第7話 復路

 サランドで大量の食料を積みこんだ商隊は、王都へ向けて出発する。

 街道を塞がれてサランドで足止めをくらっていた馬車も加わり、元々長かった商隊は、更にその胴体を伸ばした。


 俺とリエは屋台で買ったサンドイッチを手に、往路と変わらず商隊の一番後ろにつく。

 一番先頭に行こうかとも思っていたが、昨日の襲撃を受けて、その考えは吹き飛んだ。


 右手で握ったサンドイッチにがぶりとかぶりつく。

 ふんわり焼かれた耳付きのパンに、間に挟まれたレタスのシャキシャキした食感が良い味を出している。


「レタスだけだなんて、ずいぶんとストイックなチョイスだよね」


 その手には、分厚いベーコンと目玉焼きの挟まれたサンドウィッチが握られていた。


「これが意外といけるんだぞ?」


 お互いにペロリと平らげて、今日のエネルギーを補充する。


 サランドの街を出て、麦畑のど真ん中を突っ切る道に差しかかった。

 雲は低くどんよりしているが、黄金色の絨毯が美しい。

 昨日は陽が落ちた後で、何も見えなかったからな。


「わぁー、すごい!」


 最後尾の馬車の幌の間から、黒髪の少女が幼い顔つきの顔を覗かせた。


「落ちたら危ないぞ、ちゃんと頭をひっこめておきな」

「大丈夫! 私、こんなんじゃ落ちないから!」


 こちらを見つめる瞳はとても澄んでいて、未来への希望に満ち溢れているようだ。

 野暮なことを言うのはよしておくか。


「君の名前はなんだ?」

「ステラ!」

「いい名前だな、お母さんにつけてもらったのか?」


 少女は元気よく「うん」と頷く。


「それで、馬を引いてるのがゼマライおばあちゃん!」


 手綱を握る老婆が、俺の方を見てペコリと頭を下げる。

 それに対して、俺も「どうも」と返しておいた。


 麦畑を抜け、ゴブリンと交戦した森の中に入る。

 長い森だが、ここさえ抜けてしまえば、後は王都周辺の草原地帯だ。


 そう考えると、気分も上がってきて進む足が徐々に速くなる。

 それはもう昨日とは雲泥の差だ。

 進行速度は昨日の倍以上になっているだろう。


「ねぇ、いくらなんでも速すぎない?」


 そわそわした様子で、リエが警鐘を鳴らす。


「確かに、今日は妙に順調に行きすぎてるな」


 往路でモンスターを狩り尽くしたおかげで、先頭が足止めされることなく進んでいるのかもしれない。

 しかし、商隊は昨日よりはるかに長くなっているのだ。

 どう考えたって、ここまで進行速度が向上するとは思えない。


「この先でが起きてる」


 彼女の重々しかった表情が、更に深刻なものになっていく。


「ちょっと俺、前の方見てくる!」

「それなら私が! 俊足を使えば、イブキ君より先に戻ってこれるはず!」


 いても立ってもいられなくなって走り出した俺の手が、リエの小さな手で握られた。


「リエはここでモンスターの警戒を頼む。俺だと、近寄られたら無力だからな」

「イブキくんがそう言うなら……」


 握られた手をゆっくりと解放されて、俺は商隊の前方へと駆け出す。

 途中で追い抜いた他プレイヤー達は、皆、気力のない様子で付き従っているだけだった。


 昨日とは明らかに違う、デコボコに荒れた道を走り抜け、先頭を進む馬車を発見した。

 隊列は異常に短かったし、先導しているはずの騎馬団の姿も見えない。


「おい、先導の騎馬団はどうした」


 先頭で手綱を引いている人物に声をかける。

 ビクッとした様子で俺を向いたそいつは、額の広いおっさんだった。

 その額には、球の汗が浮かべられている。


「い、いやぁ、前の連中が後ろのことをちっとも考えずに先に行ったみたいでな。今追いつこうとしてるところなんだ」

「その前の連中はどこにいるんだ?」


 おどおどしていたおっさんは、俺の質問に語気を荒くする。


「そんなの分かんねぇよ! 気づいたら前の馬車がいなくなって、俺が先頭になってたんだ!」

「気づいてからどれくらい経った? ちょっと離されたくらいなら、もう追いついていても良いだろ」

「前の連中が早いから、こんだけ急いだってまだ追いつけねぇんだ! そうだ、お前、お前が前の馬車の所に行って、速度を落とすように言って来いよ!」


 男は額にシワを寄せて、俺を上から高圧的な態度で怒鳴りつけてくる。


 この男が主張する内容は一聞正しいように聞こえるが、俺はありえないと確信している。

 なんせ、商隊を先導しているのは、見事な隊形運動を見せた騎馬団なのだ。

 それほどまでに練度の高い騎馬団が、後ろを突き放す勢いで進むとは到底思えない。


「引き返してサランドに帰るんだ。これだけ急いでも前に追いつかないってことは、道を間違えてる可能性もある」


 男の高圧的な態度にカチンときつつも、冷静に俺の提案を伝える。

 すると、男の顔は真っ赤に熱した。


「うっせぇぞこの小僧! いいか!? 俺はてめぇらみたいな昨日今日召喚された奴らとは違うんだよ!」


 もう脳漿が沸騰していそうな勢いでまくし立てられる。


「十四の時から二十年も王都とサランドを行き来する商人としてやってきたんだ! 俺は誰よりもこの道に詳しいんだよ! いいから黙ってついてこい!」


 くそ、プライドが高くて思考が凝り固まってやがるな。

 聞く耳を一つも持ちやしない。


 しかし、これはまずいな。

 進めば進むほど、引き返すのは難しくなる。


「お、おい! 後ろにゴブリンが出たらしいぞ!」


 馬車伝いに、モンスターの出現情報が伝えられてきた。

 後ろってことは…… リエが交戦中か!?

