第30話  尊き血を残すために

 僕にとっては昔すぎる話だし、異類婚姻譚みたいな展開になって、大蛇とお姫様の間に子供が生まれたのかどうかは知らないけれど、当時、何か特別な力を持った者が生まれたのは間違いない事実。


 特別な力を持つ者が忌み嫌われるのは今も、昔も同じことであり、狐の子、鬼っ子、蛇の子などと言われて虐められるのは良くあることだし、夫よりも嫁の方が人外(鶴だったり、天女だったり、狐だったり)だったりする話が山ほど多いのは、男尊女卑の思考が根深い、日本ならではの現象とも言えるだろう。


 平家物語にも出て来る大神氏族の当主緒方三郎惟栄は、あくまで僕の推測ではあるけれど、蛇とは全く関わりがない血筋だったのではないかと思うんだ。


 だけど、地方の豪族程度が源氏と渡り合うために、

「我は大蛇の子孫!天下の英傑とは我のことなり!」

 なんていうように喧伝しちゃったんだろうね。


 蛇は水神の遣いとも言われているから、水軍を率いるのにも丁度良いプロパガンダになっただろう。なにしろ、蛇の血を引く問題児は居たわけだから、そいつの力を利用して、自分こそが特別なのだと喧伝すればいいわけだ。


 実際に豊後水軍の活躍は目覚ましいものだった、ある一定の期間はね。

 最終的には、仲良しの義経を助けに行って、嵐で難破。蛇の加護を持たない緒方三郎惟栄は、憐れ、囚われの身となって以降、行方不明。すでに蛇の力が逃げ出した後だったから仕方がないことだよね。


 特別な力を求めた緒方三郎惟栄は、八幡宮総本山である宇佐神宮を焼き討ちにして、八幡の秘宝を奪い取ろうとしたという伝承も残されていたりする。

 そこまで特別な力に固執した緒方三郎惟栄と同じように、熊埜御堂家もまた、特別な力に固執したのは間違いない。


「血の純血を尊重する立場から、熊埜御堂家では近親婚が繰り返されたという話は聞いているんです」


 目の前の社長さんは、酷く憔悴した様子で僕の方を見上げた。


 僕は躊躇なく、天野さつきを膝の上に乗っけると、ぎゅっと震えながら抱きしめた。何でかっていうと、そりゃ、周りに怖い奴らが集まり始めているからなんだよ。


『アアアアアアア』


 とか、声が聞こえてきてオーナーさんも、ソファから飛び上がっているよ。

 僕の恐れ慄く姿があんまりにも酷いから、膝の上に乗っけたさつきが、スンと無表情になっている。いいよ、無表情でもいいから、そのまま抱っこさせてくれ!なにしろ怖いから!


「い・・い・・今、声が聞こえましたよね?」

 立ち上がったままオーナーが問いかけると、

「女の声みたいだったけど、演劇サークルの皆さんが練習している声かな・・」

 思ってもいないことを言って、社長が現実逃避をしようとしている。


「あ・・足音が・・」


 トントントントン、と、誰も居ない方向から足音がしてきたため、

「これって言わなくちゃいけないことなの?」

 と、熊埜御堂社長が顔を真っ青にして、怯えながら涙目になっている。


 尊き血を残すため、熊埜御堂家では近親婚を繰り返してきた過去がある。


 今では法律で禁止されている近親婚だけど、地方によっては戦前まで行われていたとも言われている。叔父と姪だとか、歳の離れた兄と妹だとか、古事記や日本書紀の中では、異母兄妹、異母姉弟なんかの結婚は数多く残されていたりするんだよね。


 だから、一族が近親婚を繰り返していたと言っても、そんなに気に病まなくてもいいじゃんないのと、僕なんか思っていたわけだけど、そういうことじゃないらしい。


「近親婚を繰り返してきた呪いなのか、何なのか良く分からないんですけど、熊埜御堂の家では、妹が兄に対して、必ず、物凄い執着を持つと言われているんです」


 社長の祖父にあたる熊埜御堂修吾郎さんは本家の跡取り息子、妹の郁美さんは赤ちゃんの時に養子に出されたのだと言う。


「熊埜御堂の女の情念は蛇のようにしつこく、最後には絡め取られるような悲惨な最後を迎えるとも言われる為、女児が生まれることになれば、その場で養子に出されることになるんです。祖父の時もそうですが、私の父の時にも、叔母が養子に出されているんです。熊埜御堂では女は育ててはいけないみたいな風習があるんですよね」


 そうやって養子に出したとしても、まるで何かに引き寄せられるようにして戻って来るのだという。そうして、熊埜御堂の主人、つまりは、自分の兄に懸想する。


「祖父の代では、妹の郁美が名前を偽った状態で戻って来て、女中として入り込んでいたそうです。そうして、入り込んだ郁美は祖父の寝所に潜り込もうとしたり、嫁や子供を殺そうとしたため、座敷牢へと入れられることになったんですが、そうこうするうちに、村で『魂抜き』が連続して起こるようになったんです」


 村人の魂が抜かれ出したら危険なサイン、年取った両親が全身を真っ黒に腐らせた状態で発見されることで、社長のお爺さんはある決意をすることにしたという。


「爺さんは、自分の持てる全てを分家に明け渡して、逃げるように街を移動することにしたんです。当時は戦後の混乱期だった為、祖父の一家が移動をすることは、何の問題もありませんでした。その後、『魂抜き』の現象もぴたりと止まり、郁美の異常なほどの執着も剥がれ落ちるように無くなったと聞いています。引っ越しを済ませた後に叔母が生まれて、叔母は熊埜御堂の風習に従って養子に出されたんですけど、後に、長野の分家へ嫁に行くことになったんです」


 養子に出されていた社長の叔母さんが、ホテルのオーナーさんの母親ということ。オーナーさんは真っ青な顔で震えながら言い出した。


「結局、父母の代まで特別な血に固執していると言えばそうなるんですかね?そうして、今、霊現象が起きているということになるんですけど、お寺は供養してくれないって言うし、結局、どうしたら良いんでしょうか?」


 未だに、

『アアアアアアァッ』

 と、聞こえて来るもんね!怖いよね!

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