第6話 会敵
「じ、銃!?」
リエが、お手本のような二度見でKar98kを見る。
目はいっぱいまで見開かれ、口は閉じることなくぽかんと開いている。
「どうだ? これが俺の戦い方だ」
「い、い、いい、良いんじゃない?」
何度も見直しながら、彼女は商隊の後方に向き直った。
「く、来るよ! ゴブリン八匹、真っ直ぐ突っ込んで来てる!」
「来たか、初撃は俺が貰うよ」
鬱蒼と生い茂る木の間に、緑の肌を持つモンスターを発見した。
あれがゴブリンか。
保護色のような色で発見しづらかったが、一度見つけてしまえば見逃すことはない。
膝立ちの姿勢になり、銃床と頬を密着させる。
これで、立ったまま射撃するよりも、照準のブレを少なくすることができる。
先頭を走って突っ込んでくるゴブリンに対し、照準を重ねる。
ダアン
銃口より押し出された弾丸が、音速の二倍以上の速度で空を切り裂く。
数瞬後、ゴブリンの左脇腹に弾丸が食い込んで、そのまま突き抜けた。
「ぐわぁぁっ! い、痛ぇ!!」
弾丸を身に受けたゴブリンは勢いをそのままに地面に倒れ、突然襲う痛みに悲痛な叫びを上げる。
奴のHPバーは三分の一にまで減っているので、かなりの効果があったに違いない。
「だ、大丈夫か!」
横にいたゴブリンが立ち止まり、負傷した仲間を助けようとする。
おうおう、いい仲間意識じゃないか。
チャキッ チキッ
残念だが、格好の獲物だ。
ダアン
「二匹やった、まだ六匹残っている」
薬室に次弾を送りながら、状況の報告を並行して行う。
二匹目は太ももの付け根に当たったようだ。
大動脈を撃ち抜いたのか、鼠径部から鮮血を吹き出してからしばらくすると、ピクリとも動かなくなった。
「派手にやったねー、次は私の番だよ!」
彼女は、目にも留まらぬ稲妻のような速さで、ゴブリンの喉元へと切り込んでいく。
あまりの速さに、ゴブリンが攻撃を受けたことに気づいたのは、喉から吹き出す血を浴びた手を見た時だった。
「まるで、『死の速達便』だな……」
そういえば、リエのマスタースキルは『俊足』だとか言っていたな。
軽くて取り回しの良い短剣と組み合わせることで、マスタースキルの強みを存分に発揮させているのか。
彼女は戦果を確認することなく、次のゴブリンを倒すために移動を続けている。
「おっと、感心する前にモンスターを倒さなきゃな」
近接戦闘の邪魔にならないよう、彼女から一番離れているゴブリンを狙う。
ダアン
しかし、ゴブリンは狙われていると察知した瞬間、横方向に移動し始めた。
それによって狙いが上手く定まらず、弾は外れてしまった。
「見たこともない武器だが、弱点は弓と変わらねぇみたいだ!」
ゴブリンは再び真っ直ぐ俺に向かい、どんどん距離を詰めてくる。
相手の間合いに入るまでに、あと一回撃てるかどうか……
チャチキッ
ダアン
しかし、極限状態で放った弾丸はゴブリンに当たることなく、奥に立っている木に弾痕を残すだけだった。
「お前の武器じゃ、この距離で勝ち目はない。運が悪かったと諦めるんだな!」
「それは俺を倒してから言ってみろ!」
ゴブリンは俺に向かって大きく剣を振りかぶってきた。
一か八かに賭けて、Kar98kの銃床で思いっきり腹をどつく。
「姿勢が崩れた! そこだっ!」
ダアン
近接射撃を試みたが、引き金を引く直前に銃口を撥ね退けられてしまった。
その上、今の射撃で弾倉内の弾が尽きてしまった。
この状況に、弾込めをする余裕なんて残されていない。
こんなときに銃剣があれば…… クソっ、用意しとくんだったな。
「これで終わりだ!」
奴が再び剣を振りかぶり、俺を真っ二つにしようとしている。
どうにか、どうにかして、この窮地から脱しないと……
「ガハッ――」
突如として、ゴブリンの首に横から短剣が深く突き刺さった。
「はぁ、はぁ、大丈夫?」
リエが地面に倒れたゴブリンに上からのしかかり、全体重で頸椎に短剣を刺し込みながら、肩を上下させて横目で俺を見る。
「あ、ありがとう。また助けてもらって申し訳ない」
「礼なら後で、ゴブリンはまだいるよ!」
彼女はゴブリンから抜いた赤い血に染まる短剣を一払いする。
その姿を見てハッとし、急いで次のクリップを取り出して弾を込める。
ダアン
姿を見せていたゴブリンに撃ったが、弾丸は上腕をかすめただけで、木の裏に隠れられてしまった。
一応、牽制にはなったか?
