第52話 屍の声
盛り土をしたように一段高くなった場所に洋館が建っていて、洋館から階段を降りた下に広い駐車場がありました。
駐車場の周囲を木々が囲んでいるようにも見えるのですが、その木々の向こう側には、街の明かりのようなものがチラチラと瞬いて見えました。
レストランの電気も付いていますし、レストランの看板をライトが照らし出してもいるので、お店が休みということはなさそうです。
時刻は十八時二十二分ですので、まだ、他のお客さんは到着していないということかもしれませんよね。
先輩が車を停車すると、後部座席の方から、
「ここまで来てくれて有り難う、後はよろしくね」
と、女の人の声が普通に聞こえました。
バッと先輩が後部座席の方を振り返っています、私ももちろん振り返りましたとも。
本当に、普通に、女の人の声がしたんですよ!
なのに、なのに、なのに、後部座席に人が誰も居ないのは何故?
「嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ」
運転席を降りて、後部座席のドアを開いた先輩は、後部座席の隅から隅まで確認した後に、トランクまで確認した上で運転席へと戻って来て、
「兄の女が隠れて乗っていた訳じゃなかったよ」
と、そんなことを言い出しました。
「ちょっと、今、本当に普通に、女の人の声が聞こえたんですけど?」
「さつきが聞こえる程って、よっぽど上位の存在?いや、今はチャンネルが締め切っていないからそんなこともないのか?」
先輩は自分のバックからゾンビマスクを取り出してかぶっています、久しぶりにホラーマスクが登場したように感じます。
「怖いし、恐ろしいから、帰るか」
先輩はそう言うなり、車のエンジンボタンをポチッと押したのですが、車はうんともすんとも言いません。
「はあ?」
ゾンビマスク状態で、スタートボタンをカチカチ押す姿もシュールなんですけど、とにかく問題なのは、この今の状態で、車のエンジンが全くかからないということです。
「金田一で言うのなら・・」
「金田一はもういいから!」
「じゃあ、コナンくんで」
「コナンくんはもう会って来たから!」
先輩の中で、吾郎くんはコナンくんになっちゃっているんですね。
確かに、見かけは子供、中身は46歳ですしね。
「あの・・あの・・!」
知らぬ間に誰かが近くまで来ていたようで、懐中電灯を片手に持ったその人は、運転席の窓をコンコンと叩いて声をかけて来たのですが、なにしろ、運転席に座っているのが、ゾンビマスクをかぶったままの先輩だったため、
「うわあああああああっ!」
行天して尻餅をついちゃっていますよ!
◇◇◇
さつきには恥ずかしくて言っていないのだが、僕は生まれてこの方、彼女というものが出来たことがない。つまりさつきは、僕にとって生まれて初めての恋人ということになる。
僕にとって女性というものは、僕の顔に惹かれて寄ってくる害虫みたいなもので、うざったいし面倒くさいし、すぐに生き霊になって取り憑こうとするし、厄介な存在以外の何者でもなかったわけだ。
そんな僕に春が訪れたのだから、より一層はしゃがない訳がない。恋人が出来たばかりの男が考えることなんて、エロいことばかりになるのは当たり前のことだろう。泊まれることも出来る小洒落たレストランとなれば、大枚払ってでも予約なんか即取っちゃうよね。
るんるん気分で車を運転し、明らかにおかし過ぎる山道を進み続け、最終的には車が一台も停まっていない駐車場に到着し、挙げ句の果てには、
『ここまで来てくれて有り難う、後はよろしくね』
だよ。
レストランは取りやめて帰ろうとしても車は動かないし、懐中電灯を向けて来たやつは、
「うわあああああああっ!」
とか言って尻餅をつくし。
「大丈夫ですか?」
助手席から飛び出したさつきが助け起こしに行くので、仕方なく僕は運転席から降りることにしたわけだ。ゾンビマスクをつけたままの姿で。
「うわああああ・・あ・・え?マスク?マスクを付けているんですか?」
コックコートを着たその人物は、僕に懐中電灯を向けたまま尋ねてきたため、
「そうなんです!ほら!ハローウィンが近いから!余興なんです!先輩!失礼だから外して!」
僕の背中をさつきがぽかぽか叩きながら言い出した。
僕の彼女は可愛過ぎるんじゃないだろうか。そんなことを考えながらゾンビマスクを外すと、ようやっとホッとした様子の男性は、
「ご予約の玉津様ですよね?お怪我もなく無事にご到着いただけたようで安心致しました」
と、不穏なことを言い出した。
コックコートの男性は、頭はほぼ丸刈りで、人の良さそうな顔をした男性なのだが、下がった目尻が笑うとますます下がって細くなる。
「お食事の準備の方も出来ておりますので、お席の方にご案内させて頂きますね」
怪しい、怪し過ぎる。
本当に怪しいっていうのに、さつきは全然大丈夫みたい。
「ありがとうございます!先輩!早く行きましょう!ね!」
さつきが僕の背中を押しながらせっつくと、
「足元危ないので、ライトで照らしますね」
と、にこやかに男性は誘導を始めたのだった。
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