第11話 パタニカ村

「全弾頭部命中ヘッドショット、だと……」


 あの後、リエは弾倉内の全弾をフェロラビットの頭に叩き込んだ。


「そ、そんなに落ち込まないでよ。きっと偶然だって」

「あれはもうビギナーズラックの範疇を超えてるけどな」


 試し打ちを終えた俺たちは、再びパタニカ村に向けて歩いている。


 王都東方向に伸びる街道は、すぐに山の中へと入った。

 所々に石の階段もあり、これでは馬車が通行するのは難しそうだ。


 小さな山を一つか二つ越え、脚に疲労の溜まった俺たちの口調は少なくなった。

 そろそろ休憩をしようかというところで、木造の建物がぽつりと建っている集落にたどり着く。


「もしかして、ここがパタニカ村かな?」

「そうだと良いんだが…… っと、人がいるな。ちょっと聞いてみよう」


 道端を歩いていた、田舎で軽トラを乗り回りていそうな爺さんに声をかける。


「すまない、パタニカ村の場所を教えてくれないか?」

「パタニカはここだ。ただ、近頃デグラムボアが村に降りてきている。危ないから、早くこの村を抜けなさい」


 村の名前は合ってるし、デグラムボアの出現情報もある。

 間違いない、ここが目的地だ。


「大丈夫、俺たちはそのデグラムボアを倒しに来たんだ」

「また勇者さんかい。今度はちゃんとやってくれるんだろうな?」


 討伐の依頼をこなしに来たというのに、爺さんの反応は意外にも冷たい。


「俺たちの他にも勇者が来ていたのか?」

「五日前に二人組、三日前は単独の奴が来た。もっとも、来てすぐに送り返されていたがな」


 なるほど、俺たちより前に来た冒険者がヘマをやらかしてしまったのか。

 二度あることは三度ある的な感じで、この爺さんは俺たちを信用していないのだろう。


「安心して、お爺さん。イブキ君はそんじょそこらの冒険者とは一味も二味も違うから!」


 爺さんの圧力に押し負けそうになっていた俺の背中が、リエの援護射撃によって支えられる。

 彼女の言葉に、爺さんは少しだけ口角を上げた。


「そうか、そこまで言うかい。よし、儂についてきなさい」


 な、なんだ?

 急に爺さんの雰囲気が柔和になったぞ?


「ど、どこに行くんだ?」


 突然のことに足が止まっている俺たちに爺さんが振り向く。


「最後にデグラムボアを見た場所を教えてやろうってんだ。早く来んと置いていくぞ」

「本当か!?」


 それは是非とも教えてもらいたい。

 デグラムボアの行動パターンを把握できれば、待ち伏せアンブッシュしての攻撃も可能かもしれない。


 リエの肩をポンと叩いて爺さんの後に続く。


 思ったよりも爺さんの歩く速度が速い。

 見た目の歳からは想像できないが、こんな山中にいたら普段から足腰が鍛えられているのだろうか?

 この爺さんについて興味が湧いてきたな。


「爺さん、名前はなんて言うんだ?」

「ガルポだ。お前さんたちは?」

「俺はイブキ、こっちの小さいのがリエだ」


 ドスッ


 痛っってぇ……


 リエに尻にドスの効いた蹴りを入れられた。

 後で謝っとこう……


「さて、着いたぞ。ここが最後にデグラムボアを見かけた場所だ」


 いやいや、嘘だろ?

 まさか、こんな場所に冒険者を計三人送り返しリスポーンさせたデグラムボアが現れたとは信じられない。


 だってここは――


「村の中心部じゃないか……!」


 俺はてっきり、山の中の獣道や村の外縁部を案内されるのかと思っていた。

 まさか、民家が寄り添って立ち並ぶ村の中心地に現れていたとはな。


「山ん中におるんだったら、わざわざ討伐依頼など出さん。村に降りてきて被害を出しているから依頼したんだ」

「それは冒険者のことだろ?」

「違う、四人死んだ。冒険者抜きでな」


 四人もデグラムボアの餌食になっていたことを知り、俺とリエは驚きに包まれた。

 ガルポは腰に据えたナイフとしてはかなり長い剣蛇に手をかけて続ける。


「一回目の時は三人、二回目は儂が追っ払ったが、一人助けれなんだ」


 剣蛇を握る力が次第に強くなり、腕が痙攣しているかのように小刻みに震えている。

 ガルポの周りに見えるはずのないオーラが見える。


 この爺さん…… 只者じゃないな。


「五人目の犠牲者は出さないよ、絶対に! またデグラムボアが村に降りてきたら、私がその心臓を撃ち抜いてみせる」


 リエの透き通るような碧眼が、真っ直ぐガルポに向けられる。

 その言葉にガルポの口元は緩んで、同時に剣蛇に添えられていた手も降ろされた。


「討伐が終わるまで儂の家に泊まっていくと良い。なに、儂一人しか住んどらんから遠慮はいらんよ」


 ガルポの好意的な申し出に、俺達は顔を合わせて頷く。


「それじゃぁ、お言葉に甘えてさせてもらうよ」


 案内されたのは、レンガで作られた二階建ての家。

 二階部分は急な屋根と一体となっていて、そこから小さな窓が飛び出している。

 一人で住んでいるにしては結構広い家だな。


「部屋は二階のを使ってくれ。一緒の部屋でも構わんだろう?」


 ――は?


