第2章 王都周辺

第5話 ワールドクエスト

 ▽▼▽▼▽


 サランド再打通作戦


 魔王軍の侵攻によって、交流の途絶えた農業都市サランド。

 王都への食料供給を担うサランドとの分断が続けば、王都が飢え死ぬのも時間の問題だ。

 サランドへの道を打通し、安定した食料供給を取り戻せ!


 報酬・金貨一枚

 食事・支給


 詳細説明は本日十七時三〇分より、王都中央広場にて。


 △▲△▲△




 フェロラビットの肉の売却や、Kar98kの点検・整備を終わらせて、王都中央広場にやってきた。

 通知では詳細説明としか書いてなかったので、Kar98kは家に置いてある。


 ここの広場は、初日に来た大聖堂前の噴水のある広場だ。

 もっとも、混雑している人混みによって、噴水の水しぶきを拝むことすらできないのだが……

 これだけプレイヤーがいるのなら、場所は間違ってないようだな。


「えっ、イブキくん?」


 突如、俺のプレイヤーネームを呼ばれた。

 名前で呼んでくるくらいだから、俺のことを知っている人間か?


「ちょっとー? 無視しないでよ!」


 となると、該当する人物は一人しかいない。

 短剣使いの少女、リエだ。


「あぁ、すまん、ぼーっとしてた」

「もう…… しっかりしてよね」


 彼女は俺の目線よりも下にいた。


「それにしても、リエもワールドクエストに参加するんだな」

「それはこっちのセリフ!」


 彼女はつま先立ちになって、荒めの口調でつっかかってきた。

 なんとか落ち着かせようと、両手を開いて押し留める。


「昨日あんなことになってたのに、よくワールドクエストに参加しようと思ったね」


 一つ深呼吸をした彼女が、一歩下がってまっすぐ俺の目を見て話す。


「あれから俺なりに模索して、生産職としての戦い方を見つけたからな」

「ふーん、期待しとこうかな」


 あまり期待していない調子の声で返されると、ガヤガヤしていた周囲が急に静かになった。

 これ以上喋ってはならないと肌で感じ、一旦話を中断する。


「奮起溢れる勇者達よ、よくぞ来てくれたな」


 静寂の中に、バスの効いた声が行き渡る。

 声のした方を見ると、大聖堂のバルコニーに国王が立っていた。


「皆も知っているとは思うが、サランドとの物流を担う街道が魔王軍の手に落ちた」


 国王は感情を荒らげることなく、冷静に言葉を進める。


「王都の、王国の食卓を支えていたのは、このサランドだ。ここからの供給がない今、王都の食料は持って一月」


 考えればそうだ。

 農業に適していそうな南側の草原が自然のままで残っている王都が、大量の食料を自給できるわけがない。


 しかし、兵糧攻めとは、魔王軍はなかなかのやり手のようだ。

 意図をもって仕組んだのだとしたら、侮れない相手だな。


「明朝、中央広場より王立騎馬団を先頭にして商隊が出発する。勇者の方々はこれに帯同して魔王軍を撃退し、王都の豊かな食生活を守ってほしい。以上だ」



「「「ウオオオオオォォォォォォ!!!!!」」」



 しばらくの沈黙の後、聴いていたプレイヤー達が耳が破れんばかりの熱い返事が浴びせた。

 王都の食料事情の悪化は、一万人のプレイヤーが突然やってきたことにも原因があるだろう。

 自分のケツは自分で拭かないとな。


「それじゃぁ、明日はちょっと早めに噴水前で集合だね」


 俺とリエでパーティーを組むのは既に既定路線なのか。

 まあ、いざって時に二人なのは心強い。

 ここはありがたくパーティーを組ませてもらおう。


「わかったよ。持ち物はそうだな、武器は各々決まっているとして…… 非常食を持っていこう」

「非常食?」


 国王による説明の前に盗み聞いた話によると、同行系のクエスト中は、雇い主が食事を用意するのが普通らしい。

 通知にも『食事・支給』と書いてあったな。

 今回のワールドクエストでも、食料を満載した馬車が商隊に組み込まれ、プレイヤーに食事を支給するという話だ。


「一日中戦闘をする羽目になったりしたら、支給の食事にありつけないかもしれない。備えておくに越したことはないよ」

「それもそうだね。この世界の日持ちする食べ物ってなんなんだろう」


 彼女は顎の下に手を添え、頭を悩ませている。

