第49話  僕じゃないよ

 川津村から帰って来てからというもの、アパートに現れた動物の霊についても知らなかった様子の先輩は、私の家へと来ることになったのですが、

「お前!やっぱりお前かー!」

 アパートの前で待っていた様子の吾郎くんを見下ろして、先輩が大きな声で叫ぶと、

「僕じゃないよ?」

 と、吾郎くんは言いました。


「これだけの力が滲み出ていたら、どんな奴に目を付けられるか分かった物じゃないでしょう?君が居ない間は、僕が守っていてあげたのに、文句を言われる筋合いはないと思うんだけどなあ」


 ポケットから出てきた蛇のココ様も、そうだ!そうだ!みたいな感じで、頭を上下に動かしています。


「生半可な気持ちで居るのなら、この子の相手は君には無理だよ。今は僕もここに居るし、やめるなら早々にやめた方が良いと思うけど?」


「やめない!絶対にやめない!」

 先輩は私に抱きつきながら言いました。

「お金が稼げたのは有り難かったけど、もう、彼女とは離れていられない。今まで面倒を見てくれて有り難う!でも、これからは僕が居るので大丈夫です!」


 吾郎くんは、フーッとため息を吐き出すと、私を見上げながら言いました。

「僕とさつきちゃんはお友達だよね?」

「もちろん友達だよ!」

 先輩に放置されている間、支えてくれたのは幼い吾郎くんでした。吾郎くんに差し出された手に握手をすると、吾郎くんは子供らしい、嬉しそうな笑みを浮かべます。


「今はまだ僕も子供だし、大人になるまで待ってもらうにも時間がかかることになるからね」

「君は一体何を言っているのかな?」

「だからね、さつきちゃん、ゆっくり待っていてくれたらいいんだよ?」

「だから、君は一体、何を言っているのかな?」


 怒り心頭の先輩が、私と吾郎くんの握手をはぎ取ると、にこりと笑って、吾郎くんは帰って行ってしまいました。


 その後ろ姿を見送りながら先輩は言いました。

「さつき、結婚しよう。その方がもう、いいのかもしれない」

「はい?」

 何をとち狂ったことを言っているのでしょうか?この人は?

「先輩は本当に、頭がおかしいんじゃないですかね?」

 相手は、見かけは小学一年生ですよ。中身は46歳かもしれないですけど、私と何歳差だと思っているんですかね?


「とにかく、アホなことを言ってないでうちでお茶にしましょう?落ち着いた方がいいですよ」

 私がアパートのドアを開けると、先輩は途端に神妙な表情を浮かべて、

「うん」

 と、言いました。


 私のアパートのドアの前に指が二日連続落ちて来たのは、六月も終盤に差し掛かった日のことでした。あの頃は青息吐息だった工場の経営状況も、今ではマスコミの報道効果で、受注依頼が山積み状態となっているそうです。


 蛇様が関わると、お金がうねるようにして動き出すというのを目の当たりにすることになったんですけど・・

「先輩、まずは結婚とか意味不明なことを言う前に、私はデートに行きたいですよ」

 私は、ちんまりと座ってお茶を待つ先輩の方を振り返りながら言いました。


「バイト先の友達が、おすすめのレストランを教えてくれたんです。夜景がとっても綺麗なレストランらしくって、車で行かなくちゃ行けないような場所なんですけど、先輩、車の免許を持っていましたよね?」


「う・・うん、行きたい、行こう、行きたい、行こう」


 先輩は、かくかく、何度も頷きながら答えています。

 確かに先輩、熊埜御堂ホテルから帰って来てから変でしたよ。あれが憑依現象によるものだと言うのなら、確かにそうかもしれないという程度にはおかしかったかも。


「水族館とか動物園とか、映画とか行きたいし」

「うん、行こう」

「先輩、マスクを外してくれなくちゃ嫌ですよ?」

「う・・・ん」


 滅茶苦茶嫌そうな顔をする先輩を見るに、やっぱり、今まで、何かに取り憑かれていたのかな?とか思っちゃいますよ。だって!今まで!何の躊躇もなくホラーマスクを外していましたからね!


「それよりも、さつき」

「はい?」

「こっちに来て」


 手を引っ張られた私は、先輩の膝の上に乗ると、それはもう、コッテリとしたキスをされました。

その先はあっという間で、今回は痛みとかそんなものは無かったんですけども、

「さつき、アパートの壁は薄いんだから声出しちゃダメなんだよ?分かってる?」

「・・・・」

 意地悪なことを言われながら、散々、色々されました。



     ◇◇◇



 危ない、本当に危なかった。上位が関わってくると、こういうことになるから気をつけなくちゃいけないんだよな!


 もう、無理をしてまで働くことはやめよう。お金もだいぶ稼いだし、僕は夏休みに出来なかった分、さつきとイチャイチャする日々を送りたい。


 無事に大学祭を迎え、ハローウィンパレードの為にいつもなら特殊メイクをしながら奔走するところだったけど、ホラーマスクを提供するだけで、僕は全てを放棄した。色々な人から散々文句を言われながらも、さつきとイチャついて過ごすことを僕は選んだわけだ。


 オペラ座の怪人についても、ホラーマスクを提供。イケメンがほんのちょっと顔を火傷してとかじゃなくて、完全に肉と骨状態になってしまったわけだけど・・


「私はオペラ座の怪人、思いの外醜いだろう?この禍々しき怪物は、地獄の業火に焼かれながら、それでも天国に憧れる!」


 初めてヒロインクリスティーヌがエリックの仮面を取った時に、彼が叫ぶ名セリフ。本当はイケメンの顔が顕になるところ、おどろおどろし過ぎる顔が現れたことにより、観客からも悲鳴が上がる。


 毎年、物凄い人気がある聖上大学演劇サークルの舞台は有料制になるけれど、チケットはあっという間に完売してしまうんだよね。演劇関係者もスカウトのために多く訪れる舞台だというのに、今回は、部長の狩野が相当アレンジを加えたようだ。


 悲鳴が上がるほどの怪人(陸守邦斗)の異形を見つめたヒロイン(立仙萌衣子)は、恐怖を面に表すことなく、骨と肉状態の怪人の頭を掻き抱いた。


「あなたの憧れる天国とはどんな天国なの?」

 クリスティーナは怪人の顔を愛おしげに見つめながら言い出した。

「マスクを付けていても、マスクを外したとしても、貴方の瞳はいつも同じ。顔の形がどうであれ、あなたの中身に変わりはない」

 そうして怪人の手を握りながらクリスティーナは涙を流して言い出した。


「私は、あなたの全てを愛しているの。あなたが望むところが天国であれば天国へ、地獄へ堕ちるというのなら共に地獄の底にまで堕ちていくわ」


「クリスティーナ!」


「ただのコーラスガールだった私を見出したのは貴方、音楽の素晴らしさも恐ろしさも教えてくれたのは貴方だったわ。そんな貴方を私が愛していると言っても、貴方は信じてはくれないのかしら?」


 本来であれば、ヒロインに物凄い執着心を持つ怪人と、イケメン金持ち侯爵であるラウルとの間で、ヒロインがグラグラ揺れて、最終的には化け物面の怪人よりも、侯爵様(イケメン)の方へ傾いてしまう。


 侯爵と舞台女優の身分差ラブ!みたいな感じになるはずなのに、僕がイケメンに特殊メイクをせずに、マスクを提供してしまったからか、最初からブサメンでも愛します!みたいな内容になってしまっている!やばい、罪悪感がすごい!

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