第10話 クラン

「私こそ、これからもよろしくね」


 握られた手に左手も添え、俺達は両手で硬い握手を交わす。


「そうだ、一緒にクランを組もうよ」

「クラン? あのトッププレイヤーたちが結成しているやつか?」

「そう、クランならそれ専用のクエストも受けれるようになるんだよ」


 それは良いことを聞いたな。

 窮地に陥った人を助けるというならば、受けれないクエストが存在するのはいただけない。


「それなら気が変わらないうちに組んでしまおうか。どこで組めるんだ?」

「冒険者ギルドだよ。確か、この街にも支部があったはず」


 生産職にとっての生産者協同組合と同じく、戦闘職の冒険者ギルドということか。

 俺は冒険者ギルドに入っていないんだが…… 行けばなんとかなるか。




 ◇◇




「次でお待ちの方、こちらにどうぞ!」


 冒険者ギルド内の銀行の窓口のような場所で順番を待っていると、思ったよりも早く俺達の順番が回ってきた。

 カウンターの向こうに座っているのは、腰まである綺麗な桃色の髪の受付嬢さんだ。


「クランを結成したくて来たんだけど」

「クランの結成ですね。それでは冒険者タグをお預かりします」


 冒険者…… タグ?

 なんのことだかさっぱりわからない。


 リエはいつの間にか革製の四角いキーホルダーのようなものを机に置いている。


「その…… 冒険者タグってのがが無いんだけど」

「えーっと、冒険者ギルドに加入した時に必ず貰えるはずなんですが」


 なるほど、俺が冒険者タグについて知らないのも納得だ。


「実は俺、冒険者ギルドに加入してないんだ。生産職だからな」

「そ、そうなんですか!? 生産職の方が結成したいというのは初めてのケースですね…… 上に確認してくるので少しお待ちください」


 そう言うと、受付嬢さんはカウンターを離れて奥の方へと行ってしまう。


「なーんか、『生産職でバリバリ戦ってるのって俺だけ?』みたいな顔してるね」


 リエが頬杖をついて、俺に向かって微笑む。


「ど、どんな顔だよ!」


 両手で自分の頬を叩いて思考をリセットする。

 ま、まぁ? ちょっとはそう思いはしたけどな。

 ほんのちょっとだぞ?


「お待たせしました。生産職の方でも、冒険者ギルドに加入すればクランを結成できるとのことです」


 『冒険者ギルド加入届』と書かれた紙が目の前に差し出される。


「加入金は銀貨一枚か、生産者協同組合と一緒だな」


 注意事項を読んでから署名欄にサインをし、銀貨一枚を添えて返す。


「ありがとうございます。では、冒険者ギルドについて軽く説明をさせていただきますね」


 俺はコクりと小さく頷く。


「私達冒険者ギルドは、日々寄せられる依頼を整理して、冒険者の皆様にクエスト情報として提供しています」


 依頼者と請負人の仲介を行うのが冒険者組合の仕事ってことだな。


「そして、こちらが冒険者タグになります」


 リエが先程取り出したものと同様の形のタグを受け取る。

 よく見てみると、中心にひし形に加工された木がはめ込まれている。


「このタグには、冒険者レベル、討伐モンスター、所属クランなどの情報が記録されています。冒険者レベルは、新人、初級、中級、上級、特上級、殿堂に区分分けされていて、それぞれ三つのクラスに分かれています」

「俺のレベルは今いくつなんだ?」

「新人でクラスがⅢですね」


 冒険者レベルのシステムは、軍隊の階級制度に似ている。

 俺の今のレベルは、いわば三等兵といったところか。


「レベルが上っていくごとに、受けられるクエストの難易度も上がるので頑張ってくださいね!」

「ありがとう。殿堂のクラスⅠを目指して頑張るよ」

「それでは、次にクランの件についてですね。この書類に記入をお願いします」


 差し出されたのは『クラン結成書』。

 クラン名、クランマスターとメンバーの名前を記入する欄がある。


「うーん、クラン名なんて何も考えてなかったな」


 指で机を一定のリズムで打ち付けて、いいアイデアが浮かんでくるのを待つ。


「とりあえず、クランマスターとメンバーのところは書けるんじゃない?」

「そうか、俺とリエしかいないもんな。どっちがクランマスターになろうか?」

「イブキくんに決まってるじゃん。だって、私を誘ってくれたのはイブキくんでしょ?」


 確かに、俺がリエを誘ったんだもんな。

 俺がクランマスターにならないと筋が通らないか。


「それじゃぁ、謹んで拝命させてもらうよ」


 メンバー記名欄の一番上、クランの全てを掌握するクランマスターの欄に俺の名前を記入する。


 さて、あとはクラン名だけか。

 Kar98kと絡めた名前をつけたいもんだが――


「そうだ!」


 来た、来た、来たぞ!


