第25話 金田一展開
「狩野くん、申し訳ないんだけど、僕らは今から情報収集に行かなくちゃならないから、狩野くんにお守り販売を任せちゃってもいいかな?」
案の定、早めに劇場の方へ向かうと、演劇サークルの部長である狩野が、台本片手にちょっと驚いた様子でこちらの方を振り返った。
「え?情報収集?何処かに出かけるの?」
「この村には村営の郷土資料館があるから、そっちの方に行って、この場所が歴史的にどんな場所だったのかってことを調べてくるよ」
「そうか、分かった。お守りを売ったお金は表にしてまとめておくことにするね」
クソ真面目な狩野は、袋のなかにどさっと入れられたお守りを種類別にして、数を数え始めている。
「全部、一律千円でいいんですよ?」
「何のお守りがどれだけ売れたか分かった方が良いと思うからね」
真面目だ、本当に真面目すぎる。
数えている姿を後ろから眺めていると、交通安全やら家内安全、健康長寿のお守りの他に、安産お守りも入っている。親父は一体何を考えているのだろうか?
「それで、萌衣子の方はどうなった?顔を見に行ったんでしょう?」
「ああ、目を覚ましたよ」
「そうか!」
「だけど、彼女、声が出なくなっちゃったんだよな」
「えええええ?」
彼らが今年学祭で講演する演目として選んだのが『オペラ座の怪人』クリスティーナのライバルのカルロッタは、劇中、怪人によって声が出なくなってしまう。
そのカルロッタ役の立仙萌依子の声が出なくなったって言うんだから、ビビるだろうよ。
「オーナーさんの奥さんが午前中に二人を病院に連れて行って、その足で警察に被害届を出してくるって言っていましたよ?」
お守りを仕分けながら僕らの話を聞いていたさつきが補足するように言い出した。
「病院では心因性によるものだって言われそうですけどね、だけど、原因は他にあるかもしれないんです」
「他っていうと幽霊的な?」
あー〜、幽霊なんて言い出すものだから、周囲の蛇の霊が騒々しくなっているぞ。
「そうですね、とりあえず原因になりそうなものを調べに行くので、うまく見つかれば良いんですけど」
カタタタンッと、人が居ない方向から物音がした為、高さ5センチくらいまで狩野が飛び上がっている。
「だっ・・誰?」
奥の方を振り返ってみても、人影は見えない。
完全に霊障によるものだけど、可哀想だから言わないでおこう。
「とにかく、劇の稽古はさ、ファウストとかクリスティーヌとか、カルロッタが関わらない、コーラスとか、コーラスとか、コーラス部分とかを練習したら良いと思うよ」
「そりゃ、絢女は帰っちゃったっていうし、邦斗と萌依子が病院と警察に行っちゃうから、結果、そうなる事になると思うんだけど」
「絢女さん、居ないんですか?」
「ああ。不審者に襲われて萌依子が倒れてから、ずっと邦斗が付き添っていたんだけど、それが気に食わなかったみたいで、珍しく兄妹喧嘩をしたみたい。それで絢女だけ帰っちゃったって言うんだよ」
「それ、本当なんですか?」
さつきが訝しげな声をあげている。
「あれだけのブラコンですよ?ちょっと喧嘩したくらいで、家に帰っちゃったりするのかな?」
「だけど、朝の七時に点呼した時には、すでに、本人も、持って来た荷物も無くなっていたんだよ」
「点呼が朝の七時って早くない?僕だったら絶対に寝ているよ」
「昨日、あんなことがあった後だから、翌朝、一人くらい居なくなっているのが、金田一展開じゃないか!だから僕は、みんなに怒られながらも、部員の数を数えて行ったわけで」
「そこで絢女さんが居なかったら、それこそが金田一展開じゃないですか!」
なんなんだよ!金田一展開っ!て、僕も思うけど、そうだよね、本当に金田一の展開みたいだよ。
あれだよあれ、金田一耕助の孫とやらが、合宿に行っては殺人事件に巻き込まれ、雪山に行っては殺人事件に巻き込まれ、友達の別荘に行っては殺人事件に巻き込まれ、とにかく、何処に行っても、殺人事件に巻き込まれるんだよ。
あいつがどこかに出掛ければ、もれなく誰かが死んでしまう。と言っても過言ではないくらい死んでいるよな。しかも毎回、登場人物の半分以上が死んだりするわけだから、そこを部長が今回の合宿に当てはめて心配したとするのなら、朝の七時の点呼も許してしまうかもしれない。
「天野さん、僕も、絢女の失踪は、まさしく金田一展開だと思うんだよ〜」
「勝手に失踪扱いも良くないと思うよ?本当に、兄が恋人とイチャイチャするのを見るのが嫌で帰っちゃったのかもしれないし!」
「朝、七時前に出発して帰っちゃうんですか?」
「一応、調べたんだけど、ホテルから一番近くにある川津駅の始発の電車は六時半だった」
「それじゃあ、私たち、資料館がある街の方へ行くので、帰りに駅に寄って、駅員さんに絢女さんが電車に乗ったかどうか訊いて来ましょうか?」
「本当に?行ってくれるの?」
何時でも何処でも兄と一緒に居るんだから、喧嘩をしたってだけで、側を離れるとは思えない。それに〜、色々と〜、怖いから〜、そこについては、あんまり考えないようにしているわけで〜。
『ヴゥウウウウウッ』
上の方から女性の呻き声のようなものが響いて来た!
「え?」
「嘘?今の何?」
「上の方からして来ましたよね?」
「女性の声?」
狩野とさつきが、上を見上げながらキョロキョロしているけれど、僕は反対ににこやかな笑顔を満面に浮かべた。
「きっと窓がちょっとだけ開いていて、その隙間から入ってくる風の音が聞こえたんじゃないかな?」
「ええ!先輩、それ本当ですか?」
「窓って何処?何処にあるの?」
「先輩、嘘ついてないですよね?」
「嘘ついてないよ!さあ!早いところフィールドワークに行って来よう!」
僕はその場から走って逃げ出した。
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