「リエは何匹やった?」
「今ので三匹、ということは……」
「差し引きして残りは三匹か」
しかし、ゴブリンはKar98kを警戒しているのか、木の裏に隠れてなかなか姿を見せない。
「こっちからは倒せなさそうだ。さっきみたいに、リエの『俊足』でなんとかできないか?」
「ちょっと厳しいかな。不意打ちはもう通用しないだろうから真っ向勝負になるけど、それだと二匹が限界」
彼女は敵を見逃すまいと、ゴブリンのいる方に鋭い目線を飛ばしている。
「一人の力だけではゴブリンを倒せないってことか」
「だからこそのパーティー、でしょ?」
そうか、別に一人で戦う必要なんかないんだ。
一人で駄目なら二人で、それでも足りないならもっと集めてくれば良い。
「俺が牽制射撃をして、ゴブリンの注意を引きつける。リエはその隙をついて、奇襲でゴブリンを倒してくれ」
「わかった、タイミングはイブキくんに任せるよ」
目線より少し下の高さに枝を伸ばしている木を見つけ、そこを射点にする。
木の枝にKar98kの重みを預け、右手の動きだけで狙いをつける。
依託射撃という撃ち方で、固定物に銃の重さを預けることで、安定した射撃ができるのが特徴だ。
ダアン ダアン ダアン
こちらの様子を伺うために、チラチラ顔を覗かせるゴブリンの隠れている木に牽制射を放つ。
当たる可能性なんてほとんどないだろうが、そんなことどうだっていい。
とにかく早く、早く、次弾を叩き込む。
ダアン ダアン
一拍置いて、弾倉内に残った2発を放った。
そして即、再装填。
弾切れの心配は必要ない。
なんせ、昨日家に帰ってから、ひたすら銃弾作りに勤しんでいたからな。
完成した銃弾の数は百二十発。
これだけあれば、一戦で撃ち尽くすはずがない。
◇◇
牽制射撃を続け、かれこれ三十発は撃っただろうか。
ゴブリンは俺の攻撃パターンに気付いたのか、五発撃つと顔を出すようになった。
「弾込めの隙を狙ってるのか?」
ちょこまかしやがるので頭に血が上るが、俺の役目は牽制役だ。
逆に、居場所を教えてくれていると捉えよう。
ダアン ダアン ダアン ダアン ダアン
弾倉内の弾を撃ち尽くした時、ゴブリンが行動に出た。
三匹同時に木の裏から飛び出して、俺に向かって一気に突撃してくる。
再装填を終わらせて全力射撃をしても、倒し切る前に相手の間合いに入るだろう。
「私を置いてどこにいくのかな!?」
リエがゴブリンの真横から接近し、三匹まとめて切り掛かった。
HPはそれほど減っていないが、突撃を破砕するには十分だ。
ダアン
再装填を終わらせ、足を止めたゴブリンに容赦なく銃弾を送り込む。
全身を見せていた標的を外すはずもなく、胸に銃弾が吸い込まれた。
HPが全損し、ゴブリンは霧となって消えた。
「次っ!」
混乱したゴブリン達は目標を変え、リエに対して攻撃を仕掛けている。
一人で二匹を相手している上、リーチの差でリエは防戦を強いられていた。
次は俺が彼女を助ける番だ。
ゴブリンの頭をよーく狙う。
接近戦にもつれ込んでいるとはいえ、誤射するなんて絶対にできないからな。
ダアン
発射された銃弾は、ゴブリンの側頭部に命中して死をもたらした。
最後に残った一匹は、尻をまくって逃げ出す。
ダアン ダアン ダアン
丸腰に等しい目標だったが、不思議と弾は当たらず逃げられてしまった。
「いっそのこと全滅させたかったな」
「全部倒せなくたっていいよ」
短剣を鞘に収めたリエが俺の元に戻ってきていた。
『俊足』であれば追撃もできそうだが、彼女にその気はないらしい。
「そうだな、撃退できただけよしとしようか」
本来の目的は商隊に近づく敵の排除。
攻撃の意思を挫けたならば、それで十分だろう。
「良いチームワークだったね!」
彼女がニッと笑みを浮かべて拳を差し出してきたので、俺も拳を出して突き合わせる。
俺は良い
「あれ、馬車がもう見えないね」
「戦いが長引いたからな、置いていかれちまったんだろう」
「それじゃぁ走って追いつこうよ! あれだけ遅かったらすぐだよ!」
「よし、そうしよう」
リエの提案に乗り、俺達は商隊に追いついてサランドを目指す。
それから、モンスターと遭遇することはなかった。
陽が落ちて地面が見えなくなった頃、先行する商隊の松明の道標に従い、俺達はサランドの街に到着した。
今日はもうヘトヘトに疲れていたので、軽く食事を済ませて宿屋で休息をとる。
よほど疲れていたのか、ベッドに入った瞬間、俺は一瞬で眠りに落ちてしまった。
復路は更に激しい戦いになるとも知らずに……
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