第4話 モーゼル

「んんっ、眩しい」


 閉じた目に窓から差し込んできた朝日が差し、半ば強制的に目が覚めた。

 二度寝してしまわないように、眠い目をこすってベットから離れる。


 さて、今日のメインイベントはKar98kの試射だ。


 場所は昨日行った草原で良いだろう。

 確か、街の南側だったかな?


 外に出る前に、Kar98kを適当な布で包んでおく。

 注目されて有名になる分には構わないんだが、銃を売ってくれと言われた時が面倒だからな。

 弾も部品もろくに供給できないのに、無責任に銃を売るなんてできない。

 今のところは、俺だけの秘密にしておいたほうが無難だ。


 街の南側の草原に到着し、周囲にプレイヤーがいないかを確認する。


「よし、大丈夫そうだな」


 Kar98kの包みを取り払い、ポケットに入れたモーゼル弾一発を手にする。

 まずは一発だけ装填して撃ってみよう。


 携行時に邪魔にならないよう下に曲げられたボルトハンドルを九十度起こす。

 この時にコッキングピースが撃針を伴って後退し、撃針後方のバネが圧縮される。


 ボルトをそのまま引き、薬室を開放してモーゼル弾を一発中に入れる。

 ボルトを前方に押してモーゼル弾を薬室に押し込み、ボルトハンドルを元通りに倒して薬室を密閉する。


 あとは安全装置を解除して引き金を引くだけだ。

 何もない地面に向けて狙いをつける。


「射線上に障害物なし……」


 重さが二段階に分かれているトリガーを引き絞る。


 ダアン


 硝煙の匂いが鼻腔に押し寄せ、銃を撃ったことを実感させられる。

 発射による反動で、肩が、いや、全身が痺れた。

 生涯日本で暮らしていたら、一生味わうことのないだろうこの感覚。

 これは虜になってしまいそうだ。


 チャキッ


 ボルトを引くと、空薬莢も一緒に後退して弾き出された。

 排莢も問題ないな。


「すごい音ですね……」


 銃声の大きさは、およそ百六十デシベル。

 出力全開のジェットエンジンの音とほぼ同じ大きさだ。

 事前に身構えていなければ、思わず身がすくんでしまうだろう。


「ごめん、次は撃つ前に知らせるよ」


 さて、次は弾を二発込めてみよう。

 次弾装填が問題なく行われるかの確認だ。


 目標は草原を闊歩しているフェロラビット。

 昨日の意趣返しといこうじゃないか。


 一番近くにいるフェロラビットの小さい頭に狙いをつける。

 どうもこいつは攻撃を仕掛けられない限り、自分から攻撃することはないらしい。


 しかし、目は紅色でなく黒色だ。昨日戦ったやつと何か違うのか?

 ま、倒してしまえばどちらも同じか。


「撃つぞ!」

「はい!」


 ダアン


 弾頭は見事目標の頭部に命中…… とはいかず、ただ空を切るだけだった。

 何に攻撃されたのか分からないフェロラビットは、飛ぶように走って逃げてしまった。


「外したか?」


 頭を狙ったのに倒していないのだから、そう考えるしかない。

 念のためフェロラビットがいた地面を確認したが、血痕の類いは確認できなかった。


 どうして外してしまったのか頭を悩ませる。


「そうか、近すぎたのか」


 俺が弾を外した理由は、フェロラビットの頭を照準のど真ん中に据えていたからだ。


 音速の二倍以上の速度で放たれる銃弾といえども、地球の重力には抗えない。

 銃身を飛び出した弾は、重力に引かれて銃身の延長線よりも下に落下する。


 そのため、弾が落下することを見越して、一定の距離で弾の弾道と照準線が一致するように合わせておく。

 これが零点規正。

 ゲームなんかではゼロインと呼ばれてるやつだ。


 Kar98kの零点規正距離は最短で百メートルなので、それより手前にいたフェロラビットの頭上を通り越してしまったのだろう。


 チャキッ チキッ


 薬室内の空薬莢を排出して、弾倉に入っている二発目を押し込む。

 目標は、未だ逃げていない他のフェロラビット。

 先程の経験を生かして、頭の少し下を狙う。


「撃つぞ!」

「はい!」


 ダアン


 狙いをつけたフェロラビットが、頭から鮮血を流してパッタリと地面に倒れた。


「やったか!?」


 脳を完璧に撃ち抜いているとは思うが、確実に絶命を確認するために倒れたフェロラビットの元へと近寄る。

 思った通り、フェロラビットは頭の体毛を朱に染めていた。


「やりましたね! おめでとうございます!」

「ありがとう。アミに見てもらえてよかったよ」


 よしよし、記念すべき初戦果だ。


 しかし、このフェロラビットはどうしたもんか……

 動物の捌き方なんて知らないぞ?


