生産職が戦っちゃいかんという法はない!~現代兵器でファンタジー世界を蹂躙してやります~

須摩ひろ

第1章 始まり

第1話 初ダイブ

 中世ヨーロッパ風の街並みが広がる大通りを、三人の冒険者が駆け抜ける。

 各々異なる武器を手にしていて、両手剣、弓、魔法杖とバラエティに富んだ編成となっている。


 街の外廓に築かれた城門を潜り抜けると、青々とした短草と色とりどりの花に陽が燦々と照りつける草原に出た。

 そこに闊歩している複数のモンスターに対して、先頭を突っ切っていた両手剣使いが切りかかる。

 鋭い刃で薙がれたモンスターは真っ二つに割れ、草原の一部を朱に染める。


 弓使いも目標を定めて攻撃を始め、矢は寸分狂うことなく標的の心臓を貫いて絶命させた。


 数匹倒したところで群れを形成したモンスターが襲来し、それに気づいたローブを身に纏う魔法使いが矢面に立つ。

 短く詠唱を唱えると杖から灼熱の火炎が放たれ、横並びに突撃してきたモンスターたちを一瞬にして薙ぎ払った。




 ◇◇




 数秒間の余韻を感じさせる間が流れた後、『Verum』とメタルチックな文字で書かれたロゴが画面中央に出てくる。


「くぅ~っ! いよいよこの日がやってきた!」


 冷房の効いた涼しい部屋に、高校生活初めての夏休みに突入した俺、胡宮このみや伊吹いぶきの声が満ちる。

 眼前のモニターに映し出されているのは、今日からクローズドβテストを開始する「Verum」のティザーPVだ。


 一見よくあるMMORPGのそのゲームは、普通であればミリオタに両足を突っ込んでいる俺は見向きもしなかっただろう。

 しかし、今回は違う。

 なんせこの「Verum」は、フルダイブ型VRヘッドセット「Alius」でプレイする世界初のゲームなのだ。


 加えて、NPCには「Novus」という汎用型AIが組み込まれているらしい。

 これによって、NPCは本物の人間と見分けがつかないような振る舞いをし、それによってゲームの進行も変わってしまうのだとか。

 


 ともかく、このゲームの成敗如何によって、これからのゲーム開発の流れが大きく変わるだろう。

 Verumは万人受けしやすそうなファンタジー物だが、ゆくゆくは地獄のような戦場で戦う、ミリオタな俺好みのゲームが出てきてくれるかもしれない。


 そんなVerumだが、βテストに参加するには厳しい関門を潜り抜けねばならなかった。

 βテストの参加権を得られるのは、抽選で選ばれる各国一万人ずつ。

 俺の応募した日本サーバーは、なんと二百倍以上の倍率となっていた。


 そして俺は、奇跡的にも一万人のうちの一人として選ばれた。


 当選の連絡を貰ってからは、それはもう忙しかった。

 βテストの期間は一ヶ月のため、夏休みの全てをVerumに費やすことを親に了承してもらい、学校から出された課題も全て終わらせた。


 βテストの開始時刻は日本時間で夕方の五時。

 十一の位置に長針があることを確認してベッドの上に寝そべり、チョーカーのような機器を首に装着する。


 視界に「Alius」のロゴが浮かび上がってきた。

 まるでMRグラスのような感じだが、視神経に直接情報を送っているので、こちらの方が技術的に上だろう。

 「Verum」をスタンバイ状態にして、その時が来るまでじっと待つ。



 十七時を知らせる鐘の音が耳に入ったその瞬間、残響音が消えるよりも先に俺は意識を手放した。




 ◇◇




 目が覚めると、真っ平な床が永遠と続く空間に倒れていた。


「ここはもう仮想世界の中なのか?」


 試しに手をグーパーさせてみると、思い通りに手が動く。

 現実世界と変わりない。


 立ち上がって他の部位も動かしてみようとしたとき、目の前に胸の高さほどあるコンソールが立ち上がってきた。

 そこには、『Name』と書かれた文字列と入力欄だけが表示されている。


「ここでキャラクリエイトをするんだな」


 入力欄を選択して出てきたキーボードで『Ibuki』と打ち込み、エンターキーを軽く叩く。

 本名からそのまま取っているので、ネットリテラシー的には最悪なハンドルネームだろう。

 しかし、小学生の頃から使い始めたこの名前は、第二の名前と思えるほどに馴染んでしまっている。

 いまさら変えるなんてことはできない。


 次のキャラの外観の調整をそこそこに終わらせると、職種の選択に入った。

 目の前のコンソールには、戦闘職と生産職の二つの選択肢が表示されている。


「そんなの悩むまでもなく戦闘職だよな」


 最前線で戦う花形。

 俺の勝手なイメージだが、戦闘職はそんな役職だろう。

 せっかくなら、そんな花形をやってみたい。


 戦闘職と書かれた方の枠をタップしようと手を伸ばす。

 しかし、選択肢の下に小さい文字で説明が書かれているのを見つけて手を止めた。

 この説明を読んでからでも判断は遅くないか。

 まずは、戦闘職の説明書きから読んでみる。


『戦闘職は戦闘に秀でたスキルを持ち、敵モンスターに対する先鋒を担います。ワールドに存在するすべての武器についてのスキルを持ち、特定の武器を使い続けることによって、その武器のスキルのレベルが上昇します。固有マスタースキルを持つ武器を最初の武器とするのも良いでしょう』


