第53話  結局僕はドツボにはまる

 レストランの外装は日干し煉瓦を積み上げたような洒落た作りをしており、中はヨーロッパをイメージしたような木造の内装で、奥の方には大きな暖炉も備え付けられており、小さな炎が暖炉の中でチロチロと燃えている姿も良く見えた。


 天井からは香草などが乾燥した状態でぶら下がり、木製のテーブルと椅子が並べられた店内は、非常に居心地の良い雰囲気を作り出している。


「今日はご宿泊ともお聞きしております、当店ではワインのラインナップにも自信を持っておりますので、ご興味があるようでしたらどうぞ」


 席に案内した男性は、メニューと一緒にワインリストを僕の前に差し出すと、

「もちろん、ワイン以外のお酒も取り揃えております」

 壁にずらりと並んだリキュールのボトルの方を振り返りながらにこりと笑う。


 流石は夜景が美しいレストランと言われるだけあって、壁一面がガラス張りとなったテラスから街の夜景が美しく見えた。


「ケーキも色々あるんですね」

 さつきは夜景よりもケーキらしく、会計の隣に置かれた冷蔵ショーケースの方を見つめている。


「食後に食べたいなぁ、ちょっと見てきても良いですか?」

「もちろんどうぞ」


 コックコートの男性が笑顔で頷いた為、さつきは嬉しそうに立ち上がる。

 僕は椅子に座ったまま、男性に問いかけることにした訳だ。


「このレストランは予約を取るのが難しいとお聞きしていたんですけど、もしかして今日は定休日を無理やりあけて貰ったとか、そういうことになるのでしょうか?」

「いえいえ、そういうことでは決してないのですが」

「えええっ!!」


 さつきが仰天したように声を上げた。

「まなちゃん、ここのレストランのオーナーとお知り合いだったのかな」

「え?」

「何?」


 僕と男性は驚きに目を見開きながら、冷蔵ショーケースの前へと向かうと、さつきはレジの横に置かれた女性の写真の方を指差しながら、

「先輩、バイト友達のまなちゃんです。このレストランを紹介してくれたのはこの娘なんです」

 と、にこやかに笑いながら言い出した。


 確かに、蕎麦屋のバイト先で知り合った友達に名刺を貰ったとは言っていたけれど、その女の子がレジ横に置かれた写真の女性?

「ま・・な・・ですか・・」


 コックコート姿の男性が、ますます顔を青くする。

「そうです、まなちゃんです。名刺を私にくれたんです」

 さつきはそう言ってテーブルに戻ると、バックから財布を出して、そこから取り出した名刺を僕らの目の前に差し出した。


 その名刺を受け取った男性は、名刺の後に書かれた女性のサインのようなものを見て、涙をポロポロこぼし落としたのだった。

 嫌な予感しかしない。


「愛菜は・・三年前に死にました」

 でしょうね。そんなテンプレな展開だと思ったよ。


「えーっと、蕎麦屋でバイトをしているので、双子とか、他人の空似とか」

「いいえ、愛菜に姉妹はいませんし、このサインは愛菜のものです。このレストランを紹介する時にはサイン入りの名刺を渡すから、サービスしてあげてねって言われていたんです」

「さつき、もう帰ろうよ」

「いやいやいやいや」


 怖い、怖い、怖い、怖い。


『うぉおおおお』


 何処かで女性の唸り声みたいなものが聞こえたかと思うと、レストランのライトの一部が点滅する。

 ガタンッと、音を立てて椅子が横にずれて、人が居ない方角から足音がする。


 コックコート姿の男性はワッと泣き出すと言い出した。

「愛菜の幽霊がポルターガイスト現象を起こすので、お客さんも来なければ、従業員もみんな辞めてしまって!本当の本当に!困った状態に陥っているんです!」


「え?絶対に違いますよ」


 さつきは、何でそんなことを言うのだろうという、不思議なものでも見るような様子で言い出した。


「まなちゃんは例え死んでもそんなことをするタイプじゃないですって。それに、もしも霊障?ポルターガイスト?良くわからないんですけど、そんなものがあるのなら、それは、他に理由があるんじゃないんですかね?」


 パキンッパキンッと空中にラップ現象が起きているというのに、全く気が付かない様子でさつきは自分の席に戻ると、

「ああ〜、お腹が空いちゃった。先輩、何食べます?私、今日はお肉いっちゃおうかな〜」

 と、メニューを覗き込みながら言っている。


「え・・怖いから帰ろうよ」

 そんなことを言い出す僕の腕を掴んだこのレストランのオーナーは、

「御予約を頂いた時点で、食材を用意しているんですよ!フードロスについて考えましょうって!」

 と、言い出した。


「それに、愛菜のことを知っているのなら、相談にも乗って欲しいし」

「何故?死んでいるんでしょ?」

「藁にもすがる思いなんです!」


 レストランのオーナーは必死過ぎた、本当に必死な様子で僕に縋りついてきた。


「もしも解決出来たら、料理も宿泊も全て無料にしますし!」

「いやいやいやいや」

「一年間無料クーポン出します!ね!ダメ?ね!」

「うーーん」


 完全に巻き込まれた、絶対にまた呼ばれた感じ。

 キャンセルが入ったから予約が入れられますだなんて、はめられた感が半端ないし、解決しなくちゃ抜け出せない臭がぷんぷんする。


「本当に食事宿泊無料なんですか?」

「もちろん!」

「一年分クーポンも!」

「もちろん!もちろん!」

「先輩!早くメニュー決めましょうよ!」


 僕はとりあえず腹を括ることに決めた。とにかく、霊障が起こるまでは予約でいっぱいだったというレストランのメニューを味わい、さつきとのイチャイチャも絶対にする!


 幽霊?ラップ現象?そんなもの、今はどうでも良いということにしよう。

「先輩、夜景が綺麗ですよねー、席が空いているのなら、もう少し夜景がよく見える席に移動しても良いですか?」

「もちろん!すぐにご用意致します!」


 さつきは女の呻き声も聞こえていない様子だし、霊障も感じていないようだから、それほど強力なやつでもないのだろう。


 浅はかな僕は、そんな風に軽く考えた末に、屍の声に誘導されるまま、再びドツボにハマることになるのだった。


                    〈 完 〉

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屍の声 もちづき 裕 @MOCHIYU

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