第13話 王都会戦①

 窓から太陽の陽が差し込み、朝を迎えたことを知る。


「何か情報は見つかったか?」

「うーん…… ネロっていうプロゲーマーが冒険者をまとめていることしかわからないよ」

「だろうな、俺もほぼ同じだ」


 朝早いこんな時間だからか、掲示板に書き込みが殆どない。

 昼間は皆動き回っているからか、夜間は疲れ果ててぐっすり寝ているのだろう。


「どのような状況にせよ、王都に帰った方が良さそうだな。魔王軍は西側から来ているみたいだし」

「それなら今すぐにでも出発しようよ。午前中には王都につけるんじゃないかな?」

「よし、そうしよう」


 方針が決まれば後は早い。

 部屋に置いてあった荷物を持ってガルポの家を出る。


「もう行くのか?」


 玄関の扉に手をかけた時、後ろからガルポに声をかけられた。


「王都に魔王軍が迫っているんだ。早く戻らないと」

「これはお前さんにやる。どこかで役に立つはずだ」


 手渡されたのは、手のひらに乗るサイズの黒い箱だ。


「これはなんだ?」

「魔石を入れたら一定時間後に爆発する箱だ。貰いもんだが、儂が持ってても腐らせるだけだしな」


 イメージ的には爆弾…… いや、手榴弾に近い感じか?

 使い所を誤らなければ有効な手段となりそうだ。

 その時が来るまでインベントリに収納しておこう。


「ありがとう。またパタニカ村に来た時は顔を見に来るよ」


 行きはのんびりと歩いた道を駆け抜けて、王都への帰路を急ぐ。

 王都に着いたら、ギルドにクエスト完了の報告や、備蓄弾薬の回収を手分けして行う。


 城郭の中はどこも非日常といった様相を呈していて、誰しもが忙しなく走り回っていた。


「ようやく戦いに参加できるな。リエ、魔王軍の情報はどうだった?」


 彼女には冒険者組合への報告を頼んでいて、ついでに魔王軍の情報を聞いてもらった。

 冒険者組合が持つ情報なら信頼できる。

 そう考えてのことだ。


「通知と一緒で魔王軍は西から来てるみたい。話だと、もう城壁から見えるところまで来てるって」

「よし、それだけわかれば十分だ。ありがとう」


 西の城門をくぐり、王都西側の大地へと足を踏み入れる。


「なんだよ、これ……」


 俺たちは目に飛び込んできた光景に絶句した。

 その光景は、王都南側と同じような草原と、その上に広がる緑の海。

 全てがゴブリンによって満たされた海だ。


 魔王軍は、ゴブリンの集団を三つに分けて横隊を形成。

 横隊はまるで一つの生物かのようにうねり、王都に向かって歩みを進めている。


「なにあれ…… いくらなんでも多すぎない!?」

「概算で十万はいそうだな……」


 一匹一匹数えていたら、一生かかっても数え切れないだろう。


 まさか、こんなに大規模な軍勢で攻めてくるとは思わなかった。

 俺が予想していたよりも十倍は多い。

 まさにだな。


「見て! あれ!」


 彼女が指を指した方を見ると、勇猛果敢な冒険者が魔王軍に真っ向から突撃していた。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 最前列のゴブリンを薙ぎ倒し、さらに次のゴブリンをも切り裂いていく。

