第51話  二人でドライブ

「あの人、特殊メイクが大好きみたいだから、餌をぶら下げれば、そっちに突っ走って行くんだろうなぁと思ったのに、あっさりと全てを捨てて貴女を選ぶとは思わなかったなぁ。人間は己の欲に忠実な生き物だと思ったのに、金とか就職とか、名声よりも、あっさりと貴女を選ぶんだもの。想定外と言えば想定外」


 佐川由希がそんなことを言っていたと、怯えたさつきが報告してきたけれど、僕には彼女が言う言葉を十分に理解することが出来るぞ。


 僕の特殊メイクの技術は想像以上に評判となって、色々なところからお声掛が来ることになったわけ。それこそ、最大手のアミューズメントパークからも声が掛かってきたし、海外からも声が掛かってきた訳だよ。


 アメリカにあるプロダクションから声が掛かるなんて、ビックチャンスにも程がある。僕は自分の技術を生かして、将来的にはアメリカで腕を磨きたいと思っていたからね。


 だけど、学生食堂の前で、ようやっと我に返った僕は思ったわけだ。

 冗談じゃあねえぞってね!

 誰がお前らの思う通りに動いてやるか!彼女は絶対に僕の物だし、彼女を手放すくらいなら、僕は全てを捨て去る方を選んでやる。


 実際、僕が特殊メイクを放棄したことによって、各所で怒りが噴出していたんだけれど、マスクを提供するんだからいいだろ!何だったら、ホラーマスクも提供しねえぞと言ったら大概の奴は黙り込んだ。

 

 聖上大学のハローウィンパレードは、悍ましいゾンビのマスクさえも無くなれば、中止一択状態になるだろう。そもそも、特殊メイクがオハコの大学なのだから僕以外にもできる奴は居る訳だし、最悪、OB、OGの協力を仰げば何の問題もない。


 僕は大学祭の最中は、本当に何もやらなかった。

 ただ、ただ、さつきと一緒に楽しんだだけ。

 蛇が狙っているんだか、誰が狙っているんだか、今でも良く分からないけれど、絶対に、絶対に彼女は渡さない。


 吾郎くんにも、再度、きっちりと言ってやらなくちゃ。恋人にするなら、同じ小学一年生にしろよと。ラ○姉ちゃんじゃなくて、あ○みちゃん一択にしておけよと、奴にはそこまで説明しておかなければいけないのかもしれない。



        ◇◇◇



 蕎麦屋で働くバイト友達から紹介されたレストランの予約が取れたと言って、学祭が終わって一週間後になる金曜日の夜に、先輩はアパートまで車で迎えに来てくれました。


 外国人観光客も多く訪れる隠れ家的なレストランで、ホームページにも英語のサイトが付いているほど。予約でいっぱいだったところ、キャンセルが出たのでどうですか?と、わざわざ電話が掛かってきたそうで、

「半年待ちだとか、一年待ちだとか言われていたから、すっごいラッキーだったかも!」

 先輩はそう言って車から降りて来ましたが、私の隣に居る吾郎くんを見るなり、顔をくちゃくちゃに顰めています。


「なんで吾郎くんが一緒に居るのかな?」

「僕は一緒に行っちゃ駄目なの?」


 吾郎くんは、上目遣いとなって瞳をウルウルさせながら言いました。


「あれれ〜?僕、一緒に行ったほうが良いと思ったんだけどなぁ?」

「モノマネはやめろ、何故そうなる?明かにデートだって分かった上で言っているだろ?」


 吾郎くんと先輩、二人揃うと、火花をバチバチさせるのがお約束状態になっています。


「吾郎くん、今日行くレストランは、いつもは予約でいっぱいで、半年待ちとか一年待ちという場所らしくって、今日もたまたまキャンセルが出たから行けるようになっただけなんだ。二人から三人にするのも難しいかもしれないんだよね」


