第29話  蛇とその子孫

 最近では、小説でも漫画でも、異類婚姻譚が流行していますよね。私も結構読んでます。


 例えば、平凡な女の子が七つ尾の狐に求婚されたり、平凡な女の子が鬼に求婚されたり、平凡な女の子が竜神様に求婚されたり、平凡な女の人が生贄となって大蛇と結婚したりとかね、漫画でも小説でも山のようにありますよ。


 そんな異類婚姻譚は遥か昔からあるのは間違いない事実。ギリシャ神話なんか、しょっちゅう神様が地上の女性に手を出しているし、日本でも、嫁が鶴だったとか、天女だったとか、狐だったとか、蛇だったとか、カエルだったとか、枚挙にいとまがない状態です。


 それでですね、玉津先輩は、怒り心頭状態でお寺から帰ってきた熊埜御堂社長と、従弟であるホテルのオーナーに向かって言いました。


「おそらくなんですけど、熊埜御堂家は大蛇様の子孫になるんですよ」


 蛇の子孫と言われて、ポカーンですよ、ポカーン、二人ともポカーン状態です。


「えーっと、えーっと?」

「つまりはどういう事になるのでしょうか?」


 私たちがホテルに戻って来たのは午後二時を回った頃で、小太り熊さんみたいな社長も、ダンディな社長も、だいぶ疲れているように見えました。

 お墓参りに行った際に、お寺の住職さんに、月命日ではないけれど、先祖の供養をしてもらいたいと言ったところ、今は忙しいからと即座に拒否られたそうなんですね。


 のらりくらりと断り続ける住職さんに呆れ返り、怒り心頭のまま帰って来て、そこで蛇の子孫とか言われて困惑が凄いです。


「つまりはですね・・」


 六百年前に南から移動してきた熊埜御堂家、熊埜御堂という苗字が多いのが大分県なので、大分から引越しして来たのだろうと思われること。


 この館には多くの蛇の霊が集まっているのだけれど、それは、アパートの隣にある工場も同じこと。つまりは、先祖に蛇が関わっていることを意味しているということ。


 大分・平家物語・蛇と、ネットで検索してすぐに出て来るのが『諸環(おだまき)伝説』になるんですけど、今も大蛇が発見された洞窟やら、華御本姫が子供を産んだ場所が残されているので、観光だって出来ちゃったりするそうです!行ったことないけども。


「確か、豊後の国の豪族、緒方三郎惟栄が、花御本姫が産んだ蛇の子である大神の一族であり、源頼朝の異母弟である源範頼が九州での平家討伐を行う際に、豊後水軍を率いて大いに助けたって話だよね?」


「秀吾くん、詳しいんだねえ」

 感心した様子で熊社長が声をあげるので、ちょっと照れた様子でオーナーが小さく肩をすくめてみせた。


「平家物語は好きで良く読んでいたんですよ。なにしろ、うちは平家の落武者の子孫だったっていう話を聞いていたので」


 私も、南から長野へ引っ越しと聞いて、平家の落武者じゃないかと想像しましたけども、

「平家の落武者ではなく、平家を滅ぼすために激しく戦った一族の末裔です」

 キッパリと、ホラーマスク装着状態で先輩は言いました。


「最強の豊後水軍を助けていたのは、確かに、蛇の力を授かった何かなのでしょう。実際に、緒方三郎惟栄はその異能の力を利用したのは間違いないし、その力を我が物にしようと企んでいたんじゃないかと思います」


 緒方三郎惟栄っていう人は、源氏と一緒になって平家を倒した人ですね。


「身の危険を感じた異能持ちは、配下の者に守られながらこの地まで逃げて来た。その配下の者というのが熊埜御堂家であるし、逃げた先で一族の娘と異能持ちとが婚姻をしたが為に、今の時代まで熊埜御堂は特別な地位に居るわけです」


「特別な地位と言っても、ちょっとした土地持ちだったという程度でしかないと思いますけど」


 オーナーさんは、全然特別じゃないですよ?みたいなことを言っているけれど、そうでもないということはフクさんの家で十分に聞いている。


「このホテルは三度の自然災害を受けて三度、倒産寸前にまで追い込まれながらも、三度とも、経営状況を回復させたっていう話は聞いています」


 先輩は、ドラキュラマスクをめくりながら、紅茶を飲んでいます。外では流石にホラーマスクは外していたんですけど、ホテルに戻って来た途端に装着しているんだから、本当にどうしようもない先輩です。


「酒巻山の土砂崩れにホテルの一部が飲み込まれたり、母屋の一部が飲み込まれたり、温泉が潰れて使えなくなったりと、酷い災害にホテルが遭っている間に、街の方への被害は最小限で終わってしまう。近隣の市町村が川が氾濫して大変なことになった時にも、川津の村で被害に遭うのはホテルだけ」


 まるで山から下り降りる災害を、すべてこのホテルが受け止めているような現象でもあり、実際に、自分たちを犠牲にしてまでこの地域を守ってきた『熊埜御堂』に対して、地域の住民は憧憬と崇拝の念を長い年月抱き続けているみたいなんです。


 たまたま、ホテルだけ被害に遭ったんでしょう?って、思うかもしれないんですけど、地域を守って来たという六百年の歴史があるんですよね。そんな訳で、熊埜御堂家は特別な役割を持つ家として尊重されてきたそうなのです。


「そりゃね・・そりゃ、うちが災害で大変なことになった時には、地域の人がみんな助けてくれましたよ。そのおかげもあって今もホテルが残っているとも言えるので、そのことについては感謝の気持ちを忘れないようにしていますよ。だけど、うちがこの地域の被害を一身に被っているというようなことは思ったこともないんです。ただ、運が悪いなあと思うだけで」


 確かに、巨大な台風がやって来ても、線状降水帯がやって来ても、大きな被害を受けたのはうちだけだった。他の家々は特に問題がなかったのは確かだけど・・と、言いながら、オーナーさんは首を横に振りました。


「それじゃあ、結局、我が家も蛇の血を引いているとして、大叔母の幽霊は、蛇の血を引いている関係で、長々、ホテルに残り続けているということになるのでしょうか?」


 そうなんですよね、工場の方に出た幽霊は(私には見えないけれど)巨大な蛇の幽霊だったらしいんですけども、このホテルに出てくる名物幽霊は、おかっぱの、黒いワンピースを着た女性だって言うんですよね?


「社長さん、そろそろお話になる決心がつきましたか?」


 先輩は、ドラキュラマスクをしたまま、目の前のソファに座る熊社長の方を見ました。ホテルの応接室には年季が入ったソファセットや、茶器などが並べられたサイドボードが置かれているのですが、冷めてしまったお茶をガブリと飲むと、目の前のテーブルに音を立てながら置いた社長さんは、俯きながら自分の髪の毛を掻きむしりました。


 初夏の爽やかな風が窓から吹いて来ているのに、全然、部屋の中が爽やかじゃないのは何故でしょう?急に空気が重く感じられるのは何故なんですかね?


 隣の先輩がガタガタ震えながら、ドラキュラマスクを深く被りなおしているのは、何かが現れたからなんですかね?


 私は幽霊って、よっぽど強力な奴じゃないと見えないんですよ。かと言って、特別見たい訳でもないんですけども。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る