第15話 王都会戦③

「敵だ! 足音で俺たちの位置が把握されている!」


 ダアン


 高草に阻まれて敵の姿は見えないが、閃光が飛んできた方向に向かって撃ち返す。


 ダアン ダアダアン

 ボォン


 一足遅れてリエも射撃に加わり、二倍の火力を投射する。


「地面に伏せろ! 少しでも被弾面積を少なくするんだ!」


 あんな出鱈目な攻撃はそう当たりはしないだろう。

 だが、当たる確率を低くしておくに越したことはない。


「タイミングを見て前に出よう! こんな敵地の奥での長期戦は避けたい!」

「でも、撃つので精一杯で前に進めないよ! どうしたらいい!?」

「交互に援護カバーしながら前進するんだ。そうすれば攻撃に切れ目ができることはない!」

「私が先に進むよ! さっきは囮になってもらったしね!」


 ダアン  ダアン


 彼女が前進している間、俺は連続射撃で射撃支援を行う。


「こんなことになるんだったら、機関銃MGを用意しとくんだったな!」


 今日ほど機関銃が欲しいと思った日は無い!

 さっきの横隊に対する射撃といい、今日は弾幕が必要な仕事がこれでもかと舞い込んでくる!


 ダアン


 彼女が射撃を開始したようだ。

 俺は射撃を止めて前に詰める。


 ヒュン


 ダアン


「来たねイブキくん! 弾分けてもらっていい!?」

「わかった!」


 弾薬盒からモーゼル弾を取り出してリエに手渡す。

 何発も連射する支援射撃で、ポケット内の弾などすぐに使い果たしてしまうのだろう。


 ビッビビチュチビビチ


「な、なんの音だ?」


 閃光の飛んでくる方角から、何かを引き裂くような音が迫ってきた。

 ただ、音の近づく速度は遅いので、閃光ではないようだ。


「イブキくん、私の合図でジャンプして!」

「と、跳ぶのか!?」


 ピビビチチビチ


「そう! 来るよ―― せーの、今っ!」


 リエを信じて、思いっきり上にジャンプする。

 俺の体が頂点に達した時、透明なカッターが地面スレスレで高草を刈払った。


 風が吹き、刈られた草が空高く舞い上がった。

 俺達の視界は緑の吹雪に遮られる。


「なんだこれは!?」

「範囲攻撃魔法ウィンドカッター! 噂には聞いてたけど見るのは初めて!」


 危なかった。

 リエの助言がなければ、あのカッターに足を持っていかれてたことだろう。


 ようやく風が収まり視界が通るようになると、周囲は魔法陣のあった空間で見たような光景に様変わりしていた。

 そして、正面には同じような魔法陣があり、中心に杖を持ったゴブリンが一匹立っている。


「ようやくご対面だな……!」


 奴は杖をこちらに向け、次の魔法を放とうとしている。

 リエはKar98kを地面に放り投げ、短剣を抜いて奴に肉薄する。


 ボォン


 『俊足』を使って、一気に距離を詰めようとする彼女に向かって閃光が放たれた。


「はぁああっ!」


 彼女は地面を強く蹴って空中で一回転し、閃光を避けてしまった。

 おいおい、マジかよ。銃弾を避けているようなもんだぞ?


「って、見とれてる場合じゃないな」


 Kar98kを構えてゴブリンを狙うが、心臓が早く打つせいで照準が上下左右にぶれてしまう。

 今だけでいいから収まってくれ―― 頼む。


 ダアン


 弾丸は虚しく空を切るのみだった。


 ボォン


 リエに対して次の閃光が放たれる。

 俺がここで手をこまねいている訳にはいかないな。


 『射撃ハ戰鬪經過セントウケイカノ大部分ヲ占ムルモノニシテ歩兵ノ爲緊要タメキンヨウナル戰鬪セントウ手段ナリ シカシテ戰鬪ニ最終ノ決ヲアタフルモノハ銃劍ジュウケン突撃トス』

 明治四十三年に発行された歩兵操典綱領義解に記された一文だ。


「戦いの最後を決めるのは白兵戦ってことか……!」


 腰の銃剣を鞘から抜く。


けんっ!!」


 大丈夫、フェロラビットの時とは戦闘経験が違う。目標も大きい。

 きっと勝てるはずだ。


「うおぉぉぉおおお!」


 肺を搾り取って雄叫びを上げ、魔導ゴブリンに対して突撃を敢行する。

 敵を怖気づかせるため? 自分を鼓舞するため?

