第16話 王都会戦④

 ズ…… ズ…… ズ……


 地面と服がゆっくり擦れる音が小さく鳴る。

 現在俺は、手も足も銃も全て地面にべったりとつけて、カタツムリのような速さで匍匐前進している。


 これがモンスター生成装置破壊作戦の第一段階。

 とにかく見つからないように装置へ近づくのが目標だ。


 丈の高い草をロープ代わりに、そこら辺に生えていた草を体にくくりつけて偽装カモフラージュを施している。

 ドーランという肌を塗りつぶす道具がないので気休め程度だが、ないよりかはマシだろう。


 ズ…… ズ…… ズ……


 ゆっくりと動いているのはわざとだ。

 動いている物体は見つかりやすいので、地面に同化するような速度で移動している。


 ズ…… ズ…… ズ……


 匍匐前進をしながら何回も出現スポーンするゴブリンを見送り、ようやく装置の近くまでやってきた。

 インベントリから爆弾と魔石の小瓶を取り出して準備する。


 爆弾に魔石を入れるのは、装置に投げ入れる直前。

 敵に見つかった時にすぐ投げれないのが欠点だが、爆発するまでの時間がわからないので仕方がない。


 ズ…… ズ…… ズ……


 ゆっくりと匍匐前進をしている間に、魔石を全て装置に投入し終えたゴブリンの一団は帰っていった。


 よしよし、これでゴブリンに見つかること無く爆弾を入れれそうだ。

 ひょっとすると、このまま見つからずにリエの所に帰れるかもしれない。


 ザザッ ザザッ ザザッ ザザッ ザザッ


 足音……?

 左の方から二人分、こっちに来てるな。


 ゆっくりと首を左に向けて、何が来ているのかを確認する。


 ザザッ ザザッ ザザッ


 足音の主はやはりゴブリンだ。

 様子からして、装置を巡回警備しているのだろう。


 まだ俺に気づいたような様子は無い。

 このまま俺に気づかずどこかに行ってくれ……!


 ザザッ ザザッ ザザッ


 そんな願いも虚しく、二匹のゴブリンは進路を変えずに俺の方に向かってきている。


 ああ、まずい。

 奴らはもうすぐそこだ。


 一気に動いて進路上から逃げるか?

 いやでも、急に動いたら俺の存在がばれちまう。


 くそ、もう少し考える時間がほしい!


 グニ


 ゴブリンの一匹に尻を踏まれた。


「おわっ! な、なんだ!?」


 爆弾と魔石の小瓶をそっと手放し、Kar98kを引き寄せる。

 俺を踏みやがった奴は、突然地面の感触が変わって驚いたのか、すぐに足を上げた。


「肉? みてぇな感触だったが……」


 ズカッ


 股関節の左に強い蹴りを入れられた。

 その衝撃で、俺はうつ伏せから仰向けの体勢にされてしまう。


 お互いの目と目が合い、俺とゴブリンの間に沈黙が流れる。


「……どうも」

「はぁ?」


 硬直したゴブリンから返ってきた言葉に、力は入っていなかった。


「ふんっ!」


 仰向けの体勢のままで、手にしていたKar98kを素早くゴブリンに指向する。


 ダアン


 零距離射撃に等しいこの状況で外すわけがない。

 ほぼ真下から弾丸を食らったゴブリンは、下腹部から頭部を貫かれ、一瞬にして生命活動を停止させた。


「うぉおおおおっ!」


 素早く体を起こして、隣にいたもう一匹のゴブリンを銃剣で突き刺して押し倒す。

 それでも葬り去れなかったので、首にもう一突きして確実に絶命させる。


 これだけ暴れたので、魔王軍も俺の存在に気づいただろう。


「バレちまったもんは仕方がない。いっちょ派手に行かせて貰おうか!」


 地面に落ちている爆弾と魔石を拾い、装置に向かって走る。

 爆弾を入れる寸前に準備している時間はなさそうなので、もう魔石を注ぎ込んでおく。


 よし、後は投入口にこいつを投げ込めば――


 しかし、その試みは装置の向こう側から現れたゴブリンによって打ち破られた。


「あれは…… 編成中だった集団!?」


 まずいな、流石にあの数相手に強行突破はできない。

 投入口に取り付くなんて、到底無理な話だぞ。


「ここから投げたら、ギリギリ届くか……?」


 俺の立っている位置から装置までは約三十メートル。

 思いっきり投げれば不可能な距離ではない。


「ふんっ!」


 大きく振りかぶって爆弾をぶん投げる。

 しかし、角ばった形状が災いして、狙った軌道よりも少し下に飛んでしまった。

 爆弾は装置の手前に落下する。


「し――」


 ゴブリンは、飛んできた箱を不思議そうに眺めていたが、興味を失ったのかまた俺に向かってくる。


「失敗した!!」


 装置に背を向け、全力疾走でリエの方に逃げる。


 ドカァアン


 もう爆発したのか!?