 こんな奴に構っている暇はもう無いな。


 Kar98kの発射準備を整えて、商隊後方へと駆け抜ける。

 途中ですれ違った他プレイヤーにも、ゴブリン襲来の報を伝えておいた。

 大多数のプレイヤーが騎馬団の方についていった現状、彼らも砂漠の水のように貴重な戦力だ。


「ゴブリンが多いな、なんとか一人で持ちこたえているみたいだが……」


 リエは簡単に数えられないくらいのゴブリンを相手に、殺陣のような大立ち回りで対抗していた。

 他のゴブリンがリエの注意を引いている隙に、一撃入れようとしていたゴブリンに照準を合わせる。


 ダアン


 リエへの援護兼、救援に来たことを知らせる合図だ。

 銃弾はゴブリンに命中したが、右腕に当たってそのまま突き抜けたので、一時戦闘不能くらいにしかならないだろう。


 まぁ、今はそれでいい。


 ダアン ダアン


 続けて、姿が丸見えのゴブリンに弾丸をプレゼント。

 しかし、装填してあった分を撃ち切る前に、木の裏へと隠れられてしまった。


「昨日逃した奴があの中にいるのか?」


 ゴブリンが一旦引いたことで、リエは一時的に安全を確保できた。

 Kar98kに発射した分のモーゼル弾を込めて、肩を揺らすリエの元に近づく。


「大丈夫か?」

「なんとかね、馬車には手一本出させてないよ」


 そうは言っているが、白い肌が対照的な赤い血で濡れていた。

 ゴブリンの攻撃が掠ってしまったのだろう。


「前の方はどうだった?」


 リエは瓶詰めされた、いかにも毒々しい緑色のドリンクをグビグビと飲んで質問してきた。


「先導の騎馬団がいなかった。商隊もえらく短くなってたから、この隊列は完全にはぐれたと考えた方がいいだろうな」

「それはまずいね、間違えた道に入ってるかもしれないし」


 リエは話が早くて助かるな。

 進行方向後方を警戒しつつ、どこに向かっているのかわからない商隊を守る。


 しかし、一度引っ込んでしまったゴブリンは、殆ど姿を見せなかった。

 一定距離で足音は聞こえているんだが……


「――もう昼か、腹が減ってきたな」


 ゴブリンの追跡を受けている間に、いつのまにか太陽は真上まで昇っていた。


「でもこんな状況じゃ、ここを離れて食料を取りに行くなんてできないね」

「取りに行く必要なんてないよ。こんなときのための非常食だ」


 そう言って、俺はインベントリから非常食を取り出す。

 よしよし、まだ傷んでないな。


「それは…… パン?」

「ライ麦から作られた黒パンってやつだ。日持ちして運びやすいから、ドイツ軍の食料として大活躍していたんだ」

「私はスモークサーモン。そうだ、そのパン貸してよ」


 パンを貸すとはよくわからないが、とりあえずパンを手渡す。

 すると、彼女は短剣を見事に扱って、あれよあれよとサンドイッチを四つ作り上げた。


「はい、黒パンとスモークサーモンのサンドイッチのかんせーい!」


 彼女は誇らしげな顔で、二つのサンドイッチを手渡してくる。

 それを受け取ると、「グー」と腹を鳴らす音が聞こえた。


「そりゃステラも腹が減るよな。ほら、これ持っていきなよ」


 二つあるうちの一つを差し出すと、同じようにリエも差し出した。


「おばあちゃんの分も、ね」


 少女は満面の笑みでサンドイッチを受け取る。

 その様子を見て、荒んだ心が洗われたような気がした。


「おい、小僧」


 つかぬ間の平穏に水を差す声が聞こえた。


「お前の言った通り引き返してきたぞ」


 先頭で馬を引いていたおっさんだ。

 狭い道を馬車で無理やりすれ違おうとするので、荷車の車輪の片側が道から落ちている。


「あれだけ頑なに拒んでいたのに、よく戻ってこようって気になったな」

「進む先にゴブリンが出たんだが、おめぇら護衛の連中がちっとも倒せやしなかったんだ」


 そりゃそうだ。

 腕に覚えのある連中は商隊の最前列に行ってしまった上に、そもそもの絶対数が足りてない。

 我々は質も量も不足しているのだ。


「だが、戻る先にもゴブリンがうじゃうじゃといる。このまま進めば飛んで火に入る夏の虫だぞ」

「それを倒すのがお前らの仕事だろ? ほら、さっさと倒してこいよ」


 言い方がいちいちイラつくな。

 しかし、この状況での最善策は、このおっさんの言う通り来た道を突破すること。

 挟撃されている現在、打開策を打たないと手遅れになってしまう。


「――わかった、俺達で血路を切り開く」


 たった二人での、壮絶な突破戦が幕を開けた。

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