第12話 デグラムボア

 間違いない。

 奴がデグラムボアだ。


 安全装置を解除してトリガーに指をかける。

 しかし、それを引くことはできなかった。


「ダメだ、暗すぎてなにも見えない」


 屋根を少し降りて、二階の小窓を叩く。

 リエにデグラムボアが出たことを知らせる為だ。


「ん――っ、どうしたの?」


 ベッドから起きた彼女は、眠そうに目を擦りながら窓を開けた。


「デグラムボアが出た。俺は下に降りるから、リエは屋根から援護を頼む」

「ッ――わかった! すぐ準備する!」


 俺は屋根を滑って地面に飛び降りる。

 痛覚を遮断するセンサリー・ブロッカーあっての動きだ。


「ウギィィィィィィ!」


 明らかに人間のものでない鳴き声が、着地の衝撃を消さんばかりの音量で耳に入る。


「あいつ、この暗闇の中で俺が見えているのか?」


 ドッドッドッドッドッド


 考える暇も与えられずに、重量感のある足音が俺に迫ってきた。


「まずい、これは――ッ!」


 全身に悪寒が走り、咄嗟に音のする方とは垂直方向に飛ぶ。


 ズドドドドドドドドド


 直後、さっきまで俺が立っていた位置を、暴走列車のような巨体が通り過ぎた。


「突進攻撃か…… 厄介だな」


 突進攻撃を回避しつつ攻撃するためには、ある程度離れた距離で発砲し、その後は回避に専念する必要がある。


 しかし、この闇夜では、そんな立ち回りは不可能だ。

 俺がデグラムボアを捉える頃には、回避不能な距離まで接近されている。


 走り去った方向に銃を向け、次の出方を伺う。


「準備完了、いつでも撃てるよ!」


 リエが準備を終えて屋根の上に出たようだ。


「暗くてなかなか狙えないとは思うが、頼んだぞ!」


 さあ、いつでも来い。

 当てれはしなくても、一発ぐらいは撃ってやる。


 ドッドッドッ


 デグラムボアの出す足音に耳を研ぎ澄ませる。

 視覚が頼りにならない以上、聴覚に頼って位置を把握するしかない。


 スドドドドドドドド


 足音の鳴り方が変わった。

 音量自体も大きくなっている。

 来たな。


「喰らえ!」


 ダアン


 攻撃を回避する時間を確保するために、奴はまだ見えていないが、足音のする方向に弾を発射した。

 どうだ? 当たったか?


 ドドドドドドドド


「やっぱり適当に撃っても当たらないか!」


 足音が至近まで迫ってきたので、先程のように飛んで攻撃を避ける。


「ピギィィィィ!」


 通り過ぎたデグラムボアが、突然、甲高い叫び声を上げた。


「夜中なのにやけに騒がしいと思ったら…… こいつが来とったか」

「ガルポ!?」


 ガルポはデグラムボアにとりつき、剣鉈を奴の尻付近に深く刺し込んでいる。


「こんな暗闇では飛び道具は役に立たんぞ。何でもいいからナイフを装備しなさい」


 そうだ、銃剣。

 サランド再打通の時の経験から、銃剣を作っておいたんだった。


 腰のベルトに止められた鞘から銃剣を抜き、Kar98k本体に設けられた溝に差し込んでロックを掛ける。

 よし、ぐらつきはないな。


「ウギァァァァ!」


 剣蛇を突き刺された巨体が暴れまわる。

 ガルポは剣蛇を持っていかれないように抜いた。


 傷を負ったデグラムボアは、一旦距離をとるために離脱しようとする。


 ダアン


 うっすらと見えた影を撃ったが、やはり命中することはなかった。

 太陽が出るまではどうにもならないか。

 こうして避け続けるのにも限界があるな。


「間違いなくこっちが不利だ。朝になるまで一旦待とう!」


 しかし、俺の呼びかけにガルポは一切足を動かすことはなかった。


「儂はな、この時を待ってたんだ」

「待ってたもなにも、こんな暗闇ではろくに戦えないぞ!」

「こいつは娘たちの仇―― 今日は絶対に逃さん!」


 仇だと……?

