第14話 王都会戦②
「落ち着け、怪しいものじゃあない」
男の装備は肩のまでありそうな紺色の大楯と短剣。
そして頭上には『Cougar』と書かれたネームタグが出ている。
「まずは名前を名乗ってもらおうか。俺はイブキ」
「クーガーだ。君とは初対面だな、よろしく頼む」
クーガーは短剣を鞘に戻して筋骨隆々な右手を差し出した。
俺もKar98kを下ろして手を握り返すと、そのまま引っ張りあげて立たされた。
しかしこの男、なかなかの胆力の持ち主だ。
ライフリングが、いや、中の弾丸が見えそうなくらいの距離で銃を突きつけられていたというのに、顔色一つ変えていなかった。
「それで何の用だ? 銃を売ってくれというなら、悪いが断らせて貰うぞ」
「それは残念だ。だが、君と話したい内容はそれではない。あの津波のように迫ってくる魔王軍についてだ」
クーガーは右手の親指を魔王軍に向ける。
「イブキと言ったな。君はこの戦況をどう見る? 率直な意見を聞かせてくれ」
「敵の右翼、中央は抑えているようだが…… 左翼は力不足だ。現有戦力だけでは直に突破される」
士気を落とさないために敢えて考えないようにしていたが、現実を直視すればこんなものだ。
ここで俺達がいくら撃ったところで、戦闘の趨勢には大きく影響しないだろう。
「私も同じ意見だ。この問題は、プレイヤー側に冒険者をまとめ上げ統率する指揮官がいないことに起因する」
「ちょっと待て、ネロって奴はどうしたんだ?」
今朝王都会戦について情報を集めていた時、ネロというプロゲーマーが冒険者をまとめているとの情報があった。
普通に考えて、そのネロが統率を執っているんじゃないのか?
「残念ながら、彼は全体指揮が苦手のようだ。『俺に続け』と一言言った後、先陣を切って突入していった。それから次の指示は今だ出されていない」
戦闘能力に秀でたプロゲーマーといえども、指揮能力まで優れている訳では無いということか。
「とは言え、このまま愚痴を吐いていても何も変わらないぞ」
「ああ、この状況を改善するために、私は百人の冒険者を集めて『
「百人!? よ、よくそんなに集められたな…… しかし、百人でもあの数相手には多勢に無勢じゃないか?」
百人で横一列に展開すれば、魔王軍左翼に蓋をできるだろう。
しかし、そんな薄い防波堤ではすぐに突破されてしまうのが関の山だ。
「なにも、正面から平押しする訳ではない。私は戦力を一点に集中し、敵隊列の分断を図る。それにはイブキの協力が必要だ」
「俺の協力だと?」
「ああ、デファイアントには突破力が不足している。それを補うために、イブキに突破口を作ってもらいたい」
なるほど、クーガーが俺に接触してきた理由はそれか。
それならば断る理由はない。
クーガーの案が成功すれば、魔王軍左翼の戦力を大幅に削げるだろう。
「よし、俺たち二人の火力で突破口を作る。対抗射撃が飛んでくるまでの条件付きだがな」
「……対抗射撃? 一体なんのことだ?」
クーガーは眉をひそめて俺に聞き返した。
「さっき閃光による銃弾みたいな攻撃を受けたんだ」
「対処はどうした?」
「対抗射撃で撃退した。ただ、倒せてはいないから直に戻ってくると思うぞ」
俺の回答に彼は「放っておくには危険だな」と呟き、顎を擡げて考え込む。
「よし、私たちが突破口を確保したら、そこから敵陣の奥に潜り込め。閃光の使い手の対処は頼んだぞ」
「了解、準備ができたら合図を送ってくれ。それで射撃を開始する」
クーガーが丘を離れたので、俺は再び射撃姿勢をとる。
「聞いてたか? とにかく敵の数を減らす必要がある。狙いの正確性よりも早く撃つことに専念しよう」
「おっけー、私たちで全部やっつけちゃうくらいに撃っちゃおう!」