 俺のイメージする戦闘職とほぼ同じだな。

 これなら文句ない。

 ま、一応、生産職の方も見ておくか。


『生産職はモノの生産に関わるスキルを持ち、戦闘職の後方支援などを担います。また、生産職はそのスキルにより、戦闘職とは違う、一風変わった戦法を繰り出すことができるかもしれません。固有マスタースキルで生産したものを販売すれば、生活するには困らない程度の収入は見込めるでしょう』


 一風変わった戦法……

 まさに俺好みのやつじゃないか。


 他の誰にも真似できない戦法で、最強のβテスターに成り上がる。

 そんな姿を想像するだけで、自然と笑みが溢れてしまう。


 俺の手は、自然と生産職を選択していた。


 全てが完了したらしく、またもや俺の意識が遠のいていった。




 ◇◇




「勇者の方々よ、よくぞおいでになられた」


 意識の遠のいた一瞬後に、バスの効いた頼もしい感じの声が耳に入る。


 瞼を開くと、随所に精巧な彫刻が施されたアーチが幾重にも重なり合う、広大な大聖堂の中にいた。

 周りには、直角の木製の椅子に大勢の人が座らされている。

 皆、ザ・初期装備の簡素な服装で、俺も同じだ。


「こんなにも大勢の冒険者殿を召喚したのは他でもない、魔物の巣食うソルーガ大陸奥地で、千年の眠りから醒めようとしている魔王を討伐してもらうためだ」


 声の出どころに視線を向けると、壇上に、ふさふさの髭を蓄えた貫禄のある初老の男が立っていた。

 この男が言っている魔王討伐が、ゲームのクリア目標なのだろう。


「古来より、千年に一度、魔王が復活するとの言い伝えがある。千年前は、我が王国と今は亡き帝国の連合軍により、魔王は復活直後に討伐された」


 なんだ、これが初めてじゃないのか。

 それだったら記録も残っているだろうし、俺たちがいなくても特に問題ないんじゃないか?


「しかし、近年まで、帝国の後釜である連邦と我が国との間で百年戦争が勃発し、互いに国力を無駄に損耗させてしまった。魔王復活まであと一年も残されていないというのに、討伐どころか魔王軍の侵攻を防ぐので手一杯だ」


 だから俺たちの力が必要ってことか。

 であれば、思う存分暴れさせてもらおうじゃないか。


 しかし、ゲーム内での時間の流れを十二倍にしてしまうなんて、Aliusの時間加速機能は凄いな。

 この機能のおかげで、現実世界では一月しか過ぎていなくても、仮想世界では一年が経過したことになるらしい。


「これから勇者殿には、アネア大陸にはびこる魔王軍の撃退、いや、魔王の討伐を行ってもらいたい」

「「「おおーっ!!」」」


 周りのプレイヤー達が、勢いのいい返事を浴びせた。


「おほん、申し遅れた。儂はセジョア王国五十一代国王レバッハ。外からの攻撃で世界が滅びるかという時に国王となった、実に運のない爺だ。ハッハッハ」


 自虐を交えた自己紹介で、ふさふさの髭を揺らして笑っている。

 しかし、その眼は笑っているようには見えない。


「勇者殿にはこれからチュートリアルを受けてもらう。それぞれ妖精が付きっきりで教えるので安心してくれ」


 国王が左手を空中に差し出すと、手のひらから淡く輝く光の粒が次々と飛び出した。

 光の粒それぞれがプレイヤーの元へと飛んでいき、俺の元にも1つの少し青みがかった白い光が飛んできた。


「こんにちは、イブキさん。短い間ですけどよろしくお願いします!」


 おおう、喋った。光が喋ったぞ。

 って、この光がチュートリアルの妖精なのか?


「こ、こちらこそよろしく頼むよ。ところで、君はなんと呼んだら良いんだ?」

「アミと呼んでください! ヘルプも担当しているので、疑問があったら遠慮なくどうぞ!」

「わかったよ、アミ」


 アミはまた動いて、俺の頭の右側に位置を変えた。


「妖精との関係も問題ないようだな。では、以上で解散とする!」


 国王は壇上から降りて姿を消した。


「さてアミ、さっそく自由になったみたいだけど、どうしたらいい?」

「さっそくここを出てチュートリアルにしましょう。慣れるより習え、です!」

「それ、逆じゃないか?」


 椅子から立ち上がって、大聖堂の外へと出る。

 俺の仮想世界での旅が幕を開けた。

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