 『娘たちの』という言葉が気になるが、詳細を聞いている余裕はない。

 ここでガルポに死なれるわけにはいかんな。


「デグラムボアを倒す策はあるか!?」

「奴もそう夜目が利くわけじゃない。近づいて戦えば勝機はある」


 そうガルポは軽々と言うが、俺には近接戦闘なんて間違いなく無理だ。

 銃剣で突き刺そうとして、あのでかい角に串刺しにされるのが関の山だろう。


 クソ、俺に近接戦闘能力があれば……


 いや、いる。

 いるじゃないか。

 俊足で相手を翻弄し、身体中を切り裂く短剣使いが。


「リエ! 奴が見えるか!?」

「何も見えないよ! どうかした?」

「この暗闇だと近接戦闘でしか奴は倒せない。短剣を使ってガルポに加勢してくれ!」


 だが、適正レベルは三つも離れている。

 リエといえども相当の苦戦を強いられるだろう。


「イブキ君、ちょっといい?」

「なんだ? 手短に頼む」


 彼女は屋根から降りないまま、話を続ける。


「さっき一発撃った時の炎で、一瞬だけデグラムボアの姿が見えたの」

「マズルフラッシュ……! まさかその明かりで撃つのか!?」

「さっきは炎から遠くてよく見えなかったけど、近くで撃ってくれれば絶対に当てる!」


 マズルフラッシュとは、弾丸が銃口から放出された際に生じる炎のことだ。

 炎が周囲を照らすのはほんの一瞬だが、それに賭ける価値はありそうだ。


「俺が奴をギリギリまで引き付けてから発砲する。頼んだぞ!」


 装填確認よし、いつでもやれる。


 ……ドッドッ ドッ ――ドド ドドド


 来た。

 奴の足音が近づいてくる。


 ドドド ドドドドドド


 一〇〇……

 まだだ、まだ引き付けるんだ。


 ドドドドドドドド


 四〇


 三〇


 二〇


 一〇


「今ッ!」


 ダアン


 俺はその時、初めてくっきりとしたデグラムボアの面を拝んだ。

 奴が体当たりせんと突っ込んでくる光景が、まるでスローモーションのように流れる。


 ダアン


 ドッサァァァァァ


 悲鳴もなしに、奴はそのままの勢いで地面に倒れ込んだ。

 地面に倒れ込んだ俺は、すんでのところで巨体を避けることに成功した。


「ピギィ、ピギッ」


 バイタルを貫かれたデグラムボアは力なく鳴く。


「ガルポ、とどめを刺してくれ」


 ガルポは剣鉈をデグラムボアの心臓へと深く突き刺す。

 最期に体を痙攣させて、奴は息絶えた。


「ありがとう…… これで天国の娘夫婦に顔向けできる」


 爺さんは皺の深い目尻に滲ませるように涙を流した。

 この光景を見れば、俺でも聞かなくたって理解できる。


 ガルポと娘夫婦はあの二階建ての家に住んでいたのだろう。

 そして、このデグラムボアに娘夫婦が殺され、ガルポはその仇を取ると誓ったんだ。


 死んだ命はもう戻ってこないが、復讐ができただけでもガルポにとっての救いとなっただろう。


「やった! 当たったよ!」


 デグラムボアに有効打を与えたリエが俺に飛んで抱きついてきた。


「よく当てれたな。一瞬しか見えなかったし動いてただろう?」

「イブキ君がすごい近くで撃ってくれたからね! あの光景が目に焼き付いて今でも思い出せるよ」


 テロン


「あれ? また通知だ」

?」

「うん、昨日の夕方にも来てたんだよね」


 ユーティリティ・ウィンドウを開いて通知を確認すると、確かに二通の通知を受け取っていた。




 ▽▼▽▼▽


 王都会戦


 隣国再打通作戦によって、王都の食料事情は安泰なものとなった。


 しかし、魔王軍は未だ王都攻略を諦めていない。

 残存戦力を結集して大軍団を編成し、新兵器と圧倒的物量をもって王都を呑み込もうとしている。

 襲来する魔王軍を撃退し、王都の安全を確固なものとせよ!


 詳細説明は本日十七時三〇分より、王都中央広場にて。


 △▲△▲△



 ▽▼▽▼▽


 王都会戦②


 王都西方に魔王軍の軍団を確認


 △▲△▲△




か――」


 文体と内容からして、ワールドクエストが発動されたのだろう。

 通知を受け取っていたのは昨日の昼過ぎ。

 俺は仮眠中で通知に気づかなかったのか。


「これだけじゃ全然わからないな。リエは何か知ってるか?」


 俺の質問に彼女は首を横に振る。


「情報を集める必要がありそうだ。 ……目は冴えたな?」

「もちろん!」

「よし、朝まで掲示板なんかで情報収集をしよう。夜が明けたら王都に向けて出発だ」


 俺達はガルポの家に戻り、ブラウザを開く。

 今日は長い戦いになりそうだ。

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