第39話 Flammenwerfer

 後方を警戒しながら、後ろ足で階段を降りる。


「さすがに追ってはこないか」


 宝箱に足がついてなくて助かった。

 あんなのに追いかけられたら、敵いっこない。


 しかし、まさか銃弾も手榴弾も効かないとは。

 いったいどうすれば、あの宝箱を倒すことができるんだ?


「火炎放射器でもあれば違うんだろうけどな……」


 俺のボソっと吐いた呟きに、セレンが反応した。


「火炎放射器ってなに?」

「炎を撃って攻撃する武器だ。例えるならそうだな…… ドラゴンのブレスみたいな感じだ」


 質問に答えると、セレンは目を輝かせた。


「すごい! どんな仕組みなの?」

「ガソリンとタールを混合した燃料を噴射して、それに火をつけるんだ。ま、本体を作っても燃料が無いから撃てないんだけどな。……いや、待てよ?」


 燃料なら用意できるかもしれない。

 魔液がガソリンの代用になりそうだ。


 思い立ったが吉日、さっそく火炎放射器本体の製作にかかる。


 これから作るのは、『FlammenwerferFmW 35』。

 一九三〇年にドイツで開発された携帯型火炎放射器だ。

 携帯型といっても、重量は満載で三五・八キロもある。


 より軽量な後継のFmW40やFmW41がある中で、FmW35を選んだのには理由がある。


 搭載燃料量の違いだ。

 FmW35は一一・八リットルの燃料を搭載できる。

 しかし、FmW40ではたったの四・五リットル、FmW41は七・五リットルしか燃料を積めない。


 機動力を犠牲にしてでも、攻撃力が欲しいという考えだ。


「よし、完成!」


 さっそく背中に装備してみる。

 空荷とはいえ、かなりずっしりときた。


 うん、これは俺が運用することにしよう。

 こんなバカ重たい武器を、三人に背負わせるわけにはいかないからな。


 FmW35を地面に降ろして、インベントリから魔液入りのジェリ缶を取り出す。

 タンクに燃料の魔液を入れようとすると、問題を発見した。


「サラサラしすぎてるな……」


 火炎放射器の燃料には、ドロドロとした可燃性液体が使われている。

 そうでないと、有効な打撃が与えられなかったり、射程距離が短くなったりして自身に危険が及ぶからだ。


「ドロドロさせたいの? だったら、変質魔法を使えばいい」


 セレンが俺の顔を覗き込んで言った。


「変質魔法? なんだそれ?」

「魔液の性質を変えられる魔法。ドロドロにしたりサラサラにしたり、燃えにくくしたりもできる」

「おお、そりゃいいな。試しにこれでやってみてくれないか?」


 俺はセレンに空き瓶に入った魔液を渡す。

 セレンは瓶を受け取ると、呪文を唱え始めた。


「ランス・ダ・マニック・ムデラ」


 瓶の中の魔液が白い光に包まれる。

 なんと神秘的な光景だろうか。


「はい、できた。これでどう?」


 渡された魔液の手触りを確かめてみる。


 よし、しっかりとゲル状になってる。

 例えるとするなら、中華料理の餡のような感じだ。


「ありがとう、これなら使えるよ」

「ふふ、どういたしまして」


 セレンは嬉しそうに微かに微笑んだ。


 火炎放射器の準備を整え、俺たちは再度五層に挑むことにした。




 ◇◇




「いよいよだな、準備はいいか?」


 五層に出る直前で、最終確認をする。

 三人はこくりと頷いた。


「よし、行くぞ!」


 ダアン ダアン  ダアン

 ダアン  ダアン  ダアン


 リエとセレンが宝箱に牽制射撃を開始して、薄い弾幕を張る。

 その間に、アキレスが右手に回り込む。

 そのまま滑り込むように地面に伏せ、迅速に二脚バイポッドを展開した。


 ズズズズズズズアァン ズズズズズズズズアァン


 三人の射撃が十字に交差する。

 十字砲火クロスファイアというやつだ。

 ひとたび標的になれば、二方向からの攻撃に対処しなければならないので大変だ。


 この戦法は上手く作用した。

 宝箱の触手は一本も俺たちを攻撃することなく、全て防御に回った。


 俺は宝箱に接近して、火炎放射器のノズルを向ける。


 ボオオオオオオオオオオオ


 メラメラと燃えたぎる炎が、宝箱に襲いかかる。

 炎は宝箱にまとわりつき、急速にHPを減らしていく。


 触手は慌てて炎を消そうとするが、そうはいかない。


 火炎放射器によって放たれた炎はなかなか消えない。

 放たれているのは、単なる炎ではない。