 ちょっと待てよ、何言ってんのか理解できないんだが……

 一回、一回復唱してみよう。


「「いっ…… しょ?」」


 リエも同じ考えをしていたのか、同時に同じ言葉を発した。


 それはつまりあれだ。

 俺とリエが同じ部屋で寝泊まりするってことだろ。


「お、俺は構わないぞ」


 別に俺が何も変な気を起こさなければ済む話だ。

 あそこまで言われてしまうと、今更別々の部屋にしてくれだとか他のとこに泊まるとは言えない。


「わ、私も大丈夫……」


 二人とも合意し、ガルポの用意してくれた部屋に入る。

 部屋の中はシンプルで、壁の両際にベッドが二つと、窓の近くにランプの乗った小台が一つあるだけだった。


 荷物を置いた俺達の間には沈黙が流れている。


 落ち着け、やることはもう決まってるんだ。

 デグラムボアの倒し方についてリエと話し合う。

 簡単なことじゃないか。


「さて、どうやってデグラムボアを倒すか考えようか」

「そうだね。次いつ現れるのかもわからないし」


 お互いに自分のベッドに腰をかけて向き合う。


「まず、どうやってデグラムボアを見つけるかだね」

「案は二つあるな。まず一つ目が、俺達が山の中に探しに行く方法。二つ目は奴が村に降りてくるのを待つ方法だ。どちらにもメリット・デメリットがある」


 つまりは、能動的に動くか受動的に待つかのどっちかってことだ。


「メリットとデメリットは何?」

「俺達が山の中に探しに行く方法は、討伐にかかる日数が少ないのがメリットだ。ただ、俺達が留守の間に村に降りられでもしたら大変なことになる」


 もしそうなれば、村から五人目の犠牲者を出すことになってしまうだろう。


「それはダメだね……」

「であれば、もう一つの方法でいこう。それなら俺達で村の人々を守れる」


 だが、奴が降りてくるまで待ちぼうけだがな。


「奴がいつ村に降りてくるかわからないから、二十四時間体制で村を見張る必要がある。二交代で監視をしよう」


 二交代制とは、二十四時間稼働する工場を二つのシフトを組んで運用する方法だ。

 昼と夜に分かれ、各十二時間ずつ仕事をこなす。


 できれば各担当時間が短くなる三交代にしたかったが、二人しかいないので仕方あるまい。


「夜に監視する役が大変そうだよね。交代交代にしようか?」

「俺が夜の監視をするよ。元々夜型だから、そんなに苦痛じゃないしな」

「それなら今の時間は私の担当だね!」


 リエはKar98kの包みを取り払い、その姿を露にした。

 弾薬盒からクリップを三つ取り出してポケットに押し込み、そのまま弾薬盒をリエに手渡す。


「弾はこれを使ってくれ。見張り場所は屋根の上なんかが良いだろうな」

「ありがとう。それじゃぁ行ってくるね」


 弾薬盒を受け取った彼女は、窓から外に出て屋根の上に出ていった。


 さて、夜に備えて仮眠しておくか。




 ◇◇




「……い、――い」


 ん―― あ――。


「おーい、起きてー!」


 ううーん、リエ?


「寝過ごした!?」


 布団が宙に浮かんばかりの勢いで飛び起きる。


「落ち着いて、ガルポさんが晩ごはんを作ったから一緒に食べようって」

「よ、良かった。でも、見張りがいなくなるけど大丈夫か?」

「戦闘態勢のまま食べたら大丈夫だろうってさ。先に降りとくね」


 俺はKar98kを手に、リエの後を追って一階に降りる。


「「いただきます」」


 用意してくれたのはサクサクとしたパイと、ジューシーな肉汁溢れるウインナーだ。

 果実の酸味がほんのり効いたパイが、空きっ腹の食欲をそそる。


「それがお前さん達の槍か。変わった形だな」


 ガルポは机に立てかけたKar98kを隅々まで興味深そうに見ている。


「先の穴を覗くのはやめてくれよ。もし何かあったら危険だ」

「ここから何か飛び出すのか? そういえば昔、儂もそんな武器を貰ったことがあったな」


 穴から物体が飛び出す武器……?

 それは考えようによっては銃じゃないか。


「その武器を見せてもらっていいか?」

「構わんよ。確かこの辺に…… あった」


 手渡されたのは、丸めた金属板を針金で縛って木製の柄を装着したものだった。

 鉄板を曲げているだけのため、金属の円筒部は歪な形になっている。


「それは魔導師が使う武器で、金属の玉を入れてから中で火炎魔法を発生させると玉が飛び出ていくらしい。使いものにならんとかで、儂が貰うことになったんだがな」


 なるほど、これは実に原始的な銃だ。

 武器を全周から観察した後にガルポに返す。


「見せてくれてありがとう。料理も美味しかったよ」


 NPCにこんなのを発明する奴がいるとはな。

 是非とも一度会ってみたいものだ。


「さて、タイミングも良いし、見張りを交代しようか」


 俺は屋根に上がり、夜の帳が下りた村を見張る。

 今日は新月らしく、周囲は墨で塗られたかのように真っ暗だ。


 見張りを交代してからしばらく経ち、うつらうつらしてきた所で、強烈な泥臭い匂いが鼻を襲う。


「なんだ? なにかいるのか?」


 必死に目を凝らして村中に目をやる。

 しかし、真っ暗闇の中では、数軒先の家を見ることすらままならない。


 って、何か見える。

 上向きの鎌のような形をしているが…… さっきまであんなのあったか?


 目をめいいっぱいまで開き、少しでも多くの光を取り込む。

 鋭い角が動き、獣臭のきつい持ち主が姿を現した。


「――間違いない、奴だ」

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