第2話 チュートリアル

 大聖堂の外に出ると、大きな噴水が中央にある広場のある光景が目に入ってきた。

 燦燦と照る朝陽によって、水しぶきがキラキラと輝いている。


「すごいな、PVで見た街並みと同じだ」


 って、そのPVのゲームなんだから当たり前か。


「では、最初に拠点となる家を探しにいきましょう!」

「初日から家を決めるのか?」


 こう…… ファンタジー世界の序盤は宿屋でってのが定番だと思っていたんだがな。


「生産職なので毎日泊まる場所は一緒ですからね」


 ふーむ、一理あるな。

 まぁ、チュートリアルなんだから大人しく従っておくか。

 だがその前に……


「せっかくなんだから、モンスターと戦ってみたいんだけど、どうすればいい?」

「も、モンスターと戦うんですか!? 生産職は戦闘時のスキルのアシストが何もないので、すごく大変なはずですよ!?」


 アミから明らかに動揺した、うわずった声が返ってきた。


 しかし、大変と言われてもな。

 せっかくのフルダイブ体験なんだから、まずは戦ってみたい。


「大丈夫、そのアシストとかいうのが無くても、一番弱いモンスターぐらいならなんとかなるよ」

「一番弱いモンスターですか…… であれば、フェロラビットなんてどうでしょう?」

「ラビットってことはウサギか? 最初の相手にちょうど良さそうだな。それで頼むよ」


 アミの案内で、そのフェロラビットがいるらしい草原へと向かう。

 途中の武具店で購入した武器を手に、俺は記念すべき初戦闘を開始した。



 ◇◇



「ハァ、ハァ、本当にこいつがフェロラビットなのか……?」


 発見したフェロラビットに攻撃を加えてから約十分、俺は苦戦を強いられていた。

 汗ではない何かが滴り落ちる感覚が伝わってくる。


 その何かを腕で拭い、目の前の紅目の兎を睨みつける。

 姿からして兎で間違いはないはずだが、あまりの強さに疑いたくなってしまう。


「この姿はフェロラビットで間違いないです!」

「そうか、それなら良いんだ……」


 一旦落ち着くために、固く握っていた両手剣を握り直す。

 鋭い前歯による噛みつき攻撃によって、俺の体には直視できないくらいの傷がついていた。


「センサリー・ブロッカーってのは凄いな…… これだけの怪我をしてても、ちっとも痛くないのか」


 センサリー・ブロッカーとは、脳に送られる情報から痛覚だけを排除する機能だ。

 この機能がある限り、激痛で動きが鈍るということはないだろう。


「けど、早くこいつを倒さないと、こっちHPが先に尽きちまう!」


 視界下部に表示されているHPゲージは、戦闘開始時の三分の一にまで短くなり、色も緑色から橙色に変化していた。

 対して、フェロラビットのHPゲージは緑色。

 満タンだ。


「フェロラビットは当たれば一発で倒せるモンスターです! 一度当てられれば!」


 アミのアドバイスを受けて、目の前にいる紅眼の白いフェロラビットを目標に据え、じっくり狙いを定めて剣を薙ぐ。

 しかし、剣が当たろうかという直前で、上に跳ばれて避けられてしまった。


「また避けられた! 当たる気がしないぞ!」


 クソっ、こんなことなら、もっと軽い片手剣とかにしといた方が良かったか?