「大丈夫だと思うけどな〜」

「駄目!駄目!二人で予約しているから、急に子連れなんて無理だから!」


「流石に小学生の吾郎くんを、夜のレストランに誘えないよ。帰りが遅くなると熊社長が心配すると思うし。今度、昼間に行くときには誘うから、それじゃ駄目かな?」

「うーーん」


 吾郎くんは、しばらく考え込んだ後、

「僕を連れて行かなかったことを後で後悔しても知らないからね!」

 捨て台詞のように先輩に向かって吐き捨てると、

「昼間、今度ランチしに行こうね!」

 と、私には満面の笑みを浮かべながら帰っていってしまいました。


 吾郎くんの小さな背中を見送った先輩は、私の方を振り返ると、

「お泊まりセット、持って来てくれた?」

 と、尋ねてきます。


 そうなんです、これから向かうレストランは宿まることも出来るので、先輩はこれ幸いと部屋の予約もしちゃったみたいなんです。

 流石にお泊まりなので、吾郎くんを連れて行くことは出来なかったんですけど、今日の吾郎くんは珍しいことに大分ゴネましたよ。


 せっかくのデートだし、ホラーマスクをかぶらずにやって来た先輩は、ルンルン気分で私を助手席に乗せました。今日は先輩のお兄さんの車を借りて来たみたいで、なかなかの高級車です。傷を付けたら殺されるとか戯けた調子で言っていますけど、先輩、かなり上機嫌なのは間違いないです。


「先輩はドライブとか良くするんですか?」

「僕がするように見える?」

「基本、引きこもりの癖に、運転は上手ですよね?」

「そうかな〜」


 聖上大学は小高い丘の上にあるんですけど、大学の向こう側には呉甲山脈が連なっている関係で、小洒落たレストランとか、ペンションなんかが並んでいたりするんですよね。


 山の向こう側は有名な温泉地でもあるので、遠出をした若者が、温泉を楽しんで帰ってくることも多いんですけど、今日の私たちの目的地は呉甲山の中にある小洒落たレストランになるので、細いくねくねとした山道を、とにかく進んでいくことになります。


「先輩、よくあるホラー映画の展開なら、鬱蒼と生い茂る山道を進んでいくうちに道を間違えてしまって、全然違う場所に出ちゃったりするんですよね?」

「もーー、そういう冗談やめてくれるーー?」


 呉甲山へのドライブは聖上大学生の定番スポットみたいな物ですよ。途中に美術館があったり、オルゴール博物館があったり、牧場があったり、アスレチックがあったりと、観光スポットとしても有名だったりする訳です。


「金田一の展開だったら、この先にある洋館に泊まる展開になるはずですよね?」

「これから向かうのも洋館だとは思うよ?レストランだってフランス料理みたいだし」

「そこに一泊なんですよね?」

「もう!やめてったら!殺人事件展開はいらないって!」


 夏休み中、先輩に放置された恨みを晴らさんばかりに、先輩が嫌がる話題を振って行くのが私のマイブームなんです。顔色を悪くしてガタガタ震える姿を見るのが堪らないんですよね。


 今はべったりですけど、本当に夏休み中は放置されていたんですから、意地悪の一つや二つや三つはやらないと気が済まないところがあった訳ですけど、冗談抜きで、木々が鬱蒼と生い茂り過ぎているような気がします。怪しい雰囲気満点です。


「先輩、道を間違えていないですよね?」

「ナビ通りに進んでいるけど?」

「あんなに前後に居た車が、今は一台もないのは何故なんでしょうか?」

「た・・たまたまなのでは・・」


 街灯も少なくなって、アスファルトで舗装された道もどんどん細くなっていきます。これは二台通り抜け出来ないでしょうと思うほど道が細くなって行ったところで、ようやくレストランの看板が見えて来ました。


 夜景が有名な場所だけに山の頂上付近まで来たような気がするんですけど、レストランの前の駐車場に、車が一台も停まっていないのは何故なのでしょうか?

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