第3章 オステリア連邦
第20話 電動ノコギリ
「さて、やるか」
まだ空が青々としているうちに家に帰れた俺は、新しい銃を作ることにした。
翌朝にリエとモンスター討伐クエストを受ける約束をしたので、上手く行けば明日に実地テストといけるはずだ。
「設計図は…… これで良いな」
さて、今回作る銃は『Maschinengewehr 42』。
一般にMG42と呼ばれている機関銃だ。
MG42は第二次世界大戦時のドイツで開発された汎用機関銃だ。
戦後の運用状況に合わせて再設計されたMG3は、今でも現役で活躍している。
現在でもほぼ同じ形のまま第一線で運用されていることは、MG42の完成度の高さを証明しているだろう。
MG42の特徴といえば、なんといってもその圧倒的な連射力。
ひとたび引き金を引けば、一分間に一二〇〇発もの弾丸を吐き出す。
このような高い発射速度では発射音が連続して聞こえ、布を切り裂くような音から『ヒトラーの電動ノコギリ』というあだ名をつけられた。
「やっぱり、Kar98kに比べて部品点数が多いな」
MG42はプレス加工を多用したり、ローラー・ロッキング方式を採用することで、前身のMG34より構造を単純化している。
しかし、シンプルなボルトアクションライフルに比べれば、それでも複雑だ。
「だが精度は悪くない、『金属加工』のおかげだな」
部品を一通り作り終えたので、早速組み立てにかかる。
「ここが…… こうか?」
ただのパーツが組み合わさっていき、一つの部品になる。
その部品同士を組み立てると、MG42が形になった。
「よし、できた!」
うん、バレルジャケットの放熱穴から見える銃身がとてもエロい。
ゲームを買ってもらった小学生のような気持ちに任せて、完成したMG42を肩付けして構えてみる。
「うっ…… 重いな」
MG42の重量は十一・六キロもある。
Kar98kは四キロを切っていたので、三倍近い重さになっている。
こりゃ
こんなに重かったら、初弾の照準を合わせるのもままならないだろう。
大人しく二脚を展開し、もう一度構えてみる。
「これはしっくりくるな!」
MG42のストックには、トリガーを引かない方の手を添えられるような形状があり、それに手を添えると照準がずっしりと安定した。
折り畳み式のフロントサイトとV字型に入れられたノッチを重ね合わせる照準器も、シンプルで見やすくて良い。
「あとは弾を撃てるようにするだけか」
銃本体が完成しても、これだけではまだ弾を発射することはできない。
MG42は弾をベルトで給弾する必要があるので、ベルトリンクと呼ばれる金属製のパーツを作らなければならない。
ということで作ったのが、五十発メタルリンク『Gurt34』。
一本で五十発の弾を保持し、リンク同士を連結させることもできる。
ベルトリンクの末端に取り付け、装填作業を行いやすくするためのスタータータブも作った。
あとは実際にテストして、問題点が無いかを確認するだけだ。
明日に備えて、今日は早めに寝床に入ることにした。
◇◇
城門を出ると、はるか遠くの雪を被った急峻な高峰が頭を覗かせた。
王都の北側は花畑が広がる丘陵地帯になっていて、色とりどりの花がまるで絨毯のように敷き詰められている。
「すごーい、綺麗!」
リエはすっかり風に揺られる花々に目を奪われているようだ。
まあ、こんな美しい景色に目をとられるなという方が難しいか。
花畑の上には様々な種類の蝶がひらひらと舞っている。
その中に、前身真っ黒な特に目につく蝶がいた。
「あれがチクータバタフライか」
あの黒い蝶が今回受けた討伐クエストの討伐目標。
十匹倒せばクエスト達成だ。
あれだけ黒いと他の種と見分けがつきやすくて良いな。
「おー、あれだね? もうここでやっちゃう?」
彼女がKar98kを両手で持って弾を込める。
ボルトアクションライフルで複雑な軌道で飛んでいる目標に当てる気なのか?