 確かに、ここには現実世界でイメージするような非常食なんて、売っているはずもない。

 悩むのも当然だな。


「俺もなんか見つけてくるよ、余ったら交換しよう。じゃぁまた明日、寝坊するんじゃないぞ」

「そっちこそ、遅れて追っかけてくる羽目にならないようにね。また明日!」


 さて、非常食を買って家に帰るか。

 帰路の途中にあった食料品店に入り、店内を物色する。


「日持ちするもんねぇ……」


 フェロラビットの肉のように、インベントリに入れれば痛むまでの時間が分単位でわかるが、買ってもいない商品をインベントリに入れようもんなら万引きだ。

 自分の目と知識を信用するしかない。


「お? これは……」


 お目当ての品は、思いがけずすぐに見つかった。

 これなら常温で保存できるし、Kar98kとも相性ピッタリだ。




 ◇◇




「王立第一騎馬団団長シリウス、これよりサランドへ向かう商隊護衛のため出撃する。王立第一騎馬団、前進」


 ほっそりとした体格ながらも、芯の通った背筋の男によって号令がなされる。

 その人物の目は、どこかを睨みつけるかのように鋭く尖っていた。


 シリウスの操る白馬が、蹄を小気味よく鳴らしてゆっくりと前に進む。

 横並びになっていた金属光沢の眩しい鎧に身を包んだ騎士達が一呼吸おいて追従し、騎馬団は見事な傘型隊形を形成した。


 一糸乱れぬ隊形運動は、まるでフレッチェ・トリコローリやレッドアローズによる曲技飛行のようだ。

 その後ろを商人の操る馬車が追従する。


 続々と商隊という大蛇の胴体が構築される様を見て、リエが「すごいね、まるで蛇みたい」と零す。


「商隊の一番後ろ、殿につこうか。まだ俺の手の内を他のプレイヤーに見せたくないんだ」

「へぇ、布にまで包んじゃって、そんなに隠したい武器なんだ。なんだろう…… 槍?」

「あはは、使い方によっちゃ槍にもなるな」


 銃の先に取り付ける銃剣というものを使えば、ライフルだって立派な槍として使える。

 中国語で小銃は歩槍と言うしな。


 最後の馬車が目の前を通り過ぎたので、俺たちはその後ろに続く。

 向かう方角は南、フェロラビットと戦った草原よりも更に先に、目的地のサランドがあるらしい。


 衛兵に見送られながら城門をくぐる。


「あれ、モンスターが全然いないや」


 リエが草原を一瞥してそう言った。

 確かに、昨日は数え切れないほどいたフェロラビットが、今日は一匹も見えない。


「先に行ったプレイヤーに狩られ尽くしたのかもな」


 三度の飯よりも戦う方が好きそうな血気盛んな連中は、皆商隊の先頭についていた。

 そんなプレイヤーが集まっているのだから、草原にいるフェロラビットの掃討くらいわけないはずだ。


 この調子が続くなら、帰路は先頭に行って良いかもな。

 商隊後方を守っているのは俺達しかいないが、ここまで敵が来ないなら守る必要もないだろう。


 Kar98kの包みは解かれることなく、俺たちは草原を超えて森に入った。


「それにしても、すごいノロノロ進むね」

「ああ、今日のうちに着くと良いんだがな」


 暇そうな彼女は鞘から短剣を抜き、軽く素振りを始めていた。

 森を切り開いて作られた街道を進む商隊は、まるで赤子の四つん這いのような速度で移動している。


 突如、短剣が空を切る音と足音が消えた。

 様子を見ると、彼女は目を細めて後ろを見つめていた。


「な、なんかあったか?」

「……後ろになにか居る、モンスターかな」


 ただ事ならない雰囲気を放つ彼女を見て、俺は背中のKar98kに手をかける。


「マジか? 俺には何も見えないんだが……」

「ほんの微かだけど、後ろから足音がした。聞き間違いじゃないと思う」


 その言葉に、俺はKar98kの包みを取り払い、腰につけた弾薬盒から五発のモーゼル弾を取り出す。

 五発のモーゼル弾はクリップでまとめられているので、開かれた部分に差し込み、上から押し込めば迅速に装填できる。


 ピキィン

 チッキッ


 ボルトを押し戻し、確実に薬室を閉鎖した。

 セーフティを解除して戦闘準備完了だ。


「いるんだな…… そこに!」

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