第31話 それは憑依現象
「もう!無理!もう!無理!」
僕らがホテルのオーナーさんを筆頭にして応接室を飛び出して行くと、外から帰ってきた様子のオーナーさんの奥さんが、
「あなた?どうしたの?」
と、声をかけて来たわけだ。
奥さんの後には、陸守邦斗と立仙萌依子が、びっくりした様子で立っている。
午前中に病院に行って、警察に行って、被害届を出して来るって言っていたけれど、随分と時間がかかったんだな。
「お・・お・・おかえりなさい、ずいぶんじかんがかかったんだね・・」
棒読み状態の返答に加えて、震えながらオーナーさんが言っているものだから、奥さんが怪訝な表情を浮かべている。
「どうしたの?幽霊でも見てきたみたいな顔をして?」
「・・・!」
幽霊は見てないけど幽霊の声は聞いたよね『アアアアアアァッ』って言っていたもんね。
「お前も随分と顔色が悪いみたいだけど、何かあったのかい?不審者が捕まったとかそういう話だと有難いんだけど」
すると、スケッチブックを取り出した立仙萌依子、フリップ芸よろしくマジックペンを走らせると、こちらに掲げるようにして見せたのだった。
『カミソリで襲って来たのって、私が見た限りで言えば絢女ちゃんだったんですけども?』
「「「え?」」」
僕には彼女の言っている(書いている)意味がわからない。すると、再びペンを走らせた萌依子がフリップ芸よろしくスケッチブックを掲げてみせる。
『私とクニが貸切温泉に行ったら、脱衣所に絢女ちゃんが居たんです。また邪魔しに来たのかな?と思ったら、変な女の人が重なって見えたんです』
「「「はい?」」」
再び萌依子はスケッチブックにペンを走らせた後、掲げて見せる。
『重なって見えたのはおかっぱの女性で、クニはその女性しか見てないって言うんです。もう訳が分からなくって!警察の聴取でも時間がかかっちゃったんです!』
「やっぱり、まさかの憑依現象か?」
「赤峰の言っていた通りの現象が起こってんじゃん!」
丁度、劇場の方から移動してきたサークル部員たちも、フリップ芸を遠くから見ていたようで、赤峰と狩野部長が、若干震えながら声を上げている。
「邦斗、お前はさ、妹の絢女は兄妹喧嘩で頭に来て、荷物をまとめて先に帰っちゃったって言うけど、本当に帰ったわけ?半信半疑なところがあるんだけど?」
この合宿の責任者であり、部長でもある狩野が声を上げると、
「連絡はしてる、だけど電話に出ないし、ラインやインスタのDM送っても返事がないんだよ。親も家には戻っていないって言うし」
陸守邦斗は下を俯きながら答えている。
「そういえば、駅に行ったんですけど、絢女さんらしき人は見てないって言っていましたよ?」
さつきが手を挙げながら言うと、
「俺たち、絢女を見たかもしれない」
部員の一人が、戸惑った様子で言い出したのだった。
◇◇◇
私は女の人の声とか、足音とか、全然聞こえなかったんですよね?
だけど、目の前のおじさんたちが、
「ひゃあっ!」
とか、
「わああああっ!」
とか言い出して、遂には応接室を飛び出して行ったんですけども、これ幸いと私も先輩の強制抱っこから逃げ出してやりましたよ。
先輩は恐怖が最高潮になると、ブルブル震えながら、あっという間に私を抱っこしてしがみついて来るんですよ。流れるような動作は見事の一言に尽きるほどで、気がついたらお膝の上とか、霊現象が発生中は良くあります。
さらにストレスが極限状態になると、私の頭に顔を突っ込んで『私吸い』が始まります。猫の毛の中に顔を突っ込んで吸うのと同じ感じですかね。ドラキュラマスクのまま、私の頭に顔を突っ込んで、吸ってんですよ、頭がおかしいのかなと思いますよ。
部員の人たちは、劇中でも声が出なくなる役を演じる萌依子先輩が、本当に声が出なくなったということで、心配して走って劇場からホテルのエントランスホールまで移動して来たみたいなんですけども、フリップ芸によって明かされた真実。
脱衣所に現れた不審者は、やっぱり邦斗先輩の妹である絢女だった。だけど、どうやら、憑依されていた上での犯行だったらしい。
憑依された上での犯行ってなんなんだよ、犯行って?
そりゃ、警察の人も困惑状態でしょうよ。
オーナーの奥さんも、うちのホテルに出る幽霊は夫の大叔母にあたる人らしくって、髪型はおかっぱ、ワンピース姿らしいんですと説明。警察の人はますます困惑状態だったでしょう。
昨夜、不審者に襲われた男性被害者の腕の怪我は、確かに防御創だった。(防御創とは抵抗の際に出来る傷のことをいいます)
その後、ホテルの中や周囲を確認したが、不審者は発見されなかった。
不審者は男性被害者に対して『抱いてくれ』と懇願していたところから見るに、だいぶ不審な人物である。
その不審者が、被害者男性の妹だったはずなんて言われたら、
「うんん?」
ってなると思いますもの、そりゃ、聴取も長引くでしょうよ。
「その絢女だけど、私とまこと君が、廃神社があるっていう方に歩いて行った時に、姿を見かけたんだよね」
「そうそう、山の中に駆けて行く姿を見たけど、あれは確実に絢女だと思う」
ネット上で、酒巻山の廃神社については取り上げられている事も多くて、廃墟マニアは是非とも行ったほうが良いというコメントが並んでいるそうで、昼食後の休憩時間に、二人は散歩がてら廃神社を目指して探検に行こうとしたらしい。
途中、笹が生い茂り過ぎて、歩くのが大変そうだなという事で引き返すことにしたそうなのだが、そこで、絢女さんらしき黒髪の女性を見つけたのだという。
「でもね、絢女ちゃんは帰ったって言うし、昨日も幽霊騒ぎが怖かったし、もしかして、また私たち、見てはならぬものを見たのかなと思って、走って帰って来ちゃったんです」
「だけど、もしも絢女が帰ってないって言うのなら、廃神社のほうに居るのかもしれない」
「というか、お兄ちゃんが迎えに来るのを待っているのかもしれないよね?」
お兄ちゃんが迎えに来るのを待っている?
「怖っ」
思わず独り言を呟いちゃったよ?だって、熊埜御堂の怨霊グループは、お兄ちゃんが大好きっ子で構成されているんだよね?
「ぼ・・ぼ・・僕には無理だよ〜、廃神社に行くなら皆さんでどうぞ〜」
先輩が一歩も二歩も三歩も後退りながら言い出すと、逃さないとばかりに社長とオーナーが先輩を両側から押さえつけながら言い出した。
「乗りかかった船って言いますよね?ねえ?」
「行くでしょ?廃神社」
熊社長とオーナーの目がマジ過ぎて怖い。
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