 燃えている液体だ。


 炎は触手にも燃え移り、自慢の触手を派手に燃やした。

 ミイラ取りがなんとやら、だな。


 オオオオオオオオアッ


 タンクの燃料を使い果たす頃には、宝箱と触手はすっかり消し炭になっていた。


「いよっし、倒したぞ!」

「やったね、イブキくん!」


 喜びを爆発させる俺に、リエが抱きついた。


「すばらしい武器だな! 今度、私にも使わせてくれ!」


 アキレスは興味深そうに背中のFmW35を見ている。

 火力信奉者のアキレスには、確かにピッタリの武器かもしれないな。


 すると、セレンが頬をつついてきた。


「イブキなら出来るって信じてた。この後はどうするの? 大神官の間に戻る?」

「いや、いけるところまで行ってみよう。どうせなら、十層まで突破して、大神官様をあっと言わせてやろうじゃなか」




 ◇◇




 あれから俺たちは、難なく九層まで踏破した。

 六層から九層までは、一層から四層までと同じような雰囲気だった。

 何度も折れ曲がった通路があり、左右の部屋に木でできたモンスターが待ち構えているといった具合だ。


 モンスターは四層までのより強そうだったが、火力にものを言わせて制圧しまくってので、よくわからない。

 なので、特にここまで苦労もしなかった。

 むしろ、制圧が作業のようになってしまって、退屈に感じてしまったくらいだ。


 そして十層に足を踏み入れた俺たちだが、問題が発生した。


「モンスターが…… いない?」


 十層のどこを見渡しても、モンスターらしき姿が見えない。

 もちろん、宝箱も設置されていない。


「いや、油断するな。五層の二の舞はもうごめんだ」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 重たい物が擦れ合う、重厚な音が十層に行き渡る。


「い、イブキ! 入り口が塞がっているぞ!」


 アキレスが警鐘を鳴らす。


「なんだって!?」


 俺は急いで駆け寄るが、時すでに遅しだった。

 俺たちの入ってきた入り口は、ピッタリと閉じてしまった。


 ズウウウウウウゥゥゥゥゥゥン


 突然、床が震えた。

 層の中央から煙が立ち上がる。


 煙が晴れると、そこにはゴーレムがいた。

 顔に四つの眼がついていて、身長は俺の二倍以上ありそうだ。

 肩には黒いオーラの漂う大斧が担がれている。


「こいつがラスボスか…… ずいぶんと派手なお出ましじゃないか」


 ゴーレムの四つの眼が、全て俺に向いた。

 奴が大斧を大きく振りかぶる。


「まずい、何か来るッ!」


 咄嗟に俺は横に避ける。

 しかし、FmW35が重すぎて、思うように動くことができない。


 そんなのお構いなしに、ゴーレムが大斧をぶん投げる。


 スッ   ガアアアァァアアン


 俺の直ぐそばを、斧がとてつもないスピードで通り過ぎた。

 大斧は壁に深く突き刺さっている。


 あんなをまともに食らってしまっては、ただでは済まないだろう。


「くそ、やられてたまるか!」


 俺はゴーレムにノズルを向けて、トリガーを引く。


 ボオオオオオオオオアッ


 轟々と燃える炎がゴーレムに襲いかかる。

 継続してHPが減少するが、奴はそんなのお構いなしに斧を引き抜いた。


「次の攻撃が来るぞ! 視線を合わされたら絶対に回避行動を取れ! って、なんだ……?」


 ズオオオオオォォン


 ゴーレムのHPが尽きて、黒焦げになって床に倒れた。

 思わずあっさりと倒せてしまったので、拍子抜けしてしまう。


「い、意外とあっさり倒せちゃったね」


 リエも同じ感想らしい。


 そもそも、俺以外は一発も弾を撃ってないもんな。

 見てるだけで戦いが終わってしまったのだから、そう思うのも当然だろう。


「やっぱり戦いは火力だ! 大抵のことは火力でなんとかできる!」


 アキレスはすっかり火力バーサーカーだな。

 もはや、こっちが通常運転じゃないか?


「やっぱりイブキはすごい! 誰もやったことがない完全攻略をするなんて!」

「そ、そうか? 武器の相性がたまたま良かっただけのような気もするけど」

「でも、攻略したことには変わりない。早く兄様に報告しよう」

「そうだな、大神官様に報告しにいくか」


 俺たちはいつの間にか開いていた入り口から、来た道を戻って大神官の間向かった。

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