第21話 対ドラゴン

「ゴオォオォォォォォッォオッ!!」


 奴は大きな口を開け、MG42の発射音よりもうるさい咆哮で俺たちを威嚇してくる。


「なんなんだこいつ! こいつもチクータバタフライなのか!?」

「そんなわけないでしょ! 普通のドラゴンだよ!」


 ドラゴンに普通もなにもあるんだろうか。

 ふとそんな疑問が浮かんだが、そんなこと考えている場合ではない!


「ドラゴンの倒し方を知ってるか!? 教えてくれ!」

「知らないよ! 今まで目撃情報すら無いんだよ!?」

「ということは、俺たちが初めてドラゴンと戦う冒険者ってことか! もうやるしかない!」


 ズズズズズズズズズアァン


 空中で羽ばたくドラゴンに向かってMG42の掃射を浴びせる。

 しかし、弾丸は硬く複雑な形状の鱗に当たるなり、チュンチュンと小さい火花を散らして弾き返されるだけだった。


「効果なしかクソったれめ! どうしてドラゴンなんて出てきやがったんだ!?」

「ドラゴンが寝てたところを私たちが起こしちゃったんだよ! その鉄砲がうるさすぎて!」


 まさか、俺が眠れるドラゴンを起こしてしまったというのか――?

 嘘であってくれと願いたいが、ドラゴンは俺の眼前に姿を現してしまっている。


「こいつを叩き起こした俺の責任だな」


 そうとなれば、その責任を取ってこいつを地面に叩き落さなければならない。


 しかし、どうすればこいつを倒せるんだ……?


 更に弾丸を叩き込むか?

 いや、そんなことをしてもさっきと同じようにただ弾き返されるだけだろう。


 ……被害の拡大を少しでも食い止める。

 俺に今できることはそれだけか。


「リエ、走れ! 組合にドラゴン発見の報告をするんだ!」


 リエのマスタースキルは『俊足』。

 俺よりも圧倒的に早く王都にたどり着けるし、リエになら伝令も任せられる。


「そうは言っても! あのドラゴン相手に一人で戦う気なの!?」

「あいつを叩き起こした責任を取る! 一分、一秒でも長くここで食い止める!」


 このままこいつが王都にでも飛んで行ったらまずいことになる。

 そうなる前に、冒険者組合に報告してもらって防衛体制を整えさせなければ。


「んん――っ、わかった! 絶対に応援を連れてくるから!」


 彼女は『俊足』を発動させて、一瞬のうちに王都へ向けて駆けていった。

 いくら足が速いといえども、王都に辿り着くまでには多少時間がかかるだろう。

 その姿を見たドラゴンが、身を捻ってリエを追いかけようとする。


「お前の相手はこっちだ!」


 ズズズズズズズズズズズズズアァン


 ドラゴンの未来位置に弾をばらまく。


 こんな時のための対空照準器だ。

 スパイダーサイトの蜘蛛の巣部分にリアサイトを重ね合わせることで、高速で移動する目標の未来位置に撃つことができる。

 正直勘に頼るところが大きいけどな。


 だが、進路上を塞ぐようにしてバラまいたことで何発かが命中する。

 ドラゴンは俺の方に引き返してきた。


「ま、こっちに来させたところで攻撃が通らないんだけどな」


 あいつに有効打を与えるには、Flak30 2cm対空機関砲でも必要なんじゃないか?

