第50話  最後の結末は

「怪人(ファウスト)とクリスティーナは行ってしまったのね」


 最後の場面、クリスティーナのライバル、カルロッタ(陸守絢女)が、二人を見送ったラウル侯爵(赤峰玲央)に声をかける。


 劇中、ラウル侯爵はそんな怪人(ブサメン)を選ぶな、奴の顔を見たのか?顔の皮がないんだぞ?などと罵りまくり、クリスティーナの心を取り戻そうとするのだが、頑なにクリスティーナは怪人を愛しまくった。


 猛り狂ったラウルは最終的に、怪人をナイフで刺し殺そうとするんだけど(本来は、怪人が侯爵を刺そうとするところ)身を呈して庇うクリスティーナにショックを受けて、最後には二人が生活をしていけるように、自分の領地へと逃すんだね。


 その二人の姿を見送ることになった侯爵を励ますように手を触れたカルロッタは、

「そもそも、侯爵という身分の方が、舞台女優に懸想するのが間違っているのですよ」

 と、誰しも言いたかった言葉を口にした。


「貴族の義務というものがあるんでしょう?家を継ぐためには確かな血筋の女性と結婚しなくちゃいけないんでしょう?きっと、クリスティーナと結婚したとしても、お互い不幸になるだけでしたよ」


 本当にそれねって僕も思う。


「侯爵様が良い方と出会えるよう、神にお祈りしておりますわ」

 そう言って立ち去るカルロッタを見送りながら、

「良(い)い・・」

 惚れた様子で立ち尽くす侯爵は恋多き人物なのだろう。


 だったら侯爵は大丈夫、もしかしたらその先にカルロッタとの恋もあるかもしれない。そんな風に匂わせながら幕は閉じることになったのだが、原作をひっくり返したような内容は、賛否両論、物凄いことになったのは言うまでもない。


 これも全て、僕がグログロマスクを提供してしまったばかりに・・


「いやいやいや、違う!違う!そういうことじゃないんだよ!」

 舞台袖まで僕とさつきが挨拶に行くと、部長の狩野が自分の髪の毛を掻き回しながら言い出した。


「この作品が作られた時代はどうあれ、今は多様性とか色々と言われている時代だろ?醜いから悪とか、地下に住んでいるから化物だとか決めつけて、結局、世の中から外れた奴は浮かばれないっていう展開がどうなのかな〜とは思っていたわけ」


 狩野は随分とさっぱりとしたような顔で言い出した。


「僕はさ、ホテルの庭園ではっきりと幽霊の姿を見たんだけど、かなり衝撃的だったんだよね。だけどさ、その姿を見て、あの幽霊こそが怪人ファウストじゃないかなとも思ったんだ」


 お化けホテルとして有名だった熊埜御堂ホテルには、200年前の怨念がセンターに立って、ホテルの敷地内を徘徊していたわけだ。きっと、その幽霊を狩野は見たとは思うんだけど、


「だからさ、僕は今回の劇は幽霊の皆さんにも楽しんで頂けるような内容にしようと思って、部員とも相談の上で内容をガラリと変えてしまったんだよ」


 何故、そういう発想になるのだろうか?



     ◇◇◇



「天野さん、今度、心霊スポットに行かない?」

「天野さんが予定が空いているのはいつかな?」

「静岡の廃旅館と千葉の廃ホテル、どちらが良いと思う?」

「皆さん、何を言っているんですかね?」


 劇が終わった後、先輩と一緒に演劇サークルの部員のところへ挨拶に行くと、赤峰撮影班のメンバーが私に声をかけてきたわけです。


「何故、廃旅館?何故、廃ホテル?廃墟に許可なく侵入するのは違法行為になるんですよ?」

「それは分かっているんだけどさ〜」


 赤峰先輩たちが撮影した映像には、確かに、森の中の幽霊や、川を移動する蛇の群れがはっきりと映っていたわけです。


映像は、何故か途切れ途切れになっていたり、カメラによってはいつの間にか録画停止状態になっていたりとしていた訳ですけれど、池上を移動する人頭蛇身も映っていましたし、笹を持って戦うおじさん二人の姿もしっかり録画されていたんです。


