第9話 救出

「妙案?」


 リエが首を傾げる。


「ああ、敵はこっちに気づいてないからな。そこを利用するんだ」


 略奪品を手にして浮かれているゴブリンに目を向け、話を続ける。


「俺がゴブリンを死なない程度に撃つ。リエは反対に回り込んで、二発目を撃ったところで突入してくれ」

「わかった、近接戦なら任せて。でも、どうして死なないように撃つの?」

「奴らは今、天国のような至福の絶頂にいるからな。そこから一気に地獄へ引きずり落としてやるのさ」

「うわぁ…… なんかゴブリンに同情しちゃいそう」


 彼女はちょっと嫌そうな顔を浮かべた。


「じ、時間が惜しいな。早速始めようか」


 リエが馬車を挟んで反対側に向かい、ハンドサインで配置についたことを知らせてくる。

 無造作に投げ捨てられた本を手にしているゴブリンに、初弾の狙いをつける。


 ダアン


 命中ヒット

 ひざ上にモーゼル弾を受けたゴブリンはガクンとひざから崩れ落ち、その痛みに叫びを伴いながらのたうち回る。


「よし、狙い通りだ」


 悲痛な叫びが恐怖を伝播させ、周りのゴブリンに混乱が広がる。


 ダアン


 もう一匹の哀れなゴブリンが倒れると同時に、リエが音を置き去りにせんばかりの勢いで飛び出す。

 俺の発した銃声に釘付けとなっていたゴブリンは、彼女の行動に気づくことはない。


「はあああっ!」


 リエが逆手に握った短剣を、一直線にゴブリンの首に突き刺す。

 彼女は勢いをそのままに短剣を抜き取り、流れるままに次のゴブリンを右から左に薙いだ。

 瞬時に短剣を順手に持ち替え、左に流れた腕を右に振って三匹目を倒す。


「――すごい、まるで芸術みたいだ」


 俺は思わず、彼女の繰り出す三連攻撃に見とれてしまった。

 っと、あともうひと押しだな。


 ダアン


 次々に仲間が倒される様を見て、戦意喪失したゴブリン達は逃げ出した。


「よし! ついてこい、ステラ!」

「うん!」


 ゴブリンの反撃に注意しつつ、積み荷が荒らされた馬車の元に駆け寄る。


「おばあちゃん! おばあちゃん!」


 壊れた車輪のそばで倒れていたゼマライを見つけて、ステラが一目散に近寄る。

 地面に横たわるゼマライのHPは、限りなくゼロに近い状態になっている。


「戻ってきたらダメじゃないか。後で追いつくって言ったのに」

「いつまで経ってもおばあちゃんが来ないんだもん!」


 祖母と孫の二人は、お互いに涙を流して抱き合う。

 ……少しの間、そっとしておいてあげよう。


「やったね! イブキくん!」


 狙うゴブリンのいなくなったリエが、俺の腕に抱きついてきた。


「おっ、おう、リエが暴れまわってくれたおかげだよ」


 なんというか、色々と柔らかい。

 俺の心臓はバクバク鳴っている。


「その…… そろそろ大丈夫か?」

「あっ、ごめんね」


 腕を解放してもらい、自由に体を動かせるようになった。

 正直もっとやって貰いたかったが、今は時間に余裕が無い。

 早いところ事を済ませなければな。


「リエ、全回復薬はあるか? ゼマライを回復したいんだけど」


 俺の質問に、彼女は視線を逸らして答える。


「実は、さっきイブキ君に渡した分が最後の全回復薬だったんだ……」


 最後の一つを俺に分けてくれていたというのか。

 なんだか申し訳ない気持ちになるな。


 しかし、そうなればすぐに連れて帰る他ならない。

 NPCにデスルーラなんて手は存在しないからな。


「ゼマライばあちゃん、馬車はもう駄目だ。追っ払ったゴブリンもいつ戻ってくるかわからない。馬車を捨ててサランドに戻ろう。そうすれば、命だけは助かる」


 俺の呼びかけに対し、ゼマライは首を横に振る。


「この馬車に積んである荷物は、私の命より大切なもの。これを置いて逃げるなんて私にはできんよ」

「そんなに大切なものって、一体なんなんだ?」


 ゼマライはおぼつかない足取りで立ち上がると、散らかされた分厚い本の一つを手に取る。


「例えばこれは、失われたと言われる古代氷結魔法の魔導書。上級者ともなれば、辺り一帯を氷漬けにすることもできる」

「それくらいなら俺が一緒に持っていくよ」


 魔導書はデカい辞書くらいの大きさなので、一冊くらいであれば手に持って逃げることも十分できそうだ。

 インベントリに収納するならば、時間的に数冊程度は持っていけるだろう。


「これだけならとうの昔に馬車なんて捨てとるよ。この馬車に積んであるのは、他に一つ無い貴重な本ばかり。私を連れてくくらいなら、本を一冊でも多く持っていってくれ」


 そうは言っても、馬車の周りに散らばっている本だけで、大きな本棚が一つ埋まりそうなくらいはある。

 まだ中に残っている分もあるとしたら、インベントリに収納するのに何時間もかかるだろう。

 助けられる気のない人間を助けるというのは骨が折れるな。


「イブキ君! ゴブリンがまた戻ってきてる!」


 周囲警戒をしていたリエが短剣を抜いている。

 ゴブリンが、もうすぐそこに来ているようだ。


「乱暴なマネはしたくなかったんだけどな…… しょうがない!」


 一向に逃げようとしないゼマライを、無理やり引っ張って背中に乗せる。


「すぐにこの場からズラかる! リエ、ゴブリンの相手は頼んだぞ!」