 いや、今はそんなのどうだっていい。


 奴が杖を俺に向けた。


「させるかよ!」


 魔法が放たれるよりも先に銃剣を胸に突き刺す。


 タァアアン


 銃剣を刺したまま零距離で引き金を引き、魔導ゴブリンに引導を渡す。


「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ」


 アドレナリンが切れて、体の力がふっと抜けた。

 勢いよく地面に腰を下ろして余韻に浸る。


「大丈夫?」


 地面に投げたKar98kを回収したリエが、息の上がっている俺の元に歩いてきた。


「俺は大丈夫だ。そっちも無事そうで良かった」


 彼女が拳を出してきたので、俺も拳で突いて返す。


「これからどうする?」

「せっかく敵陣の奥に潜り込めたんだ。このまま敵の裏を引っ掻き回してやろう」


 クーガーに託された魔導ゴブリンの対処は終えた。

 ここからは俺達の判断で行動を決める。


「この規模の軍勢の統率が取れてるということは、必ず指揮官が配置されているはずだ。南に移動してそいつを叩く」


 指揮官がどこにいるのかは、魔王軍の布陣から見当がついている。

 恐らく、三つある各集団の後方に一人づつ。

 その更に後ろには、全体を指揮する司令部があるだろう。


 狙うは司令部。

 指揮系統を破壊して、魔王軍の軍勢を烏合の衆に変えてやる。



 ◇◇



「なかなか見つからないね……」

「ああ、早くこの藪を抜けたいな」


 先程は敵からの視界を遮ってくれた藪が、今度は俺たちの歩みを阻む。


 ガサ ガサ ガサ ガサ


 藪の終わりは、意外にも突然訪れた。

 藪を一歩抜けると、侵食によって岩肌がむき出しになった白い岩の丘陵地帯が広がっていた。


「ねえ、あれ見て」


 リエが指差す先には、ゴブリンが丘を埋め尽くさんばかりに集結していた。

 集団の中央には、ひときわ体の大きいゴブリンが幌無しの馬車に乗っている。

 あいつがこの集団の指揮官か?


 そして少し離れた場所に、赤紫色の光が漏れるプレハブ小屋くらいの箱が置かれていた。


「なんだ? あの箱」

「魔法陣と同じ色をしてるから魔法関連みたいだけど……」


 観察を続けていると、突如、箱から漏れる光が強まった。

 すると、箱の周りに大量のゴブリンが出現スポーンした。

 スポーンしたゴブリンは、そのまま集団に合流する。


 テロン


「通知? こんな時になんだろ」

「俺にも来たよ。ちょっと見てみようか」



 ▽▼▽▼▽


 王都会戦③


 モンスター生成装置が発見されました


 △▲△▲△



「生成装置ぃ!? あの箱がその装――!」

「ちょっと! そんな大きい声出したらばれちゃうよ!」


 驚きを口にする俺の口を、リエの小さな手が強く塞いだ。

 彼女の注意する声は、俺だけにしか聞こえないような小さな声だ。

 しばらく大人しくしていると、彼女は腕を解いてくれた。


「そ、そうだな。こんなところで敵にバレたら、脱兎のように逃げ回るしかないもんな」

「わかればよろしい。このまま敵を観察しようよ」


 見ている間にも装置からは次々とゴブリンが湧き出し、集団に集結していく。


 クソ、あの装置をなんとかしないとな。

 放置していたら、いくら前線でゴブリンを倒しても次々とやってくる増援に圧倒されてしまうだろう。

 優先順位で言えば、指揮官よりも上だ。


「どうにかしてあの箱を壊したいな」

「ここから撃ってみる?」


 彼女はKar98kを構え、装置に狙いをつけた。


「……いや、やめておこう。壊せなかった時が大変だ」


 あれだけデカい図体だと、どこを狙えば一撃で破壊できるのかもわからない。


 そもそも、あの装置は破壊できるのだろうか?

 でも、装置発見の通知が送られてきたということは、あれが王都会戦攻略のカギになるんだろう。


 次々と送り出されるゴブリンたちを、苦虫を噛み潰したような気持ちで見送りながら、引き続き装置の監視を続ける。


 すると、箱の向こう側から、複数のゴブリンが装置の元に近づいてきていた。

 肩には土嚢袋くらいある麻袋を担いでいる。


「ああ、隠れちゃった」


 ゴブリンが装置の裏に入ってしまい、その様子を観察できなくなった。

 だが、すぐに装置の上から頭を覗かせる。


 一体何をするのかと焦点を合わせると、麻袋の中身を上から流し込んだ。


「白い粒…… 魔石か!」


 魔石は弾を作るのに嫌というほど触っているので間違いない。

 あの装置は、魔石を動力源として動いているのだろう。


 ゴブリンは次々に魔石を装置に投入していく。

 それを見て、俺に一筋の光が差し込んできた。


「そうだ、あの魔石を爆発させれば!」


 魔石の性質は火薬と同じようなものだ。

 火を付けさえすれば、大爆発を起こして装置を吹っ飛ばすことができるだろう。


「問題はどうやって火をつけるかか……」

「ここから撃つのはダメなの?」

「不確定要素が多すぎる。やるなら確実に破壊してやりたい」


 装置には外板がついているので、どこに魔石が貯められているのか不明だ。

 銃撃で魔石を爆発させようと思ったら、運良く魔石に命中するまで撃ち続けなければならない。

 ボルトアクションの連射能力では、それまでに敵に襲われる可能性の方が高いだろう。


「俺が近づいて、投入口から弾を撃ち込むしかないか」


 投入口からであれば魔石が直接見えるだろうし、発砲炎による引火も期待できる。

 まぁ、俺は確実に復活リスポーンする羽目にはなるだろうけどな。


 前に出ようとした俺の腕を、リエにがっちり掴まれた。


「そう死に急ぐもんじゃないよ。ちゃんと自分の手札は全部確認した?」

「手札っていっても、ここには剣と銃しかないぞ?」

「ここには、ね。インベントリは見てないでしょ?」


 そうか、すっかり忘れていた。

 こんな状況におあつらえ向きの代物があるじゃないか。


「ガルポから貰った爆弾…… まさかこんな早くに出番が来るなんてな」


 これを投入口に投げ込めば、既に投入されている魔石に誘爆を引き起こしてくれるだろう。

 起爆までの間に離脱すれば、俺が爆発に巻き込まれることは無い。


「良い作戦が思い浮かんだみたいだね」

「ああ、リエのおかげだよ」


 彼女に作戦を伝え、俺は作戦行動に入った。

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