第3話 魔石
「いらっしゃい!」
武具店に入ると、店の奥にいた店主の挨拶を受けた。
十畳ほどの小さなスペースに店を構えていて、中央の棚にはなんの装飾もない量産品の武器が、壁には豪華な装飾の施されたワンオフの武器がかけられている。
「って、朝来た兄ちゃんじゃねぇか! 一体どうしたんだ?」
「フェロラビット相手に苦戦してしまったんだ。他にいい武器はないかと思って来てみたんだよ」
苦戦どころか、惨敗一歩手前までやられたのは黙っておこう。
「フェロラビット相手に苦戦か、よっぽど武器との相性が悪かったんだな」
「そうみたいだ、他に客もいないみたいだし、相談に乗ってもらってもいいか?」
店主は「俺に任せとけ」と、自分の胸を指差した。
「まず、武器との相性は様々な要素が絡み合って決まるんだが…… 戦闘スタイルとスキルでほとんどが決まると言っていい」
「戦闘スタイルか…… 近接戦はもうこりごりだな」
両手剣であの体たらくだったのであれば、他のどの近接武器を使ったとしても、さして変わりはしないだろう。
「それなら中遠距離の武器だな。マスタースキルはなんだ?」
「マスタースキルか、ええと……」
チュートリアルの時にアミに教えてもらってはいるが、念の為に確認しておこう。
右手でタッチパネルの画面を拡大する要領で指を動かしてウィンドウを呼び出す。
目の前に現れた四角形のポップアップが『ユーティリティ・ウィンドウ』で、このウィンドウでアイテム操作などが行えるらしい。
ウィンドウ上部の複数あるタブの中から『スキル』タブを選択すると、ずらっと一覧形式でスキルが表示された。
下にスクロールをする必要がある程たくさんのスキルがあるが、一番上のスキル以外は全てレベル1だ。
その一番上に表示されている、レベル
それこそがマスタースキルだ。
「金属加工」
これが俺の固有スキル。
アミによれば、レベル
レベル
ま、戦闘には一切関係ないんだがな。
「き、聞いたことのねぇスキルだな……」
店主は眉間にしわを寄せた。
戦うためのスキルじゃないんだから、そりゃ知らないだろう。
「とりあえず、どんな武器があるのか教えてないか?」
「そうだな……」
そう言うと店主は後ろを向き、壁にかけてある武器を手にとった。
ワンオフの武器なので、実に豪華な装飾が施されている。
「たとえばこの弓。魔法の効果で射程が普通の倍以上ある。相手に弓兵がいたとしても、こいつなら楽勝だな」
間合いにさえ気を付ければ、相手のアウトレンジから攻撃できるってことか。
だがこれは、壁にかけられていたワンオフの武器。
ということは……
「で、いくらするんだ?」
「常連さんということで、金貨三十枚のところを二十五枚! どうだ、買うか?」
まだ二回しか来ていないのに常連扱いされているのは置いておいて、値引きされているとはいえ、金貨二十五枚は大金だ。
Verumの通貨には金貨、銀貨、銅貨、銭貨の四種類がある。
金、銀、銅は名前の通りで、銭貨は石でできた貨幣だ。
貨幣は十枚で一つ上の貨幣一枚に相当する。
銅貨十枚が銀貨一枚みたいな感じだ。
ゲーム開始時の所持金は、全部で金貨一枚分。
それも、月銀貨五枚の家賃代や剣を買った分で、残金は銀貨四枚に減っている。
金貨二十五枚分の買い物なんて、到底できたものではない。
「ちょ、ちょっと高すぎるな…… って、これはなんだ?」
がっくりと顔を落とした目線の先に、白い粒の詰められた小瓶が置かれていた。
価格は銅貨三枚。
小瓶を手にとって粒をよく見てみると、中心部がほんの微か虹色に発光している。
「それは魔石だな」
「魔石って、手のひらサイズくらいの奴じゃないのか?」
俺の中では、魔石はソフトボールサイズくらいの赤い石といったイメージがある。
それを考えると、こいつは石というより砂といった方が適当だ。
「兄ちゃんが言ってるのは岩塊魔石のことだろ? それは魔導師の作った合成魔石だ」
「岩塊魔石? 合成魔石?」
突然出てきた二つの未知の言葉に、俺の頭の中に疑問が浮かびまくった。
俺の顔と反応で察したのか、店主が言葉を進める。
「岩塊魔石は自然界で採った魔石で、宝石として使われることが多い」
「それなら合成魔石は?」
「魔導師が魔力を結晶化させて作ったものだ。一度に使える魔力には限りがあるから、それ以上に魔力を使うときは魔石から補給するんだ」
今の説明を聞く限り、魔石は魔力版の予備バッテリーみたいなもんか。
自然由来の魔石との関係は、ダイヤモンドとよく似ているな。
「大量に魔石があれば無限に魔法が使えるってことか。防衛拠点に貯めておけば、魔導師が大暴れできるってわけだ」
しかし、俺の能天気な反応に、店主の顔が険しくなった。
「もし仮に大量の魔石を手に入れたとしても、絶対に一か所にまとめて置いてはダメだ」
「どうしてだ?」
「見てもらった方が早いだろう」
店主は瓶から合成魔石を一粒だけ取り出し、金属の板の上に置いた。
「よーく見てろ」と俺に合成魔石を注視させ、短い詠唱を唱える。
シュォツ
合成魔石に火がついたかと思ったら、激しく燃えて一瞬のうちに燃え尽きてしまった。
まばたきでもしようもんなら見逃していただろう。
「今のは一粒だけだったからなんともないが、量が増えれば話は別だ」
この先に店主が言うことがなんとなくわかった。
現実世界にもあるじゃないか。粒のような形で、火をつければ激しく燃える物質が。
「火をつけた瞬間に、ドカンと周囲もろとも吹っ飛んじまう」
間違いない、こいつは火薬だ。
だが、こいつをうまく使えば、銃を作れるんじゃないか……?