 絢女さんが溺れる姿も映っていましたし、その周囲には、女性の無数の手まで写りこんではいたんです。ですが、あまりにもはっきり(・・・・)と写り過ぎていたのが仇となり、


『実録、恐怖の心霊現象を体験した!なんてタイトルでクリックしたけど、これはやり過ぎだろ?凝った映像を作った努力は認めるけど、これを幽霊ですからで信じられる奴はまずいないって』


 というコメントから始まり、思いもしない方向に話は進んでいくことになったのだ。


『これ作ったの、聖上大学の生徒らしいよ?』

『あそこってハロウィンイベントで有名じゃなかったっけ?』

『ここ数年のゾンビのレベルはかなり高い、あそこは映研がホラー映画を作るのが得意だし、代々の部員が特殊メイクに特化しているらしいじゃん』


『映像技術はすげえよな、この、砂の嵐みたいな画像が途中、途中入った上での人頭蛇身だろ?』

『これはスカウトが来るレベルだろ?』


 ということで、本物の心霊映像と信じてくれる人は誰一人としておらず、そこそこに視聴率を稼いだものの、苦労した割にはバズりもせずに終わってしまったらしいのです。


「天野さんが居れば、幽霊か幽霊じゃないかが分かるんだろ?」

「天野さんが居た方が、また、心霊映像撮れるんじゃないかと思うんだよ!」

「いやいやいやいや、リーダーの赤峰先輩は何て言っているんですか?」

「あいつには春が訪れてしまったんだよ・・」


 見れば、カルロッタ役の陸守絢女さんと、ラウル役の赤峰玲央先輩が、二人で仲良さそうに話しています。


「まだ付き合っている訳じゃないんだけど、邦斗がさ、ようやっと妹が兄離れをしたんだから、頼むから二人を見守ってやってくれって言い出してさ・・」


 さすがお兄ちゃん!

 見れば、邦斗先輩は萌依子先輩と一緒に、スカウトに来ている人と真剣な面持ちで話をしているようでした。


 邦斗先輩はホラーマスクの所為で、自慢のワイルドイケメン顔をカケラも披露することはなかったんですけど、顔を見せない所為なのか、かぶったマスクがグロすぎたのか、とにかく演技力がもの凄く光って見えたんですよね。


 怪人の怒りとか、悲劇とか、愛する人(クリスティーナ)の幸せを考えれば、自分など身を引いた方が良いのではないかと苦悩する姿とか、無茶苦茶役にハマっていたんですよ。


「まさか、あそこで特殊メイクをせずに、グロテスクマスクを丸投げで放置するとは思いませんでしたよ〜」


 そうですね、当初の予定としては、怪人には顔の一部をベリっと剥がしたような特殊メイクにする予定だったのに、原作通りの、ほぼ顔の皮が剥がれた骸骨に近い化物顔になってしまいましたからね。


 後を振り返ると空気を読まない小道具担当、佐川由希さんがにこりと笑いました。


「どうやら、一回限りという感じじゃなかったみたいですね?」

「はあ、まあ、その、えーっと」


 最初は一回限りだと思いましたよ、完全に佐川さんパターンだと思いましたとも。

 空気を読まない佐川さんは、つくづくと、残念そうに言いました。


「あの人、特殊メイクが大好きみたいだから、餌をぶら下げれば、そっちに突っ走って行くんだろうなぁと思ったのに、あっさりと全てを捨てて貴女を選ぶとは思わなかったなぁ。人間は己の欲に忠実な生き物だと思ったのに、金とか就職とか、名声よりも、あっさりと貴女を選ぶんだもの。想定外と言えば想定外」


 ど・・ど・・どういうこと〜?


「まあ、チャンスはこれからいっぱいありそうだから、別に良いんだけどね〜」


 意味がわからないことをペラペラ喋った佐川さんは、一瞬、動きを止めた後に、呆然としたまま首を横に振りました。


「あれ?私、何か今、変なこと言っていました?」

「あの、よく分からないことを言っていましたけども?」

「え?なにを言っていましたっけ?」


 怪訝な表情を浮かべられても答えられないです。佐川さん、何かに憑依されていませんでした?

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