 ゼマライをおんぶしているので、俺の両手は塞がってKar98kを使うことができない。


「任せて! イブキ君達には指一本も触れさせないよ!」


 背中にずっしりとした重みを感じながら、俺達は一目散にサランドへと走る。


「ねぇ、私たち、どこまで走ればいいの?」


 俺の隣を一緒に走っているステラが質問を投げかけてきた。


「そう遠くはないよ。荷物はそのまま置いてきたから、ゴブリンも略奪するのに忙しくて追ってこれないはずだからな」


 しかし、ゴブリンは俺の予想を裏切り、馬車を超越して追撃してくる。


「おとなしく略奪していればいいものを! なんで追ってくるんだ!」


 疾走中の俺の肩を、誰かがトントンと叩く。


「そこらのゴブリン程度の知能で、あの本の価値を理解できると思うか? 奴らは私に本の価値を聞いて奪うものを選んでいたんだよ。そうでなきゃ、私はとっくの前に死んでいた」

「ゼマライ…… あんたは一体、何者なんだ?」


 失われたはずの古代魔法の魔導書の件といい、到底只者だとは思えない。


「王立近衛重魔道士団団長、ファウステネ・ゼマライ。まぁ、だがね」


 だ、団長!?

 その上、近衛ってことは、かなりの実力の持ち主だったのだろう。


「魔道士なら、自分で回復できないか!? ほら、回復魔法とか!」

「回復魔法か、昔の私なら何回でも使えてたんだけどね」

「昔はって、今はどうなんだ?」

「もう魔力が湧き出てこなくなったからね。ドリュアスの魔女と呼ばれた私も、老いには勝てんみたいだ」


 老いるまで歳を重ねると、体内の魔力の総量が低下するということか。

 筋力に近い仕組みを感じるな。


 いや、待てよ?

 ゼマライが言っているのは、体内の魔力の話だ。

 であれば、外部から魔力を供給すれば、回復魔法を使えるんじゃないか?


「俺が持ってる魔石を使ってくれ!」


 モーゼル弾の発射薬には合成魔石を使っている。

 残り六十発程の合成魔石を本来の用途に使えば、回復魔法くらいならなんとかなるかもしれない。


「イブキ君! ゴブリンが多すぎて何匹かそっち行っちゃった!」


 ゴブリンが道に飛び出して行く手に立ち塞がる。


「どけえええぇぇ!!」


 立ち止まらずにゴブリンを足で蹴り飛ばす。

 両手が塞がっていては、威嚇射撃もできないので仕方ない。


 しかし、そんな俺を嘲笑うかのように次々と他のゴブリンが現れる。


「――やれやれ、私を連れてでは逃してくれんか」


 そう言うと、ゼマライは俺の背中から軽々と飛び降り、右手を前に突き出した。


「な、なにを……」

「ドリュアスの魔女の最後の魔術、その目によく焼き付けておくんだよ」


 一瞬にしてその場が重い雰囲気に包まれると、ゼマライが詠唱を開始する。


「シルウァ・ダ・ミヒ・ウィレス――」


 草や花、大木に至るまで、森の全てが意思を持った生き物かのように動き出した。

 木の枝や草の葉が、のっそりとゴブリンの方へと動いていく。


「ホステス・プレメ!」


 森全体が、ただ呆然としているゴブリンに纏わりつく。

 ゴブリンたちはゆっくり着実に締め上げられ、その圧力によって身を弾け散らさせた。


「強く生きるんだよ、ステラ」


 ゼマライはそう言うと、力尽きたように地面に倒れる。


「おばあちゃん! おばあちゃん!」


 ステラが必死に揺さぶって反応を求めるが、HPバーは少しも残っていない。


「そんな…… あんまりだよ」


 ゴブリンを食い止めていたリエも、交戦していた全てのゴブリンが全滅したことで状況を理解したようだ。

 どれだけステラが呼びかけようともゼマライの反応はなく、霧散してこの世界から存在を消した。


「……ゼマライの死を無駄にしたくない。早くサランドに帰ろう」


 二人は何も発することなく、静かに頷いた。




 ◇◇




「帰ってきたな」


 ようやくサランドに到着した。

 雲は暗くどんよりとしていて、小粒の雨が風に流されて地面を濡らしている。


「今日はもう休もうか。ステラちゃんはどうするの?」

「私はお家に帰ろうかな……」


 ステラは虚ろな目でそう答え、街の中心の方へと歩いていく。


「ちょっと待て! これはステラが持っておいた方がいい」


 俺はステラに古代氷結魔法の魔導書を手渡す。

 あの時、どさくさで持ってきた唯一の本だ。

 唯一残ったゼマライの形見なのだから、俺が持っておくわけにもいかないだろう。


「あり…… がとう」


 力ない手で受け取ったステラを見送って、俺は決意を固める。


「俺はもう、親しい人を亡くして悲しむ人を見たくない。これからは、困ってる人がいたら絶対に助ける。どんなに敵が強かろうと、戦う、戦うぞ、俺は!」


 俺は独り言のように語るのを止め、リエの眼を真っ直ぐ見る。


「力が必要だ。リエ、これからも俺と一緒に戦ってくれ。今までのような成り行きじゃなく、固定のパーティーとして――」


 俺は右手を差し出し、彼女の返事を待つ。

 数秒後、俺の手は彼女の温かい手で包まれた。


「私こそ、これからもよろしくね」


 雲の空いた隙間から、一筋の光柱が俺たちに降り注いだ。

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