秘的な印象はとっくに散ってしまった。
「なあローヴェンス、エルフェンっていつもこんな感じなのか?」
「いえ、今日が特別なだけです。……依頼のことをお忘れですか?」
依頼……?
ああ、思い出した!
たまたま起こる反対運動の様子を王国の高官に伝えるという依頼のために、エルフェンに来ていたんだった。
わ、忘れていたわけじゃないぞ?
頭の中からすっぽり抜け落ちていただけだ。
「まあ、その件は今回の主題ではないので、この様子を王国側に伝えて頂ければ問題ありません。先を急ぎましょう」
「そ、そうか」
御者が綱を引き、爪音が速くなる。
しばらくして、馬車は世界樹の幹の側に停車した。
「到着しましたね。では行きましょう。大神官の間にご案内します」
馬車を降りた俺たちはローヴェンスに連れられ、世界樹の中に入る。
入り組んだ通路を進むと、ようやく大神官の間にたどり着いた。
大神官の間はシンプルで、装飾品の類が一切ない。
中央に上階へ続く大階段があるだけだ。
大階段の中段には、格式高そうな服を着るエルフが立っている。
服装からして、このエルフがこの国で一番お偉い大神官様とやらで間違いないだろう。
それにしても、顔つきがローヴェンスとよく似ている。
違いは目元だけで、大神官は垂れ目だ。
「君が噂のイブキくんかい? 聞いてたより悪い人じゃなさそうだね」
「そ、そうですか…… ありがとうございます」
思いがけずお褒めの言葉を貰ってしまった。
「さて、さっそく本題だけど、君はセレンが欲しいんだって?」
大神官はゆっくりと階段を降りながら聞く。
それに対して、俺ははっきりと答える。
「はい、セレンを俺にください。セレンの高い技術力で作った機器は、俺たちにとって必要不可欠なんです」
「ふふっ、随分と実利的なんだね」
大神官は俺の眼前に立って微笑する。
「でも、そう簡単に許すわけにはいかないんだ。セレンに相応しいと認められる成果を見せてもらわないとね」
「……認めてもらうにはどうすれば良いんです?」
「ダンジョンを攻略してもらおうと思う。ここの上のね」
大神官の提案に、戦々恐々とした顔を浮かべる者がいた。
セレンだ。
「そ、それはイブキでも……! 魔王殺しの勇者ですら攻略できなかったのに!」
セレンは抗議の声を上げる。
そこまで言うということは、よっぽど難しいダンジョンなのか?
「うん、さすがに完全攻略は無理だろうから、十層あるうちの五層まで突破できれば良いことにするよ。質問はあるかな?」
「そうですね、ダンジョンの難易度を教えて頂ければと」
俺の質問に、大神官は顔を俯かせた。
「うーん、難しい質問だね。よく言われてるのは、並の冒険者だと一層、有力な冒険者でも三層で引き返すって話がある。まあ、魔王殺しの勇者でも七層までしか辿り着けなかったらしいから、相当難しいはずだよ」
まじか。
つまり、八層から先は前人未到ってことかよ。
話を聞いた感じ、五層までというのもなかなかに難しそうだ。
「やるしかないな。皆んな、ついてきてくれるか?」
俺はリエ、アキレス、セレンに問う。
「もちろん!」
「当然だ!」
「うん……!」
三人は快い返事をしてくれた。
それを見て、大神官はうんうんと頷く。
「そう言ってくれると信じていたよ。ダンジョンはこの階段を上がれば入れる。頑張ってね」
大神官の言葉に従って、俺たちは階段を上がる。
すると真っ平らな天井が口を開き、ダンジョンの入り口が姿を見せた。
「さて、一丁にも二丁にもやってやるか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます