屍の声

第7話 蛇の幽霊

　私、天野さつきは、霊現象に遭遇することはほとんどありません。

　見えたり、感じたりすることがほとんど無いんですけど、

「やば〜い！」

　と思うようなことに遭遇することは度々あるんですよね。今回も、そんな類になるのかと思います。

「とにかく、この桃はここから持ち出すのも危ないので、ここでお焚き上げした方がいいと思います」

　神社の息子である玉津先輩は、いろいろな相談（幽霊関係）を持ちかけられる関係で、神社を引き継ぐための大学へ進学しているわけでも無いのに、お焚き上げだけは上手に出来るようになりました。

　人と人との間には縁が生まれると思うんですけれども、これは幽霊相手でも言えることなんですね。なにしろ先輩は、そこらへんの芸能人であればひれ伏してしまうだろうと思うほどの美丈夫なんですよ。

　女の人だってその美貌にくらっと来て、フラフラと付いてくるほどの美形なんですから、幽霊だって付いて来るようになってしまうんです。お焚き上げしなくちゃならないような物を（呪物なんかも含まれる）実家の神社まで持って帰るだけで縁が出来てしまう為、バチッと断ち切るために、その場で燃やす決意をするわけですね。

　なにしろ、祈詞も暗記するほどのレベルですよ、幽霊が大嫌いな先輩としては、神社の神主の息子として最大限の威力を発揮するわけです。

　とにかく、高級桃を食べなかったことによる生産者さんの呪いとか、そんな話では無いので、先祖の供養のためにも、一度、社長は長野の田舎に行かなくちゃならないのでしょう。

　桃のお焚き上げも済ませて、

「お母さん、工場も開けられないし、色々とアレなようだから、明日、ちょっと、川津村の方に行ってくることにするよ」

　熊埜御堂社長がプレハブの事務所の方へ声をかけたんですけど、さっき、対応に出て来てくれた事務員さんが顔を出して、

「こんな時に、田舎に行く意味って何かあるのかしら？」

　と、至極真っ当なことを言い出したわけです。

「いやね、神主さんも事故したり、うちも二日連続で事故が起こったりしているし、どうやらその事故には田舎が関わっているみたいでね？」

　社長さんの言葉に、事務員さん（おそらく社長の奥さん）の顔が、どんどんと鬼のように変わっていきました。

「これから工場がどうなるかも分からないというような状況だっていうのに、貴方は、その工場をほったらかしにして、あろうことか、長野まで出かけてくるって言っているのよね？」

「いや・・それは・・」

「ラップ音とか霊障とか言い出して、貴方ったらやたらと大騒ぎしているけど、単なる思い込みでしょう？その思い込みで家業を疎かにする意味が分からないわ！貴方はこの工場を倒産に追い込みたいの？」

「いや・・だからその・・」

「また弟さんの霊がどうのと言い出すつもり？もういい加減にして欲しいんだけど！弟さんが行方不明になったというのは残念なことだったと思うけど、もう、過去の事として割り切りましょうよ！貴方も現実を見てくれないと困るわ！」

　その時、本当の本当に、何かの冗談でも何でもなく、バリバリバリッという轟音と共に、プレハブが震度４くらいの勢いで揺れ出したんですよ。

「ひゃあああああ！」

　私は思わず先輩に飛びついてしまいました。

　私はね、本当に、霊障とか幽霊を見るなんてことは、よっぽどのことがない限りないんですよ。何故か私が見えるのは、超強力な思念体、怨念とか、精霊とか、神様とか、そんな粋に近付いているような、超強力なものしか見えないんです。

　つまりは、私が霊障を感じた時点で、ラスボス登場みたいなものなんです！

怖い！怖い！怖い！本当に怖い！まじで怖い！

　先輩に抱きついたまま震え上がっていると、あっという間に地震がおさまったようでした。

　地震は収まったんですけど、その後、いくらラジオを確認しても、テレビを確認しても、地震速報は流れず、事務員さん（社長の奥さん）は顔を真っ青にして震え上がりながら言いました。

「わ・・わ・・わかったわ、後は何とかするから、貴方は長野に行ってちょうだい」

　奥さんの言葉と共に、

「消えた・・蛇が消えた」

　と、先輩が言い出しました。

　プレハブの事務所の中には巨大な蛇の霊が居たそうなんですけど（それは私には見えなかった）その蛇が、事務員さんの言葉と共に、スッと霞のように消えていってしまったそうなんです。

　その蛇の姿は熊埜御堂社長にも見えていたようで、顔色が真っ青を通り越して真っ白になっていました。

　私は幽霊とか霊障とか、そういうの、ほとんど見たことがないんです。私が見ることが出来るのは、会った時にはラスボスレベルというような状態なんですよね。

　かたや、玉津先輩は、小さな幽霊から大きな幽霊まで見えるタイプ。霊障も感じられるし、自分なりに（お焚き上げとか、お焚き上げとか）対応が出来る神社の息子様なわけですよ。そんな先輩は私と同じ学部の先輩となるのですが、有難いことに、先輩さえいれば、弱い奴（幽霊）、中位の奴（幽霊）、強い奴（幽霊）のレベルが判断できるので、いきなりラスボス登場とはならないわけなんです。

　さっきの地震からも分かる通り、今回、関わっているのはラスボス級だからこそ、私を誘き出すために指が連続してアパートの前まで飛んできたわけです。だからこそ、私は、先輩を社長の田舎とやらに送り込まなければならないのです。

「行かないよ」

「先輩？」

「僕は行かない」

「なんでそんなことを言うんですか？」

　私の住んでいるボロアパートに上がり込んだ先輩は、頭からゾンビマスクを被った状態で体育座りをしています。

「前から言っているけどさ、僕、本当に幽霊とか、悪霊とか、霊障とか、そういうのが、本当の本当に大嫌いなんだよ？」

「知っています」

　先輩は幽霊を見たくないあまりに、ドラキュラとかゾンビとか、フランケンシュタインとか、狼男のマスクをかぶって授業を受ける、学内でも有名な名物生徒様ですからね。

　ちなみに幽霊が嫌いなのに、何故、ホラーマスクを被っているのかというと、幽霊と同類になったように見えて、色々と見逃してくれそうな気がするからだそうです。そんなホラーマスクの制作者でもあるので、自分の作品を、ただ、ただ、見せびらかしているだけかもしれないですけどもね。

　現在、先輩が被っているゾンビマスクは昨年、学祭で使用したものであり、普段使いしている関係で目玉もだいぶ下まで落っこちて来ていますし、頭頂部の少ない髪の毛がますます薄くなっているような状態です。