第48話  とり憑かれていたの?

 学生食堂の前で出会した玉津先輩は、最近、ホラーマスクを付けていません。夏休み中に外に出て働くようになって、マスクなし生活にも慣れたってことなんですかね?


 今までホラーマスクを装着状態で学内を移動する名物生徒、ある意味痛すぎる先輩だったわけですけど、マスクなし生活を送るようになって、学内にファンが急増しているような状態です。


 お金の為にホラーマスクの制作の手伝いはしますけど、至ってドライな付き合いをしてきた私は『オペラ座の怪人』のチケットを差し出されても、

「はあ?」

 って感じでしたよ。


 何そのチケット、余ったからあげるよ的な?だったら、吾郎くんでも誘おうかな。私が誘える男子って、見かけは子供、中身は46歳の吾郎くんしかいないってかなり侘しい生活をしているよな。心を入れ替えて、テニスサークルにでも入ろうかな?そうしたら、彼氏とか出来るかもしれないし。


「え?二枚あるんでよね?それじゃあ、吾郎くんを誘ってみようかな?」

 私の言葉に、先輩が愕然とした表情を浮かべています。

「吾郎くんって、何処の吾郎くん?」

「川津村で発見された吾郎くんですよ。最近、毎日のようにうちに遊びに来ているんです」

「僕は聞いていないんだけど?」

「言ってないですしね」


 ホラーマスクなし生活を始めた先輩は、とにかく顔がいいです。めちゃくちゃ顔がいいんです。取り憑かれない生活を送るためにと、わざわざ体も鍛えていますしね、そりゃ、女にモテるでしょうよ。


「それじゃあ、二枚貰っていいですか?ありがとうございます〜」


 お前は他の誰かを誘って行くんだろうな、一回限りのお相手程度の後輩は、ここで鮮やかに他の男を誘いに行ってやるぜ!(吾郎くん!待っていてね!)


「待って!」


 チケット二枚を持って次の教室に向かおうとすると、先輩ががっちりと腕を掴んで来ました。


「待って!待って!待って!」

「はい?」

「ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て」


 先輩は空いている方の手で自分の顔をまさぐりながら言いました。

「僕、なんでホラーマスクをしていないんだ?」


 その後、先輩は問答無用で自分専用の部室(ホラーマスク製作所)へと私を連行すると、自分の目の前に置いた椅子に座らせながら、

「なんでこんなことになっているの?」

 と、言い出しました。意味がわかりません。


「僕は、なんで君を放り出して、マスクを外して生活をしているんだ?」


「知らないですよ、脱マスク生活を送るようになってから、女性に取り囲まれて、楽しい生活を送っているんでしょ?昨日も、ダンス部の綺麗なお姉さんたちに囲まれていたし、我が世の春が到来したんじゃないですか?いいですね」


「怖い、怖い、怖い、怖い」


 先輩はガタガタブルブル震えながら、私の両手を掴んでいます。


「川津村から帰って来た日に、ゾンビイベントを企画する会社から電話がかかってきたんだ。特殊メイクをするのに、お金を出すから出張して欲しいって言われて、普段だったら絶対に断る案件だったのに、何故か、承諾して・・金を稼ぎまくって・・」


 そんなことは知っています。マスクを外して毎日のように外に出るようになって、先輩のお父さんとお母さんは大喜びしていましたよ。


 いつもだったら、ホラーマスクを装着したまま神社の境内を徘徊する変態息子が、実はめちゃくちゃ美形のお兄さんだったということが判明して、巫女さんたちは大騒ぎでしたよ。先輩は新しい人生を歩んでいるんだな〜と思いましたもの。


「お願いだから抱っこさせて」

「嫌です!」

「お願いだから!」


 有無を言わさず、あっという間に私を膝の上に抱っこした先輩は、私の頭に自分の顔を突っ込んで、私吸いを始めました。パニック寸前になると先輩が起こす逃避行動なのですが、何故、今、吸い出す?猫を持ってきた方が良いんじゃないの?


「ちょっ・・先輩!」


 吸っているだけでは飽きたらず、顎を持ち上げてキスまでしてきましたよ。何故、キスをするのかな?先輩の体がガタガタ震えているのは何故なんだ?


「さつき、好きだ、さつき、僕から離れないで」

「あ・・先輩・・や・・」


 かき抱くようにして抱きしめる先輩は、ねっとりと絡みつくようなキスをするので、腰砕けになりそうです。とにかく、先輩は顔が良い。このままでは、何かが始まってしまう予感。


「先輩!いい加減にしてください!」


 私は先輩の頭を殴りつけて、胸ぐらを掴み上げました。

「なんなんですか!一体!どうしたんですか!一体!言ってくれなくちゃ全然わからないですよ!」


 ハッと我に返った先輩は、名残惜しそうにちょっとだけ私から体を離しながら言いました。


「特級呪物の作用の所為で、君の中にあるチャンネルが開いて、中にある力が漏れ出てしまったんだ。神気にも似たその力は、色々なものを引き寄せる力があるものなんだよ」


 家に動物の霊みたいなものが山ほどいますから、説明しないでも知っていますよ。


「人が多く集まる場所は、悪い物も集まりやすいから、今の状態の君を連れて行くわけにはいかないと思っていた。その考えが利用されて、僕は違う方向へ勝手に進まされていたんだと思う」

「はい?」

「多分、何かに取り憑かれていたのかも」

「はあ?」

「だって、僕がホラーマスクを外して生活しているんだよ?」

「本来、そうあるべきじゃないんですかね?」

「そうじゃない、そうじゃない」

 先輩は首を激しく横に振りました。


「僕がホラーマスクなしで連日、外に出るなんてあり得ないんだよ!どれだけ生き霊を連れて帰ってくることになるか分かっているの?その所為で霊障が起こりまくる事態に陥るから、外に出ないでもお金が稼げるホラーマスクを製作していたっていうのに、マスク作って、外に出て特殊メイクも実施して、それでお金を稼いで?そんなに僕は勤勉じゃないぞ!」


「確かに・・」


 今まで見て来た先輩は、出来るだけ外には出たくない引きこもり野郎でしたし、家でもホラーマスク装着の痛い野郎でしたけど、ここ最近の先輩は、人が変わったように脱マスク生活を送っていましたよ。確かに、変と言えば変かも!


「そういえば先輩、人が変わったようにお金を稼いでいましたよね?」

「クソ野郎、これは蛇の呪いか?僕からさつきを奪おうとしているってことか?」

「先輩」

「何?」


 私は先輩の胸に自分の顔を押し付けてぎゅっと抱きつきました。


「私、吊り橋効果で一回だけ、しつこくエッチをされただけの、哀れな遊ばれ女子なのだと思っていたのですが?」

「なっ!」


 先輩は私を自分の胸から引き剥がして、私の顔を覗き込みながら言い出した。

「嘘でしょう!僕が遊びでそんなことするわけないじゃん!僕は君のことが好きだから!」

「ラブ寄りの好きじゃなくて、極めてライクな好きでしょ?」

「なんでそうなるの!」

 愕然としていても、先輩は顔が良い。なんでこんなに顔が良いのだろうか。


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