第6話 桃の怨念
「これは・・田舎から送られてきた桃ですね・・」
僕らは桃の箱を、駐車場から少し離れた何も置かれていない地面の上に、とりあえず置いた。まるで爆発物でも入っているような扱いになってしまったのは仕方ない。出来るなら、このまま爆発物処理班を呼び出したいくらいだ。
「それじゃあ、とりあえず開けてみますね」
爆発物処理班として自ら名乗りをあげた、後輩の天野さつきは、何の躊躇もない様子で箱を開けると、大きな桃が九玉、腐り果てた状態で現れた。
「これは高い桃ですよ、一箱で4800円はすると思います」
「それは高いな・・」
何故、食べずに腐らせてしまったのか・・
「高級桃を食べずに腐らせたことにより、生産者さんの怨念が蛇となってここまでやって来たということになるのだろうか・・」
「んなわけないでしょう!」
腐ってドロドロに溶けてしまった桃は、焦茶色に変色してしまっている。箱の上蓋を持って眉を顰めている社長さんを見上げたさつきが、
「田舎から送って来た桃と言っていましたけど、どういった関係の方になるんですか?」
と、余計なことを尋ねている。
正直に言って、この先の話を僕は聞きたくない。
「それはうちの爺さんの代で・・」
「あの〜、すみません〜、問題のブツも判明したようですし、僕はもう、家に帰っても良いでしょうか〜」
爺さんの代なんて言葉から立てられるフラグに碌なものがないのを僕は知っている。どうせ、先祖とか、先祖とか、先祖とかの碌でもない話に繋がっていって、本来、巻き込まれなくても良いようなことのはずなのに巻き込まれるのだ。
僕は本当に、先祖とか、怨念とか、幽霊とか、そういう話は、実家の神社に奉納されるブツだけでお腹がいっぱい状態なのだ。
「天野さん、僕、もうそろそろ限界だから、お家に帰ることにするね」
「先輩!哀れな後輩を見殺しにするんですか!」
さつきは僕の腕をギュッと掴みながら言い出した。
「私、指が連続して家の前に落下している時点で、すでに巻き込まれ決定状態なんですよ!」
確かにそういうことになるのだろう、今回は、指が切断されて飛んでくるだけの力を持った何かが、後で蠢いているんだろうからね。
「いや、そもそも僕には何の関係もないし」
「関係なくはないですよ!見てください!この住所!」
見たくない、見たくない、本当の本当に見たくない。
「長野県上智群川津村って、先輩が懇意にしている演劇サークルが、泊まり込みで合宿を行うから先輩も来てくださいって誘われていた場所じゃないですか!」
そうなんだよ、僕は特殊メイクやホラーマスクを作る関係で、映画研究会所属とはなっているんだけど、演劇サークルやらダンス部とも関わりが深かったりするわけだ。
今回、秋の学園祭で演劇サークルが行う予定の演目が『オペラ座の怪人』らしくって、その怪人の特殊メイクを僕がやる予定で居るわけだ。そんな理由から、是非とも合宿にも参加して欲しいなんて言われていたんだけど、本番でメイクをするだけだからね?なんで僕が行かなくちゃならないんだってことでお断りしていた案件なんだよ。
「なんで演劇サークルの合宿の話なんかを天野さんが知っているわけ?」
「先輩狙いの女の子たちから、例え先輩が参加したとしても、お前は来るな宣言をされていたからです」
「なんで!なんで!なんで!君は僕の助手でしょう!」
とにかく、天野さつきは凄い。さつきさえ近くに居れば、僕は雑多な幽霊たちから離れられるのだ。だからこそ僕は、後輩である彼女にアルバイト代を払った上で、ホラーマスクを作成する際の助手として雇っているのだ。
「先輩とは、フィールドワークでもニコイチで行動することが多いじゃないですか。だから、先輩狙いの女の子たちから警戒されているんですよ」
そうなのだ、民俗学を学ぶ上でフィールドワークは絶対にやらなければならないことになるんだけど、このフィールドワーク、やっている最中に、数多の幽霊と遭遇することになってしまう僕としては、お守りとして天野さつきの存在が不可欠。僕狙いの女の子の存在など知ったことではないのだ。
「あのー」
僕たちから置いてきぼりを食らった状態の社長が、額の汗を拭いながら言い出した。
「この桃を何とかすれば、工場の営業を再開出来るということなのでしょうか?」
いや、そんな単純な話ではないな。
「この桃は、あくまできっかけだと思います」
本当に行きたくない、本当に行きたくない。
「田舎というと、祖父の代で、長野からこちらの方へ出て来たという話になるんじゃないですか?」
「そうなんです」
社長さんは、ちょっとだけ逡巡しながら言い出した。
「祖父は田舎の土地持ちの長男だったわけなんですけど、とにかく、田舎には居づらくなるようなことがあったらしくて、田舎からこちらへ出てくることになったんだそうです。そうして、祖父は田舎とは縁を切るような形を取っていたんですけど、私が小学校に上がる前の頃に田舎から人がやってきて、私の叔母が、本家へ嫁ぐことになったんです」
社長さんは、額の汗を拭いながら言い出した。
「叔母の息子と私の弟が同じ歳となって、よく遊びに行くようになったんですよね。私も弟のお目付役として長野に行くことが多かったんですけど、何とも居心地が悪いというか、気分が悪くなることが多くって。そうするうちに、弟が行方不明になる事件が起こったりして」
行方不明、嫌だ!嫌な予感しかしない!
「いくら探してみても見つからなくて、そうこうするうちに、また、あちらさんとは疎遠になっていたんです。だけど大人になってから、あちらさんはあちらさんで、ホテル経営で成功したとかなんとかでね。時々、こうやって桃を送ってくれるようになったんですけど・・」
桃が霊障の元と言われると、行方不明になった弟が関わって来ているようで、恐ろしいというようなことを社長さんは言い出した。社長の弟さんが行方不明になったのは、弟さんが6歳の時のこと。今から40年ほども昔のことになるという。
「工場を無事に再開させる為にも、一度、田舎に行かなくちゃいけないということなんですかね?」
「絶対にそうだと思います!」
天野さつきは腐った桃を見下ろしながら言い出した。
「玉津先輩も川津村に行く予定でしたし、二人で行って来たら良いと思います!」
「何故、僕が行くんだよ?」
「乗りかかった船という奴じゃないですかね?」
「じゃあ、君も行くよね?」
そこで、なんで私が行くんですか?みたいな顔をするのはやめてもらいたい。
「私、バイトがあるし」
「うちの実家で巫女さんのバイトだろ?親に話しておくから全然問題ないって」
「高額のバイト代が消えたら、私、生きていけないですよ!絶対に、巫女さんやりにバイトに行きます!」
「だったら僕も行かないよ!なんで僕が行かなくちゃならないんだって話!考えてみたら、僕、そこのアパートに住んでいるわけじゃないし!全然関係ないよね!」
僕らの会話を聞いていた社長さんが、
「移動費用も宿泊費用も、バイト代も出しますから!どうか私について来てください!私一人でなんて無理ですよ!無理!それに、工場の存続が関わって来ているので!うちを助けるつもりでお願いします!」
泣きつくようにして言い出したのだった。
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