クーガー率いるデファイアントは、魔王軍左翼正面に傘のような陣形を形成した。
練度の高そうな冒険者を二十人傘型に配置し、残りで後方に縦隊を組ませている。
そして、最先頭の石突きにはクーガーが立つ。
上に掲げた右手を、彼は前方に振り下ろした。
「撃てっ!!」
ダアン ダアダアン ダアンダアン ダアン ダアダアン
「全力射撃だ! どれだけ弾を使っても良い! 弾なんて作ればいくらでもある!」
ダアンダアン ダアダアンダアン
「言われずとも! とっくに十匹は倒したよ!」
俺達の射撃によってゴブリンは次々と倒れ、混乱し、デファイアントの前面に突破口が形成された。
クーガーは好機と言わんばかりに、その突破口に隊列をねじ込んでいく。
混乱しきったゴブリンなど、高練度プレイヤーにとっては烏合の衆だ。
ダアン ダアン ダアンダアン ダアン
クーガーに率いられた冒険者は、頭上を通り越す俺達の射撃に恐れること無く、破竹の勢いで横隊を突破している。
魔王軍を二分するまでもう少し、あとは独力でも大丈夫だろう。
「ここを離れる! 敵陣の奥に潜り込もう!」
「この箱に入ってる弾はどうする? まだ中に残ってるけど」
「弾薬箱は置いていこう。予備の弾はポケットに入れておいてくれ。この弾入れにも弾はあるから大丈夫だ」
リエはクリップを五、六個掴み、ポケットに押し込んだ。
このワールドクエストが終わったら、リエの分の弾薬盒も用意した方が良さそうだな。
丘を駆け下りて、クーガーのこじ開けた開口部を目指す。
体勢を立て直しつつある魔王軍は、突入してきたデファイアントに左右から圧力をかけて排除しようとしている。
だが、後に続いた冒険者が後詰めとなり、その試みは阻止されている。
「よし、いい感じに奥に潜り込めたな」
横隊の更に奥に進むと、身長よりも丈の高い草が生える藪中の獣道に入った。
丈の高い草は移動の邪魔にはなるが、魔王軍から俺達の姿を隠してくれるだろう。
「次は閃光の使い手を見つけないとね」
「それは俺に考えがある。この獣道を進めば、いずれ閃光の主に出会えるはずだ」
「どうしてそう思うの?」
リエの質問に、俺は踏み倒された草を手にして見せる。
「この獣道は草が踏み倒されてできてるんだけど、どの草も倒されてから時間があまり経ってないんだ」
「そっか! 閃光を撃った魔導ゴブリンがこの道を作ったってことだね!?」
「そういうことだ。とりあえず、草の倒れている方に進もう」
俺たちはパキパキと足音を出しながら、獣道に沿って先に進む。
しばらくすると、草が短く刈り取られた空間に出た。
その空間には、微かに赤紫色に発光する紋様の施された円が描かれている。
「これは魔法陣か……?」
「みたいだね。ここからあの閃光が飛んできたんじゃないかな?」
王都の方角を確認してみると、藪の切れ目から俺たちのいた丘が見えた。
リエの言った通り、この魔法陣を使って閃光を撃ったのだろう。
魔導ゴブリン自体は、既に別の場所に移動してしまったか。
「このまま魔導ゴブリンを追いかけよう。道はまだ続いてるみたいだ」
パキ…… パキ…… パキ…… パキ……
なるべく足音を出さないよう、慎重な足取りで獣道を進む。
閃光による攻撃は一回しか受けなかったので、次に置かれた魔法陣に魔導ゴブリンいる可能性が高い。
パキ…… パキ…… パキ……
いつ俺たちの存在が敵に察知されるのかと考えると、足音が心臓を突き刺すような感覚に襲われる。
いや、もしかしたら既に――
ボォン
閃光が俺たちの右側を掠めたとほぼ同時、進行方向で空気が破裂したような音が鳴り響いた。
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