 思っていたよりも早いな。

 これで追撃の手が緩まってくれたら良いんだが……


 爆発の効果を確認するため、後ろを振り返る。


「ダメだ、相手の数が多すぎる」


 爆弾は装置の外板と十匹以上のゴブリンを吹き飛ばしていた。

 だが、追手はその数の二乗も三乗もいる。

 あんな程度で追撃が止まるわけがない。


「一旦退けるところまで退いて、仕切り直すしかないか!」


 爆弾が作動したことで、作戦は第二段階に突入した。


 大勢のゴブリンに追われているこの状況であれば、リエと合流して藪の中に戻り、クーガー達と合流する計画が発動されている。

 大軍による行動の難しい薮中ならば、容易に追手を撒けると判断してのことだ。


「イブキくん! そこの窪地の中に飛び込んで!」


 藪と丘陵地帯の境目で待機していたリエが、大声で俺に指示を出してきた。


「窪地に飛び込むのか!?」

「そう! 早く!」


 何を意図しているのか不明だが、やるしかないな。

 意を決して、目の前の窪地の中に飛び込む。


 ダアン


 リエから第一射が放たれる。


 ズガアアアァァァアアアァァン


 発射音がしたすぐ後、その音をはるかに上回る爆発音が発生した。

 爆発による轟音が空気を打ち、俺の心臓を震わせる。


 窪地に飛び込んでいたお陰で、四方八方に広がる衝撃波の影響を受けずに済んだ。

 俺の頭上では、土煙が疾風のごとく流れている。


 爆風が過ぎ去った後も残響が残り、夕日に染まる空に大きな黒煙が立ち上っていた。

 装置のあった場所にはクレーターが形成され、その深さが爆発の大きさを物語っている。


「大丈夫だった?」


 窪地の縁で佇んでいた俺の元にリエが歩いてきた。


「見ての通り無事だ。ゴブリンは全滅したのか?」

「うん、装置の爆発に巻き込まれてね」


 形成されたクレーターの幅は十五メートルといったところか。

 規模から考えると、二千ポンド900kg爆弾と同等の威力だ。

 危害半径は三百メートル以上あるはずなので、追ってきたゴブリンが全滅したのも頷ける。


「もう、このワールドクエストは終わりなのかな」

「なんだ? まだまだ暴れ足りないってか?」

「そうじゃないよ、なんかあっという間だったからさ」


 そういえば、王都会戦について知ったのは今日の朝だったか。

 βテスト開始以来、一二を争う濃密な一日だったな。


 緊張が一気にほぐれて、強い眠気が襲ってくる。

 まぶたが鉄で作り変えられたかのように重い。


 まあ昨夜はデグラムボアの監視でろくに寝られなかったし、一仕事終えたからちょっと寝ても良いか……


 ザザ……ザザ……ザザ……ザザ……


 暖かく包み込まれるような夕日に眠りに誘われ、もう少しで心地よい眠りに落ちようかという時、足音が耳に入ってきた。


「んんん―― ちょっとは休ませてくれよ」


 眠い目をこすり、戦闘態勢に入る。


 ザザザザザザ――ザザザザザザ――


「一つや二つの足音じゃないな。二桁以上は確実にいる」

「爆発を見てゴブリンが戻ってきたのかな? どうする? やっちゃう?」


 リエの方はやる気満々のようで、既にトリガーに指をかけている。

 やっぱり暴れ足りてないんじゃないか?


「いや、その必要はなさそうだ」


 視界の真ん中に入ったのは、紺色の大盾と短剣を装備する男だった。


「クーガーさんだ!」

「二人ともこんなところにいたのか」


 クーガーは敵陣突破の先陣を担っていた高練度プレイヤー達を引き連れている。


「魔王軍の相手の方は大丈夫なのか?」

「ああ、左翼集団は既に壊滅させた。戦闘の趨勢は決まったから、後は任せてきた」


 壊滅って…… 戦力差何倍だったっけ?

 さぞかしえげつない用兵をしたんだろう。


 クーガーの言葉に唖然としていると、その後ろにいた冒険者が俺に寄ってきた。


「あの、ウィンプバレットさんですよね?」

「へ?」


 思わず間抜けな声が出てしまった。

 バレットは弾丸だって分かるんだが、ウィンプってなんだ? ウィンプって。


 リエに助けを求めようと視線を向けるが、眉をハの字にして苦笑しているのみだ。


「もしかして、あなたが?」


 冒険者の視線はリエに向けられる。


「ウィンプバレットは、このイブキくんで間違いないよ」

「ちょ、ちょっと、ウィンプってなんなんだよ」

「あー、知らない方が幸せかな」


 俺の質問に、彼女は顔を背けて答えた。

 知らない方が幸せって…… ますます気になるじゃないか。


 テロン


「また通知か、今日は一体何通来るんだ?」


 題目は『勲章授与式への招待』。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る