金属加工の
そうとなれば、実際にやってみるしかないな。
「わかった、取り扱いには気をつけるよ。それじゃあこの合成魔石を買おうかな」
「頼んだぜ。合成魔石にも種類があるが、どれにするんだ?」
小瓶の置かれていた棚には、俺が手に取った小瓶以外にも複数の小瓶があった。
よく見ると、手に持っているものより赤みがかった魔石もある。
「色によって何か変わったりするのか?」
「魔力の補給速度が違うんだ。赤いほど早く魔力を補給できる。ただその分、衝撃に弱くなっちまうから注意が必要だな」
そりゃいいことを聞いた。
弾薬の課題もこれで解決できる。
「よし、この白い合成魔石と赤い合成魔石を一つづつ頼むよ」
「あいよ、まいどあり!」
その後、銀貨二枚分程度で必要な材料を買い、俺は家に帰った。
◇◇
夜の帳が下り、辺りはすっかり暗くなった。
「さて、今日のうちに作ってしまおうか」
そうすれば、明日の朝から実地試験に入れる。
「これからどんな武器を作るんですか?」
アミの声が耳に入ってきた。
チュートリアルが終わって役目は終えたらしいが、俺がどんな戦い方に目覚めるのかが気になったらしく、もう少し一緒に居るとのことだ。
「今回作るのはKar98kって銃だ。構造が比較的簡単だから、初めて作るのにはぴったりだな」
「銃……? なにかよくわかりませんが、完成が楽しみです!」
Kar98kはドイツで開発されたボルトアクションライフルだ。
第二次世界大戦中のドイツ軍が最も使用した手動連発式ライフルで、総生産数は一千百万丁を超える。
他にも様々なボルトアクションライフルがある中で、Kar98kを選んだ理由は、設計図共有サイトで一番図面が充実していたからだ。
やはり、現代でも猟銃として使われているだけあって、それだけ情報が多いのだろうか。
まずは銃の心臓たる機関部。
ここの役割は、事前にバネを圧縮しておき、トリガーを引いたらバネを開放して撃針を雷管に叩きつけることだ。
機関部が故障しては銃は正常に動作しないので、念入りにパーツを作る必要がある。
ま、俺の
そして、銃床などの木製パーツ。
銃の動作には直接影響のない部分だが、握った時の感触などの使い心地に影響する。
試行錯誤を繰り返し、満足のいくパーツを作るには結構な時間がかかった。
あとは銃身。
ライフリングという弾を真っ直ぐ飛ばすために必要な溝がきちんと彫れるか心配だったが、なんの問題もなく綺麗な溝を刻むことができた。
パーツが出来上がったので、これを組み上げればKar98kの完成だ。
「よしよし、我ながらいい出来だな」
両手でやさしくKar98kを持ち、隅々までをチェックする。
室内の灯りを反射する銃身の丸みがこれまた美しい。
「すごいですね! これで完成ですか?」
「いや、まだ銃弾っていう矢みたいなのが必要なんだ」
Kar98kで使用する銃弾は、7.92×57mmモーゼル弾。
一九〇五年に採用された銃弾だが、現在でも軍用、民生用の小銃弾として数多くの企業で生産が続けられている。
銃本体と変わらず、モーゼル弾も図面の入手には困らなかったが、作るとなるとそうもいかなかった。
銃弾は主に、弾頭、発射薬、薬莢、雷管で構成されている。
発射薬は底部に雷管を装着した薬莢に一定量入れられ、弾丸によって蓋をされている。
しかし、金属加工スキルでは発射薬代わりの合成魔石を中に入れつつ、薬莢と弾頭を作ることができなかったのだ。
こうなると、本物さながらにプレスして銃弾を作るしかない。
「となると…… ハンドロードでやるしかないな」
銃弾をプレスして作るなんて、大掛かりな設備が必要なんじゃないかと思うかもしれないが、少数だけならそうでもない。
ローダーというものを用意すれば、トンカチと計量器くらいで銃弾を作れる。
というわけで、まずはそのローダーを作ろう。
ローダを用意できたら、そのローダーを使って弾丸を作る。
赤色の合成魔石を入れた雷管を薬莢の底にはめ、薬莢に一定量の白色の合成魔石を流し込んで弾頭をプレスする。
これで銃弾は完成だ。
あと何発か作っておこう。
とりあえず十発、試験をするだけならこれくらいで十分だろう。
明日がどんな日になるのか期待に胸を膨らませ、俺は仮想世界の中で眠りについた。
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