 だが、この場でそんな物を作る余裕は無いし、そもあれは四人で運用するものだ。


 ズズズズズズズズズズズアァン


 悪あがきでも良いと引き金を引くが、五十発の弾帯を端まで使い切ってしまったみたいだ。

 トップカバーを開いて再装填を行う。


 バサッ バサッ バサッ バサッ バサッ バサッ


 なんだ? 急に羽ばたく音が大きくなって……

 ドラゴンが飛んでいる方を見ると、奴は翼を大きく振って空高く上昇していた。


「何をする気だ……?」


 奴は直上近くから逆落としになって急降下してくる。


「ガアァアァァァアアッァアッ!!」


 大きく開けられたドラゴンの口の中には、真っ赤な火球が咥えられている。


 ゴオォォォォォオオツツッッ


 ドラゴンから噴き出された火球によって、俺は灼熱の炎に包まれた。


「クソ、やられた!」


 満タンだったHPは、今の攻撃によって半分以下に減ってしまった。

 あと一発でも貰えば即死亡デッド

 もう後がないな。


 しかし、幸いなことに弾薬の誘爆コックオフは免れたようだ。

 火炎にさらされていた時間が短かったおかげか。


 奴が離脱して周回飛行オービットをしている間に、装填作業を進める。


 ジャキリ


「装填完了、目に物見せてやる」


 半分以上のHPを失ったのは痛かったが、一つの光明が俺に差した。

 真っすぐ突っ込んできてくれたおかげで、無敵かと思ってしまいそうなドラゴンに弱点を見つけたのだ。


 その弱点とは、不気味な羽音を立てている翼の付け根部分。

 頭部や胴体、翼の本体部分は大きな鱗で覆われているが、付け根部分は柔らかそうな質感の細かい鱗しかない。

 翼の付け根は大きく可動する必要があるので、硬い鱗で覆うわけにはいかないのだろう。


 しかし……


「弱点がわかっても狙えないんじゃ意味がないな」


 ドラゴンは、先程から俺を中心に周回飛行オービットを続けている。

 射線に対して垂直に飛ばれているので、あいつに当てるには見越し量を多く取らなければならない。

 弱点はおろか、ドラゴンの体に当てられるかどうかすら怪しいな。


「見越しを取らなくても良いタイミングが一瞬でもあったら当てられるんだが……」


 そんな機会が訪れるのはそうそうない。

 それこそ、攻撃侵入する時ぐらいしか……


「いや、そこを狙えば良いんだ」


 さっき火球の攻撃を受けた時、奴は曲がることなく一直線に俺に突っ込んできていた。

 その瞬間であれば、あの弱点に狙いを集中することができる。


 ただ、それでドラゴンを倒せる保証は無いけどな。

 もう賭けに出るしかない。




 ◇◇




 互いに手を出さないまま、何分が経過したのだろうか。

 ドラゴンはずっと周回飛行をしたままだ。


 さっきの火球はかなりの魔力を消費する攻撃なのかもしれない。


「このクールタイムの間に回復薬を飲めるか?」


 いや、やめておこう。

 あいつの攻撃手段がブレスだけだとは限らない。

 ここは一瞬の隙も見せては駄目だ。


「ゴオォォォォッォオッ!」


 いつまで経っても攻撃しない俺に業を煮やしたのか、奴は咆哮を浴びせてきた。


「来やがれこのドラゴン! 地獄に引きずり込んでやるよ!」


 ドラゴンは一瞬上昇して緩降下で攻撃態勢に入る。

 軸線が真っすぐ俺を貫き、口の中には俺に最終の決を与えようする火球が、攻撃の時をいまかいまかと待っている。


「偏差不要! 目標ドラゴンの左翼付け根! フォイアーッFeuer!」


 ズズズズズズズズズズズズズズ


 多少銃身が加熱しようが構わない。

 それよりも、一発でも多くの弾丸をドラゴンの翼付け根に叩き込むことに全神経を集中させる。


 ズズズズズズズズズズズ


「落ちろおおおおぉぉぉ!!」


 奴の咥えている火球がどんどん大きくなっていく。

 まもなく攻撃が放たれることを五感で感じ取った。


 ズズズズズズズズズズズズズ


「ゴワアァッァアッ!!」


 MG42の金切り音をかき消すような叫び声と共に、攻撃態勢に入っていたドラゴンが左に傾いた。

 どうやら、翼の付け根に対する攻撃は効果があったみたいだ。


 ドラゴンは更に左に傾いて錐揉みに陥る。

 しかし、口の中の火球はいまだその勢いを衰えさせていない。


「こいつ! 体当たりしてでも俺を殺す気か!」


 ゴオォォォォォオオッ!


 ついにドラゴンの口から火球が放たれる。

 しかし、錐揉みに陥って軸線のぶれている状態での射撃は、目標ターゲットの俺に当たることは無かった。


 ドシャャャァァァッァアアツアアァァァッ


 制御を失ったドラゴンは地面に激突した。

 相当な勢いで墜落したので、体はぴくりとも動いていない。

 念のためにMG42を指向して警戒する。


 しばらくすると、亡骸は霧となって消えた。


「やった…… みたいだな」


 えぐられた地面の深さが、墜落の衝撃の大きさを物語っている。


「いったいどんな速度で落ちたんだ?」


 一〇〇キロ―― いや、二〇〇キロはあるか?

 いずれにしても、凄まじいスピードだったのは間違いない。


 回復薬を取り出しがてら、どんな戦利品を手に入れたのか確認してみる。


 すると、二種類のアイテムを手に入れていた。

 一つは『フレンマドラゴンの鱗』で、その数数百枚。

 もう一つが『フレンマドラゴンの瞳』で、これは一個しかなかった。


「こいつはフレンマドラゴンって名前だったんだな」


 瞳が一つしかないってことは、もう片方は落下の衝撃で潰れてしまったのか。


 身体を草原の上に投げ出して大の字に寝そべる。

 大地の上を風が流れ、熱くなった銃身と俺の肉体を冷やす。


「――ぃ、ぉーぃ、おーい」


 遠くからソプラノボイスの声が聞こえてきた。

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