第8話  ハゲゾンビ

 禿げ上がったゾンビマスクを装着状態の先輩に向かって私は言いました。


「先輩、スマートフォン出してください」

「なぜ?」

「いいから出して下さい!」


 浮気した彼氏にスマートフォンの提出を強要する彼女みたいな構図になっていますけど、私たちは同じ大学の先輩後輩という仲なだけなので、彼氏、彼女ではありません。


「なんで出さなくちゃならないの?」

「先輩、本当は分かっていますよね?」

「だってさ、なんでスマホが必要なの?僕は工場で、心霊写真なんか撮影して歩いていたわけじゃないんだよ?」

「いいから!早く!」


 押しに弱い先輩は、結局、ゾンビマスクを被ったままの状態で、ぶつくさ言いながらスマートフォンをテーブルの上におきました。顔認証を行うことが出来ないため、無理やりマスクを剥がして顔認証を行うと、ラインのアプリを開いて、スクロールを続けます。


「先輩、十日前に演劇サークルからの合宿のお誘い、バッチリ、ガッチリお断りのラインを送っているじゃないですか!」


 うちの大学には演劇サークルがあるんだけど、毎年、秋の大学祭で大々的に公演を行うことになるんです。確か、2泊の予定で長野の劇場付きのホテルで合宿をする予定だったと思うんですけど、

「玉津君が来たとしても!あなたは絶対に来ないでね!」

 と、演劇サークルのお姉様たちに釘を刺されているわけですよ。


 私は、送り状のシールを写真に撮っておいたので、演劇サークルが宿泊する予定のホテルの住所と、送り状の住所を確認します。


 ラインには今回、合宿予定の場所がきっちり記載されていましたからね。これで確認が出来ましたよ。


「サークルの合宿場所と、送り状に書かれた住所と、全く一緒じゃないですか」


 これをただの偶然だったと言い切ることが出来ないのが、神社の息子となる玉津先輩たるゆえんです。先輩ときたら、神社の息子だからなのか、幽霊関係のゴタゴタにやたらと巻き込まれる傾向にあるわけです。


「先輩がきっちりと断りラインを入れてから、隣の工場の霊現象が強くなって来たというようには考えられないですかね?」


「それ、こじつけにも程があると思うんだけど〜!」


 再びゾンビマスクを手に取った先輩は、頭からすっぽりと被ったままの状態で、イヤイヤするように首を横に振っている。


「先輩は、きっと、長野の川津村にある何か(多分幽霊)に呼ばれているんですよ。サークルの合宿に行かないって言っちゃったから、工場が霊障を起こして、倒産寸前の危機に追い込まれているんですよ!先輩の所為で!工場が倒産寸前に!」


「なんでそうなるんだよ!僕は全然!関係ないだろ!」


「助けて〜助けて〜っていう、いつものアレなんじゃないんですか?先輩に助けて〜ってお願いするいつものアレ」


「ヤダヤダヤダヤダ!絶対に嫌だ!」


 ゾンビは縮こまるようにして体育座りをしながら、貧乏ゆすりまではじめている。


 驚くべきことではあるんですけど、この世界には、死んだ後の魂が思念体とか、幽霊として残されているんですよね。


拠(よんどころ)ない事情によりこの世界に残った幽霊は、その力が大きければ大きいほど、自らが窮地に陥ると誰かの助けを求めるようなことをするんです。その誰かとは、霊力が強いと言われる方々であったり、神社の息子であったり。そうです、神社の神主の息子である先輩は、幽霊がらみで巻き込まれてばっかりの可哀想な大学生なのです。


「きっと今回のコレは、先輩が一向に長野まで行かないから、私にまでお呼びが掛かっちゃったってことなんですよ」


 何せ二日連続で指が切断されて、家の前まで飛んで来ているんですよ?さっきは、震度4レベルの地震があったし、メチャクチャ、ヤバそうな案件なのは間違いないです。


「社長さんが宿泊費用、移動費用一式持ってくれるって言っているし、先輩!どうぞ!合宿に参加して幽霊の根元を根絶して来てください!」


 そこではたと先輩は顔をあげると、目玉が垂れ下がったゾンビ顔を私の方へと向けました。


「根絶して来てください!ってなんなの?なんでそんな他人事みたいな言い方なの?君、社長さんについて行くんで大丈夫ですよ?みたいなことを言っていなかったっけ?」


 そうです、蛇の幽霊(私には見えなかった)がかき消えた後の社長は哀れそのもので、田舎に問題があると分かっても、その田舎に行ってどうすりゃいいのと(何せ、神社にお祓いをしてもダメだったのだから)苦悩にまみれていた状態だったため、先輩(神社の息子)が同行するから大丈夫ですよ、的なことを言って励ましておいたのです。


「ついて行くのは神社の息子である先輩です。私はただ、巻き込まれただけですし、明日から神社で巫女さんのバイトが三連勤状態なので、長野までついて行っている場合じゃないんですよね」


 私ったら、軽い霊障だったら抑える力みたいなものがあるみたいで、そこに座っているだけで、普段は起こりまくる何かがなりを潜めるらしいんです。だからこそ、非常に神社でも重宝されていて、巫女さんとして高額のバイト料をゲットしているというわけです。


「それは中止にするって言ったよね?」

「急にお休みするなんて迷惑かけられないですよ!」

「それじゃあ、きちんとお休みになるように父に言っておくから」

「やです!」

「もしも僕が君なしで長野まで行ったら、死んじゃうかもしれないよ?」

「なぜ?」

「だって、相手は震度4の地震を易々と起こしてしまうような力の持ち主なんだよ?」

「いやいやいや、地震とか言っても気のせいだったかもしれないし」


 その後、激怒した先輩によって、宿泊する荷物をまとめることになった私は、先輩の家まで連行されることになったのだった。長野まで社長さんの車に乗って移動するのは良いとして、ニコイチで行動するのは当たり前。


 ここまでお互い巻き込まれたんだから、勝手に逃げ出すのはやめようぜと、そんなことになって、翌朝早朝に出発することになったのだった。

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