 そう悩んでいると、倒したフェロラビットが霧となって霧散した。


「き、消えた……」

「戦利品としてインベントリに収納されましたね。戦利品はユーティリティウィンドウから確認できますよ」


 ユーティリティウィンドウを開いて、インベントリを閲覧する。

 その中に、『フェロラビットの肉』という名前のアイテムが入っていた。


「一部のアイテムには有効時間があるので気をつけてくださいね」

「この詳細欄に書いてある時間のことか?」


 アイテム名の右にある詳細欄には、『23h59m』と記されていた。

 時間的には、肉が傷んでしまうまでの時間といったところか。


 それまでに、売るなり食べるなりして処理しないとな。

 ふーむ、どうしようか。


「イブキさん、私はもうお別れの時みたいです」


 アミが俺の目の前に出てきてそう語る。


「な…… もう行ってしまうのか? まだ居たって良いんだぞ?」

「いえ、無理を言って居させて貰ってましたから。それに、イブキさんらしい戦い方を見つけたようですし」


 ぐぐぐ、そこまで言われると、引き止めることなんてできない。

 せめて、少しでも後腐れのない別れにしないとな。


「今までありがとう。アミに出会えてよかったよ」

「私こそありがとうございます。これからも、イブキさんの旅を応援していますね!」


 そう言って、アミの光は空の彼方へと飛んでいった。


 Kar98kに弾を一発装填し、銃口を空に向ける。


 ダアン


 別れの礼砲だ。

 これが俺らしい別れの挨拶だろう。


 さて、悲しみに暮れず、フェロラビット狩りに励もう。

 別れを後に引きずるなんて、アミも望んでいないはずだ。


 Kar98kに、最大装弾数である五発の弾を込める。

 テストはもう終わりだ。


 ダアン  ダアン  ダアン  ダアン  ダアン


 周囲にいたフェロラビットに対し、一匹に一発ずつ弾を放った。


「三発命中、二発は外れたか?」


 歩き回らなくても、しばらく待てば答えはわかる。

 インベントリ内の『フェロラビットの肉』が三つ増えた。


 命中率はあまりよくないが、初日で小さい目標にこれだけ当たるなら十分だな。

 昨日の惨劇を思うと、思わず頬が緩む。


「残り一発か」


 今日はこの辺で終わらせておこう。

 別に、持ってきた全弾を、ここで撃ち切る必要はないしな。


 Kar98kを再び布に包み、街へと戻る。

 追加の合成魔石を買うために、途中で武具店に寄って帰ることにした。




 ◇◇




「いつもの兄ちゃんか、いらっしゃい!」


 まだ朝のうちに訪れたからか、店内には数人の他プレイヤーがいた。

 背中の布に包んであるKar98kは、一見、槍にしか見えないはずだ。

 インベントリに入れられればそれが一番良いんだがな。

 Kar98kもモーゼル弾も『存在しないアイテムです』とエラーを返されて、収納することができなかった。


「合成魔石ってのは良いな。気に入った。もう一つ買うよ」

「ほう、その長い武器、魔法杖でも使っているのか?」


 なるほど、そういう見方もできるのか。

 誰かに聞かれた時に、ごまかすのに参考にさせてもらおう。


「そんなところだな。今日はフェロラビットを四匹も倒したんだ」

「に、兄ちゃん…… 生産職じゃなかったのか?」


 店主の表情が驚きに包まれた。


「よく俺が生産職だって分かったな」


 昨日のあれから色々調べて、俺が生産職だと突き止めたのだろうか。

 でも、俺が生産職だからって、四匹のフェロラビットくらいで驚く程か?


「兄ちゃんには魔術師の戦い方が合ってたってことか。フェロラビットの肉を売るなら、西街の買取所にしな。高く買ってくれるぜ」

「ありがとう、そうさせてもらうよ」


 その買取所には、後で時間がある時にでも寄っておこう。


 礼を告げて、合成魔石の代金を差し出す。

 明日は別のモンスターを倒してみるのもありだな。


 用も済ませたので店の外に向かう。


「そういえば、近々ワールドクエストってのが出されるらしいな」


 店の扉に手をかけた時、他プレイヤーの話し声が耳に入った。

 盗み聞きをするのは申し訳ないが、聞き耳を立てさせてもらおう。

 適当に店内をブラついて、物を探している風を装う。


「ワールドクエストって、全プレイヤーが同じ目標を目指すクエストだっけ」

「そうだな、一万人のプレイヤーが集まるクエストだ、気張っていこうぜ。目指すはキル数トップ! ってな」


 全プレイヤーが参加するようなクエストということは、かなり大規模な戦闘が起こるということだろうか。

 であれば、今回はパスだな。

 ある程度実戦経験を積んでから、次のワールドクエストに参加するくらいで良いだろう。


 これ以上話を聞くのも無意味と考え、もう一度店の扉に手をかける。


「それって、噂の銃使いの人も来るのかな?」


 今なんて言った?

 喉から出かかった言葉をすんでのところで止める。


「噂ったって、今朝、掲示板に銃声を聞いたっていう投稿が一つあっただけだぞ? 信用なるか?」


 銃声か……

 時間からして、俺がテストをしている時のものだろう。


 よし、予定変更だ。


 回れ右をして、陳列されている合成魔石を更に手に取る。

 一個なんかでは全く足りない。

 有り金をほとんどはたいて、両手に抱えるくらいの合成魔石を購入した。

 インベントリがなければ持ち帰るのが大変だったな。



 午後二時、ワールドクエストの通知が全プレイヤーに対して送られた。

 題目は『隣国打通作戦』。

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