第46話  二人のその先は

 蛇の神様に渡された特級呪物だけれど、あれの所為でさつきの中のチャンネルが開いてしまったようで、彼女の内に秘めていた力が大量に外にまで溢れ出ているような状態だった。


 怨霊の昇華から辺りが神気に包まれているから、今はまだ分かりづらいとは思うんだけど、開けっ放しはかなりまずい。僕程度の人間では、守れる状態じゃなくなってしまう。


 呪いにかけられた人を救うのは愛している人とのキスだとか、おとぎ話で良く語られているけれど、僕はこちらの世界に彼女を繋ぎ止めておくために、全てを注ぎ込むつもりで彼女を愛した。


「お前さ、いつ、誰とどんな状況になるか分からないんだから、男の嗜みとして財布には常備しておけよ。一個、入れておいてやるからさ!一個じゃ足りない?じゃあ、サービスで三つ!」


 何も言っていないのに、財布に男の嗜みを突っ込んで行ってくれた兄よ、今は本気で感謝している。僕は絶対に彼女を手放したくないから、彼女の全てを隅から隅まで暴いていった。彼女の感じる場所も、甘い吐息も、潤んだ瞳も、全て、全て、僕だけのものにしなければ気が済まない。


 絶対に誰にもやらない。

 彼女は僕だけのもの。

 そうして体を繋げながら、彼女の開き切ったチャンネルをできる限り閉じていく。


 神気に彼女が魅入られぬように、あちらの存在が彼女に手を出さないように、どうしても僕の力程度では全てを閉じ切ることは出来ないけれど、

「やっ・・もう・・先輩・・無理・・無理・・」

 汗に濡れた彼女の体を容赦なく責め立てる。


 ごめんね、こんなことになってごめんね。

 だけど、僕は君のことを、到底離してはあげられないんだ。

 絶対に奪われたくない。

 絶対に誰にも、絶対に誰にも渡さない。



      ◇◇◇



 大学に入ってからもストーカー被害を受けただけで、浮かれた話が一つもない私こと天野さつきは、同じ学部の先輩である玉津たくみ先輩と、ひょんなことから顔見知りとなり、その後は使い勝手の良い駒というか、お守りというか、何というか、


「天野さん、アルバイト料はきっちり払うからマスク作りを手伝ってくれないかな?」


 金の力に負けて、先輩のホラーマスク制作の助手のような仕事をするようになったわけです。


 聖上大学では、九月に毎年行われる大学祭では『ハローウィンパレード』を開催したりするため、ホラーマスクや特殊メイクの需要は高かったりするんですよね。それは大学だけでなく、世間一般的に需要が高くなる季節でもあるので、先輩は荒稼ぎをすることになるわけです。


 ブラジルのリオではサンバカーニバルのために一年前から用意をするそうですし、青森でもねぶた祭りのために一年前から準備が始まるそうです。うちの先輩は夏のお化け屋敷と、秋のハローウィンのために、一年中、マスクを作り続けている(しかもそれがかなりの高額で売買される)というわけですね。


 そんな先輩とは夜中まで作業していたことも、泊まりがけで作業したこともありますし、夜中まで二人っきりとか、朝方まで二人っきりなんてことは良くありましたとも。


 だけど、いつでも何処でも、先輩はあくまで先輩で、どれだけ密に接触していても、そこに男と女のラブ的な感情って無かったんですよね。


「・・・・」


 目を覚ましたのは明け方で、ベッドの中で私は身じろぎしていました。

 ガッツリ後から先輩に抱きしめられているんですけど、ぐっすりと眠っていた先輩は、腕の中から私が脱出しても気が付かない様子。


足元に蹴られているバスタオルは、あれですね、汚したら大変だから〜的な感じで敷いていた奴ですよね。これは、風呂に持って行って洗ったほうがいいかもって奴です。


 何せ私は初めてだったので、腰は痛いし、股の違和感半端ないんですけども、女風呂の方へと足音を忍ばせて向かうことにしたんです。


 そうして女風呂に移動すると、丁度、脱衣所で浴衣を脱いでいた小道具担当の佐川由希さんと顔を合わせることになりました。


「お・・お・・おはようございます・・」

「おはようございます」


 空気を読まない小道具担当、佐川さんは、私をジロジロ見ながら言いました。

「明らかに事後ですよね?」

「うっ・・」

「お二人って付き合っていたんでしたっけ?全然知りませんでしたよ!」


 佐川さんは、小柄な割には結構お胸があるんですね。

 私は汚れたタオルを脱衣所の棚の奥の方に押し込みながら、

「いやー〜、付き合ってはいないですね」

 と、答えました。


 そうです!付き合っていないです!私たちは、幽霊に怯える先輩と、幽霊が見えない(霊障が起きない)後輩として、ドライに付き合ってきた先輩後輩の仲でしたよ。


「赤峰先輩が言っていたんですけど、めちゃくちゃ幽霊が出たとか何とかで」

「そ・・そうですね・・」

「それじゃあ、吊り橋効果的なもので、一時的に盛り上がっちゃった的な感じ?」


 ああ〜、みたいな感じで素っ裸の状態で、胸の前で腕を組みながら私の方をジロジロ見ないで欲しい。私だって、身体中キスマークが残されている自分自身にドン引いているんですって。


「そういうことありますよね、私も経験ありますし」

 一緒に浴室に移動しながら、佐川さんは言いました。

「私、中学高校と水泳部で、高校二年の夏休みは市営プールの監視員のバイトをしていたんですけど」


 シャワーで一旦、体を洗い流しながら彼女が言うには、

「私の場合は、夏の花火大会の日でしたね。夜の花火大会の前に、みんなで川に泳ぎに行こうってなって、川で遊んでいる時に足がつって私、溺れちゃったんですよね」

 溺れそうになった時に助けてくれたのがバイトの先輩で、その後、花火をみんなで見に行ったのに、二人で途中で抜け出して、最後まで致してしまったというお話。


「天野さんたちが、何かの情熱をぶつけ合うような行為だけの関係だったとしても、その後はラブラブのカップルとして交際を続けることになったとしても、私には関係ない話なんですけどね」


 佐川さんは私の方をじっと見つめながら言い出した。


「いっときの雰囲気に流されてそういうことになるってこと、意外に身近にありますよって知って貰いたかっただけなんです」


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