 忘れないうちに、思いついた名前を殴り書く。

 完成した結成書をリエが覗き込む。


「Gruppe?」


 聞き馴染みのない言葉を前に、リエは首を傾げる。


「グルッペと読むんだ。ドイツ語で『分隊』って意味がある」


 分隊とは軍隊編成の単位のひとつで、陸上部隊の場合は比較的小規模の約十名で構成される。

 まぁ、今のところ俺とリエの二人しかいないから、『班』を意味する『Trupp』の方が良いんだろうがな。

 将来、クランメンバーが増えることに期待してだ。


「いい響きだね。私、気に入ったよ」

「では、Gruppeのクランタグをお渡ししますね」


 渡されたタグは冒険者タグとは違い、革がひし形に型どられてた。

 中心には矩形の銅板がはめ込まれている。


「仕組みとしては冒険者タグと殆ど変わりありません。ただ、クラス分けが存在せず、区分が新参、中堅、熟練、神格となっています」


 新参が銅だと考えると、その次は銀、金と上がっていくんだろうな。

 だとしたら、神格は何がはめ込まれているのだろうか。


「Gruppeが神格になればわかることだな」


 誰にも聞こえないように小さく呟く。


「何か言った?」

「いや、なんでもないよ」


 マジか、聞こえてたのか。

 リエの鋭い感覚にはいつも驚かされるな。


「それではクランの件についてはこれで終わりです。せっかくですから、討伐クエストでも受けていきますか?」

「ああ、そうさせてもらうよ」




 ◇◇




 二日後の朝、王都に帰った俺たちは、討伐クエストのために出発する。

 補充のモーゼル弾や銃剣を作っていたので、少し日数が開いている。


「パタニカ村だっけ? この道を進んで大丈夫そう?」

「大丈夫だ。この東の街道をまっすぐ進んだら、山の中にある村らしい」


 今回依頼を受けたのは、デグラムボアというモンスターの討伐クエストだ。

 どうも難易度が高いクエストらしく、適正レベルは初級クラスⅢとなっていた。

 ただその分、報酬は良い。

 ま、あれだけゴブリンを倒せる俺たちなら、ちょっとの差くらいなんとかなるだろう。


「あー、早く撃ってみたいなー!」


 俺の隣を歩くリエが、背中の布に包まれた長物を、俺の目に入るようにわざとらしく振る。


「モンスターを見かけたら、練習がてらに撃ってみようか」


 彼女の背中にあるのは、新たに作ったKar98kだ。

 「私も銃を使いたい」と言われ、クランに加入してくれたお礼も兼ねて作った。

 弾と部品の供給ができないので、他人には銃を渡さない方針でいたが、クランメンバーくらいになら問題ないだろう。


 彼女のKar98kには『00000002』の刻印が、俺のには『00000001』刻印が彫られている。

 瓜二つな見た目でどちらが自分のかわからなくなりそうなので、汚れ具合で判断できるうちに彫っておいた。


「あ、見て! フェロラビットがいるよ!」

「えーっと…… どこだ?」


 ひたすら目をこらすが、なかなか見つけることができない。


「こっちだよ、こっち」


 彼女は頭が当たりそうなくらいまで近くに体を寄せ、指を指して位置を教えてくる。


「あー、あれか! 結構遠いな」


 距離は約百メートルってところか。

 この距離からフェロラビットを見ると、まるで点にしか見えないな。


「どうする? 撃つ? 撃っちゃう!? もう撃っちゃっても良いよね!?」


 彼女は興奮した面持ちで、手にしたKar98kの包みを取り払っている。


「よし、撃とうか。これが弾だ」

「えーっと、こう…… だっけ?」


 見よう見まねで覚えていたのか、慣れない手つきでモーゼル弾を装填する。


「よし、う、撃つよ!」


 ダアン


 俺よりも小さく軽い身体が、発射による重い反動を受け止める。


「やった! 当たった!」


 命中…… だと?

 思いがけない結果に、俺の心境は喜びよりも驚きの方が勝ってしまった。


「た、弾がどこに当たったのか確認しようか。振り返りは上達するのに大切だからな」

「うん!」


 フェロラビットが霧散してしまう前に急いで確認する。

 なんと、弾丸はフェロラビットの小さな頭を貫いていた。


「一応聞かせてもらいたいんだけど、どこを狙って撃ったんだ?」

「頭だよ。狙ったところに当たるなんて、イブキ君の作った銃は凄いね!」


 確かに、銃本体の精度が良くなければ、弾は狙い通りに飛んでいかないというのはある。

 しかし、それ以上にリエの筋が良い。

 普通、人生始めての射撃で狙ったところに当てられるか?


「よーし、次行っちゃおう!」


 彼女は次弾を装填し、次の目標に狙いを定めた。

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