「戦うならもっと王都から離れたところだな。ここで戦うには危険すぎる」
チクータバタフライの見た目はただの蝶だが、その中身は恐ろしいものだ。
冒険者組合の受付嬢さんによると、あのモンスターの攻撃方法は毒。
対象に昏睡効果のある毒を吹き付け、しばらくの間昏睡状態にしてしまう。
その間は、他のモンスターが襲ってきたとしてもガードすることすらできない。
毒自体に殺傷能力はないものの、それはとても恐ろしい攻撃だ。
その上、倒すと毒が飛び散るときたもんだ。
剣なんかで下手に切ると返り討ちを食らってしまうので、近接武器使いには敬遠されているらしい。
ま、MG42ならそんなの関係ないけどな。
だが、ここは人の往来が多い街道上。それも王都の近くだ。
毒を吹いたり散らしたりする危険なモンスターとの交戦は避けるのが最善だろう。
「それじゃぁもっと先に進もうよ。もうこの辺りに魔王軍はいないらしいし」
「そうしようか」
花畑の中に伸びる道を更に進んでいく。
花畑を越して森を抜け、なだらかな草原に出た。
「ねぇ、あの穴なんだろう?」
リエが進行方向右側に指をさす。
その方向を見ると、洞窟への入り口が草原の中にポコっと突き出していた。
なんというか、飛行機を隠す掩体壕みたいな形をしている。
「あれは…… 巣穴か? ここからだとよくわからないな。もっと近づいてみようか」
入り口の前に立ってわかったことは、この洞窟は俺が想定していたよりもはるかに大きいということだ。
高さが俺の身長の二倍以上はある。
「内側がローラーをかけたみたいになめらかだ。この巣穴を今でも使ってるみたいだな」
「でも、これが本当に巣穴なら、中いるのはすごい大きいモンスターだよね。本当にいるの?」
確かに、このサイズの巣穴を必要とすると考えると、巣穴の主は恐竜のような大きさの身体を持っているだろう。
そんなにでかい奴だというのに、入り口から続く足跡が一つも無いのも不思議だ。
「もしかすると鉱夫か誰かが掘った穴かもしれないな」
「かもね」
穴の入り口は丘のようになっているので、その上に登って周囲を見渡してみる。
「あっ、見て! あそこにもチクータバタフライがいるよ」
「本当か? 丁度良い。この入り口の上から撃とう」
盛り上がった頂上部分で腹ばいになって、
そしてスパイダーサイトをMG42のバレルジャケット中央部の穴に差し込み、リアサイト横に装着されている対空射撃用リアサイトを九十度起こす。
チクータバタフライ程度の速度では対空照準器は必要ないだろうが、まあ気分だ。
弾薬ベルトを装填するために、まずはT字型のコッキングハンドルを引く。
そして給弾機構を覆う上部のトップカバーを銃身側に大きく開き、スタータータブのついた弾帯の一発目をフィールドトレイの上に乗せる。
トップカバーを元の通りに閉じて、グリップ基部の安全装置を解除する。
発射準備完了だ。
視界の左から右に飛んでいくチクータバタフライに照準を定め、引き金を引く。
ズズズズズズズズズズズズアァン
大量の弾丸が雨のように襲い掛かり、一瞬にしてチクータバタフライを黒煙に変えた。
トリガーを引いていたのは一秒もなかったというのに、MG42の真下には既に数十発の空薬莢が落ちている。
そして、ダメージを被った人物がもう一人――
俺のそばで射撃を見守っていたリエだ。
「う、うるさいね、それ!」
相当にやかましい機関銃の射撃音をもろに聞いてしまった彼女は、両耳を塞いで強く俺に抗議する。
今頃、耳がキーンとしているだろう。
次のチクータバタフライを照準に入れる。
ズズズズズズズズズアァン
モーゼル弾の雨が羽を貫き、いくつもの風穴を開けて地面に叩き落とした。
その後も、視界に入った目標を片っ端から落とし続け、周囲のチクータバタフライは全滅してしまった。
「わ、私、次からは耳栓を持ってくるよ」
未だに耳がキーンととするのか、顔をしかめている彼女にそう言われる。
俺の耳も今のでだいぶやられたな。
仮想世界で難聴になるのかはわからないが、聴覚保護はしておいた方が良いだろう。
「耳栓か、クエスト達成条件の十匹は倒し―― って、なんか地面が揺れてないか?」
「ん、確かに揺れてるね。地震かな?」
小刻みな振動が身体に伝わり、その振動は徐々に大きくなっている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
逃げる時間も考える暇も与えられず、音の主が近づいてくる。
「く、来るぞ!」
足元の地中へと続く穴から、それはもうデカいモンスターが飛んで出てきた。
飛び出てではない、飛んで出てきたのだ。
そいつは対になった大きな翼を羽ばたかせ、俺たちに向かって殺意の籠もった眼光を飛ばしてくる。
奴の体全体は宝石のようにきらめく鱗に覆われ、口には人間なんて一噛みでバラバラにしてしまいそうな牙が剥き出しになっている。
「なんだこいつは……っ!」
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