 なかなかに腕の立つプレイヤーのようだ。


 しかし、一匹を倒せば次は十匹、十匹を倒せば次は百匹と、攻撃してくるゴブリンは指数関数的に増加する。

 最初は勢いのあった冒険者も数に押され、次第に後退を余儀なくされた。


「ぼーっと見ている暇はなさそうだね」

「そうだな、早いところ射撃位置につこう」


 迫り来る魔王軍を迎え撃つために、腰を据えて撃つのに適した場所を探す。


 魔王軍の横隊は、右翼、中央、左翼集団で構成されている。

 そのうち右翼と中央には冒険者による防衛ラインが築かれているが、左翼には殆ど誰もいなかった。


「あっちなら味方撃ちフレンドリーファイアを気にせず撃ちまくれそうだな」


 小高い丘に登り、両手の弾薬箱を地面に下ろす。

 十キロ近い重量から解放された手には、持ち手の形にくっきりと跡がついていた。


「弾は備蓄していた分を含めてこれで全部だ。この箱は一人に一つ分配しよう」


 弾薬箱の蓋を開けると、中に積まれたモーゼル弾が姿を見せた。


「すごいね、よくこんな量を作れたね」


 一つの箱には、計三百発のモーゼル弾がクリップ付きで収納されている。


「暇を見つけてはせっせと作ってたんだ。遠慮なく使ってくれよ! ここが一番の使いどころだからな!」

「そうこなくっちゃ!」


 俺たちは丘の上に腹這いの姿勢をとる。


「目標、魔王軍横隊左翼。距離七〇〇。準備が出来次第、各個に撃て!」


 ダアン


 リエから打ち出された弾丸は、なだらかな山なりの弾道を描いてゴブリンの元へと飛翔していく。

 金属で覆われた弾丸は、脆いゴブリンの肉体に貫入し、内部の臓器や筋肉に損傷を与えて反対側から飛び出す。

 弾丸の勢いは未だ衰えず、すぐ後ろに並んでいたゴブリンに侵入を開始し、更なる被害を与える。


「二、三匹まとめてやったみたいだな。俺も負けてられないな!」


 照準距離ゼロインを七〇〇に変更し、横隊を照準のど真ん中に入れる。


 ダアン


 俺の放った弾丸もゴブリンを次々に貫く。

 あそこまで固まっていたら、多少狙いが悪くても関係ないな。


「撃てば当たる! どんどん撃って撃って撃ちまくれ!」

「言われなくても!」


 ダアン ダアン タァダアン ダアン


 照準、射撃、排莢、装填のサイクルを素早く行い、Kar98k二丁の弾幕によってゴブリンを圧倒する。

 それはあまりにも一方的で、戦いと呼ぶには程遠いものだった。


「わぁあああああああっ!」


 さしものゴブリンも、ただ一方的にやられる恐怖に耐えきれなかったらしい。

 先頭に立っていた数十匹が隊列を離れ、まだ五百メートル以上は距離が離れている俺たちに向かって全力疾走してくる。


「ゴブリンが約三十匹、真っ直ぐこっちに突っ込んでくるな」

「了解、私はどうしたら良い?」


 全力疾走した時の速さが人間と同じと仮定して…… 猶予は五十秒間か。

 一人での対処は厳しいな。


「俺が左の方をやるから、リエは右を頼む!」


 丸い盾を前面に出し、片手剣を上に掲げて向かってくるゴブリンに狙いをつける。


 ダアン


 通常攻撃に対しては効果を発揮するのであろう盾を、モーゼル弾はお構いなしに貫いて持ち主を殺傷する。


 リエも飛び出したゴブリンへの対処に切り替えたようで、発砲音が一つするたびに草原に転がる死体が一つ、また一つと増えていく。


 死体によってレッドカーペットが敷かれる頃には、突出した全てのゴブリンは壊走して、横隊へと合流した。


「よし、敵の反撃は挫いた。あとはあの横隊をめった撃ちにすれは……!」


 ヒュン


 突如、軽い音と共に、小さい閃光が頭の上を飛翔していった。


 プスッ


 数秒後、また飛んできた閃光が、丘の麓に土煙を立てる。

 まさか、こいつは――


「頭を下げろ! 敵の反撃だ!」


 何者かは不明だが、まるで銃弾のような攻撃に晒されている。


 ヒュン


「この攻撃は一体何だ?」

「魔法を使う魔導ゴブリンってモンスターがいるらしいから、もしかしたらそれかも!」


 ゴブリン版の魔導師ってことか……?

 もっと、もっと相手についての情報が欲しいな。


 頭をそーっと出して、敵の様子を少しでも把握できないかと試みる。


 ヒュン


 横隊を視線に入れるなり、頭の上を閃光がかすめていった。

 ダメだな、完全に制圧サプレッションを受けている。


「魔導ゴブリンの遠距離攻撃か、厄介だな」

「攻撃してくる位置は掴めた?」

「横隊の向こう側にいるということぐらいしかわからない。位置を把握しようとして頭を出すと……」


 プスッ


「このとおり、すぐに閃光弾が飛んでくるって訳だ」


 ただ、いつまでもこうして伏せているわけにはいかない。

 魔王軍はこの間にも王都に向かって前進しているのだ。

 さっさとあの閃光をどうにかして、魔王軍の本隊を叩かないと手遅れになる。


「リエ、敵はかなり遠いけど撃ち抜けそうか?」

「十秒…… いや、五秒ゆっくり狙う時間があればできると思う」

「よし頼んだ。俺は一気に飛び出して閃光攻撃を引きつける。その隙に、閃光の出所を見つけて撃ってくれ」


 最小限の装備だけを持ち、リエの準備完了を待つ。

 再装填を終わらせた彼女が、俺に向かって頷いた。


「三、二、一、行くぞっ!」


 地面を強く蹴り出して、全力で丘を駆け降りる。


 ヒュン


 プスッ


 予想通り、俺に向かって閃光を撃ってきたな。

 発射間隔はおよそ三秒。

 Kar98kの連射とさほど違いはない。


 ダアン ダアン


 リエが対抗射撃を開始した。


 閃光による攻撃は途絶えたな。

 リエが沈黙させたか?


 射撃位置に戻るために丘に登る。

 敵の反撃を退けたというのに、意外にも彼女の表情は明るくなかった。


「どうかしたか?」

「たぶんやれてないと思う。倒した手応えがなかった」


 相手もこちらの制圧を受けて攻撃を断念したということか。

 これだけ距離が離れていると、お互い決定打に欠けるな。


「大丈夫、目的はちゃんと達成している。しばらくは、奴も閃光を撃ってこれないはすだ」

「そうだね、早く魔王軍を撃たなくっちゃ!」


 俺たちは再び射撃位置につき、横隊へと照準を合わせる。


「ボルトアクションか、良い武器じゃないか」


 突然、背後から渋い声の男に声をかけられた。


「誰だ!」


 寝返りをうつように仰向けになって、男に銃口を向ける。


「落ち着け、怪しいものじゃあない」


 その男は両手を前に出して、俺に落ち着くよう促した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る