「や、やっぱり生産職が戦うのは無茶なんじゃないですか?」


 戦うことを業とする戦闘職は、スキルによって身のこなしのアシストを受けることができる。

 しかし、生産職にはそれがない。

 現実世界で武術の心得でもない限り、まともに戦うのは不可能と言いたいのだろう。


 次はこちらのターンと言わんばかりに、フェロラビットが俺に飛び掛かる。

 左の肘裏周辺を食いちぎられ、左腕がぷらんと力なくぶら下がった。


「――ッ!? どっかの筋がやられたか!」

「戻りましょう! このままだと復活リスポーンする羽目になりますよ!」


 戻るとしたら、城門まで一気に退くしかない。

 あそこには衛兵がいたはずだから、フェロラビットの一匹ぐらい排除してくれるだろう。


 しかし、問題は……


「俺の残りHPで、あそこまで届くか……?」


 今の位置から城門までは、優に一キロは離れている。

 退くとなれば当然背を向けることになるので、その分攻撃される回数も増えるに違いない。


 ……もう、腹を括るしかないようだな。


復活リスポーン上等! 俺は最後まで戦うぞ!」


 ブン


 右手だけで剣を大きく振り、遠心力を利用して攻撃するが、またしても空を切るだけだった。

 その攻撃が却って隙を作ってしまい、フェロラビットの反撃を受けてしまう。


 その後も一撃、また一撃と攻撃を喰らう。

 HPバーは橙色から赤色に遷移し、ほとんど見えないくらいまで短くなっている。


「ラスト一撃…… 来たか」


 フェロラビットの飛びかかる姿を確認し、俺は眼を閉じた。

 残りHPからして、この一撃を貰えば終わりだろう。


 ザシュッ


 最初の復活者リスポーンプレイヤー、随分と不名誉な称号を手にしてしまったな。

 次は真面目にチュートリアルを受けるか……


「おーい、ちょっとー?」


 甘いソプラノボイスが耳に響く。

 復活が終わったようだ。


 眼を開くと、そこには先ほどとなんら変わりなない草原が広がっていた。


「ど、どういうことだ?」

「良かった~。HPゲージが殆どなかったから、死んじゃったかと思ったよ」


 俺の正面に、白銀の長髪を靡かせ、雪のように白い肌に透き通るに大きな碧眼が輝く少女が立っていた。

 白魚のような小さな手で、鮮血に濡れた短剣を拭っている。


「まさか、フェロラビットを倒してくれたのか?」

「死にかけている人は助けなきゃね! ところで君、モンスターと戦ってたけど戦闘職なの?」


 俺よりも頭一つ分背の低い少女が、目を細めた上目遣いで俺を見てきた。


 言っている内容は疑問形になっているが、この少女の中では既に答えは出ているのだろう。

 誤魔化そうなんて試みはできないな。


「あはは、バレたか。実は生産職なんだ」

「やっぱり。生産職の人が一人で戦いに出ちゃだめだよ」

「面目ない」


 やっぱり本職以外に戦いは難しいということなのだろうか。

 うーむ、どうしたものか……


「そういえば自己紹介がまだだったね」

「自己紹介はしなくても名前ならわかるぞ?」


 少女の頭上には『Rie』と書かれたネームタグが出ている。

 プレイヤーを見つめると、ネームタグが表示されるようになっているらしい。


「こういうのは雰囲気が大事なんだって!」

「そ、そういうもんか?」


 若干押し流されている俺を気にも止めず、少女は鞘に短剣を納めて胸に手を当てた。


「私はリエ、マスタースキルは俊足」

「イブキだ。マスタースキルは……」


 いや、マスタースキルってなんだ?

 少女…… いや、リエはさも当然かのように言っていたが、俺はマスターのマの字すら聞いたことないぞ。


「……どうかした? もしかして秘密主義?」

「いや、そういうわけじゃないんだ! マスタースキルを知らないってだけで」

「えっ、知らない!? チュートリアルで教えてもらって…… いや?」


 目を丸くしていたリエが言葉を止めた。

 少しの間考え込んだ後、合点がいった様子で手をポンと叩く。


「私がここに来るより先に戦ってたってことは、チュートリアルやってないんだ」

「お、おう、多分そうじゃないかな」


 もはや、本人である俺ににすらもわからない。

 ただチュートリアルを始めてすらいない点は合っているので、相当鋭い観察眼を持っているのは確かに違いない。


「それなら、次に会った時に教えてよ。じゃ、また死なないようにね!」


 俺が返事をする間もなく、リエは眼にも止まらぬ速さで駆け出していった。

 一応、まだ死にはしていないんだが……


「きちんとチュートリアルをやるか」


 俺の固有マスタースキルが何なのかも把握しなければならないしな。



 ◇◇



「あ゛ぁ゛、疲れた」


 木製の椅子にどかっと腰をかける。

 チュートリアルで溜まった疲れが放出されていく。


「チュートリアルったって…… ほとんど肉体労働じゃないか」


 あの後、生産者協同組合が運営する、寮のような借家に住まいを構えることになった。

 組合の建物裏にある元厩舎の敷地を転用した建物らしいが、一階部分に共用の工作室が用意されているので満足感は高い。


 その次の部屋に置く家具を作るってのが、なかなかに大仕事だったんだけどな。

 ブラウザ機能で見つけた設計図共有サイトや、生産職に付与されているスキルのアシストが無ければ、どんな事態になっていただろうか。


 もちろん達成感はあるが、しかし……


「生産職はもうこりごりだ。明日から戦闘職に変えるか」


 『一風変わった戦法を繰り出す』なんて表現に魅せられて選んだ職種だが、ろくに戦えないのであれば戦法もクソもない。


 これで明日から快適な戦闘職ライフだ。

 一日の遅れはあるが、そこは裂帛の気合いでなんとかしよう。


「あの…… 一度決めた職種はもう変えられないんです」


 アミが申し訳なさそうな低いトーンの声で俺に告げる。


「へ?」


 予想だにしない宣告を前に、俺は間抜けな声を返すことしかできなかった。


「βテスト中の職種は、一度決めたら固定されちゃうんです…… それでも戦いたいのであれば、生産職としての戦い方を見つけないといけません」

「そ、そうか、ありがとう」


 つまりは、この一ヶ月、いや、ゲーム内では一年のβテストを生産職で乗り切っていくしかないということだ。

 そうなってしまったのなら、今更いくら足掻いたところで結果は変わらないだろう。


 膝に肘をつき、顔を覆っていた手を離して握りしめる。


「よし、決めた」


 俺はこのβテスト期間中に、生産職で戦闘職と同等。いや、最強のプレイヤーに成り上がってやる。

 その為なら、戦い方なんぞ厭わない。


 まずは、両手剣を買った武具店にもう一度行ってみよう。

 すぐに答えは見つからなくても、何かしらのヒントはあるかもしれない。

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