第20話  たくみとさつき

 お分かりいただけただろうか?


 僕はね、熊埜御堂社長が自分の親族に対して行った聞き込み調査の結果と、今は病院に入院している自分の父との記憶の擦り合わせをした結果、昔、昔〜という枕詞から始まる一族由来のお話を聞いていて、もう、車から飛び降りて帰ろうかなと思うほどの恐怖を感じたわけだよ。


 社長が車の中で震えながら話す内容に、出て来たよね?出て来たよね?切断された指が出て来たよね?


 そもそも、無茶苦茶おかしいんだよ。工場の窓からポーンと機械に切断された指が飛んで行って、天野さつきのアパートのドアの前に落下するなんて、どんな奇跡的な放物線を描いたんだよって思わずにはいられない。


 しかも、二日連続だっていうんだよ?おかしいにも程がある話なんだって!ポーンと窓から飛んで行って、さつきのアパートの扉の前にポトリ。どうしてそんなことになったんだろう?生贄の代替として、当主が指切って山の主にお供えしたみたいなことを言っていたけど、天野さつきは山の主じゃないんだぞ?


 そもそも、山の主って何?湖とか池とかの主と言えば巨大なまずだったりすることが多いけど、山の主って?も○○け姫的なアレ登場ってこと?


 ファンタジーの世界だったらいいよ、

「ああ!綺麗!素敵だわ!」

 で終わるからさ!


 だけど、ファンタジーでも何でもない、現実世界だったらどうなんのよ?僕なんか、簡単に取り殺されちゃうと思うんだけど?


「うわーん!僕もう嫌だよ!帰っていい?ねえ、帰っていいよね?」


 車から降りずに粘っていると、呆れ返ったさつきが僕のホラーマスクを無理やり剥ぎ取って怒りの声を上げた。


「先輩!私、全然関係ないのにここに居るんですよ!」

 さつきは可愛らしい顔をくちゃくちゃにしかめながら言い出した。


「先輩は、演劇サークルの合宿に誘われていましたけど、私は誘われていない赤の他人なんですよ!それなのに、ここまで付いてきてあげたことを感謝して欲しいくらいなのに!」


「待て!待て!待て!そもそも、君のアパートに指が落っこちていたのが始まりだよね?僕んちの神社の前に落ちていたわけでもなく、君の家の扉の前に指が落っこちていたのが始まりだよね?だとしたら、そもそもきっかけは君ってことになるじゃないか!」


「違います!先輩が合宿参加を拒否ったから霊障が起こり始めちゃったんです〜!私の方が完全に巻き込まれた形なんで!先輩は責任を取る必要があるんですよ!」


「君の話、無茶苦茶すぎない?」

「まあ、まあ、まあ、まあ!」

 車の後部座席の扉に取り付いた社長が、懇願するようにして言い出した。


「これも何かの縁って言うじゃないですか!ね!お願いですから!」

「やだ!やだ!やだ!あんな蛇まみれのところに行きたくないですって!」


 呆然としているホテルのオーナーを放置して、降りろ、降りないの攻防が続く中、

「「「あああああ!玉津だ!玉津たくみ先生だ!先生!来てくれてありがとう!」」」

 赤峰とその仲間たちが、車の方へと突進してくることになったのだった。



         ◇◇◇



 お分かりいただけただろうか?

 暇があれば自作のホラーマスクをかぶって生活している、奇妙奇天烈、大学でも名物となってしまった玉津たくみ先輩は、とーっても人気があるのだ。


 丁度、朝食の時間だったのかな?


 外の騒ぎを聞きつけた演劇サークルの生徒たちが、歓喜を全身で表わしながら飛び出して来たんだけど、車の外に引き摺り出されて、二十人近くの生徒に取り囲まれた先輩は、もみくちゃ状態になってしまって、今から胴上げが始まりそうなテンションだ。


 サークルの部員たちは口々に色々なことを言っているんだけど・・


「夜中に百物語をしたんだけどさ、電気が突然消えるわ、ありえない場所で足音がするわで、めちゃくちゃ怖かったんだよ〜!」


 何故、こんな危ないホテルで、わざわざ百物語をやるのだろうか?


「邦斗が幽霊に襲われたんだよ!いや、違う、幽霊っぽい見かけをした不審者に剃刀で襲いかかられて怪我をしたんだよ!」


 幽霊じゃなくて不審者?人間?人間が一番怖いって良く言うよね〜。


「萌依子がそこで気を失っちゃって、まだ目が覚めないんだよ!霊障で目が覚めないっていう展開だったらどうしよう!」


 宿泊客が意識を失ってヤバイって言っていたけど、立仙萌依子さんのことだったの?


「昨日、手!手を見たの!」

「俺は女の顔を見た!マジで怖かったんだって!」

「怖いんだって!本当に!」


 演劇サークル部員のパニックがすごい。

 端に追いやられたホテルのオーナーさんと、熊埜御堂社長はポカンとしているよ。


 先輩の助手的ポジションで送り込まれた私、天野さつきもまた、菓子パンが入った袋とお守りが入った袋を持ったままポカンとしていたんだけど、ハッと我に返ったわけですよ。先輩のお父さんから預かった、手元の袋の中には山盛りの神社のお守り、これは売れる!


「はい!はい!演劇サークルの皆様!落ち着いてください!落ち着いてください!玉津先輩は逃げません!逃げずに今日は、こちらのホテルに宿泊予定となっております!」


 とりあえず、社長の仕事(月曜日には工場をあけないと倒産の危機が濃厚になる)があるので、一泊して帰る予定でいるんだけど、確か、演劇サークルの皆さんもあともう一泊する予定だったはず。


「それに、今回の危機的状況を察して、玉津神社の神主さんから神社特製のお守りを預かって来ております〜、支払いは現金のみ受け付けております〜」


 私がお守りが詰め込まれた袋を掲げながら声をあげると、部員たちが物凄い切羽詰まったような顔でこちらを振り返る。


 何?何?暴動が始まるの?まさか、金も払わずに玉津神社のお守りをぶんどるつもり?まさかの展開を想像して、目をパチパチさせていると、


「俺、財布部屋に置いてんだわー!」

「財布取りに行こう!」

「お金!お金!お金!」


 真面目な聖上大学生は、財布を取りに行くためにその場から駆け出したのだった。

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