第27話 ポツンと一軒家
玉津先輩はとにかく顔がいいんです。
どれくらい顔が良いかというと、おじいさんでもおばあさんでも、この子の為に何かやってあげよう!と、思っちゃうくらいには顔がいいんです。
そんな顔の良い玉津先輩効果があったのか、私たちはお爺さんが運転する軽ワゴンに乗せてもらって、中沢フクさんの家まで連れて行ってもらう事になったのです。
そう、連れて行って貰えたのは有り難い話なんですけど、舗装もされていない一本道を、何処までも、何処までも進んでいくような事態に陥った訳です。
どうやらフクさんの家は集落からかなり離れた位置にあるようで、完全なるポツンと一軒家に向かっているような状況に陥りました。
向かった先は、すでに田んぼとして使うのはやめてしまった棚田が広がる先にある一軒の農家で、その農家の前には一台の軽自動車が停車しています。
とりあえずお願いすれば、帰りは、駅まで送ってくれるかもしれません。
「フクさーん、フクさん居るか〜?」
おじいさんは勝手知ったる家といった様子で声をかけると、家の中から腰も曲がった小さなおばあちゃんが出てきました。
「今日は達夫さん来ているのかい?」
「ああ、今日は裏山の手入れをしているようだよ」
おばあちゃんは、家の裏に広がる山の方を振り返りながらそう言うと、私たちの方を見て、つぶらな瞳をキラキラと輝かせ始めたのです。
「なんだい!なんだい!今日はテレビの取材かなんかなのかい?ポツンと一軒家かい?予め電話でもくれたら化粧の一つもしたっていうのにね〜!」
「いや!テレビではないです!私たちは聖上大学の学生でして!」
学生証を見せながら、民俗学として地方の消えゆく文化や民間宗教などを研究していて、今は、海外と日本の蛇神信仰の違いについて研究しているという話をすると、
「大学の研究ね!それじゃあ、熊埜御堂さんのところには行ってきたの?」
と、おばあちゃんは言いだしたのだった。
「え?熊埜御堂というと、ホテルのことですよね?」
「そうよぉ、あそこのお家は、昔は山の神社の神主をしていたんだもの!」
神主?
私と先輩が顔と顔を見合わせていると、ここまで送ってくれたおじいさんも言いました。
「そうだよ、あそこの家は先先代の修吾郎さんが出て行ってから神主を辞めちゃったんだよね。代わりの人が来たには来たが、みんな長くは居続けず、結局、廃神社になってしまったんだよなぁ」
送ってくれたおじいさんはそう答えて、手拭いで汗を拭うと、
「達夫さんが居るんなら、学生さんたちの帰りは大丈夫そうだね?俺は田んぼに戻って草抜きしなくちゃなんないからさ」
と、笑顔で言って、車で颯爽と元来た道を戻って行ってしまったのだった。
◇◇◇
フィールドワークをしていると、田舎のお宅にお邪魔をすることはしばしばなんだけど、大概はお茶と漬物、時には干菓子。接待レベルが上がると、煮物がついてきて、最終ランクまで行くと、ご飯もの(おにぎりなど)が出てくる事になる。最高ランクで寿司の出前だよ。そこまで行くと、申し訳なさすぎて腰が引ける事にはなるんだけどもね。
98歳のフクさんはこの家に一人暮らしをしているので、街の方に住んでいる息子さん(達夫さん)が定期的に様子を見に来てくれるという。
「ここではね、少しだけお米も作っているから、うちで作ったお米でおにぎりを作ってあげようね。都会の人には珍しいでしょう?」
と言って、最初から接待レベルが高ランクを維持しているフクさんは、漬物、煮物、おにぎりまで用意してテーブルに並べてくれたのだった。
「わあ!美味しそう!早速いただきます!」
すぐに手を出す後輩、天野さつきは秋田の田舎育ちなので、こういった好意はすぐに受け取ってしまうのだ。まあ、何でもバクバク食べるところは有難いところではあるんだけど。
「フクさんは、この家にお嫁入りされたんですか?」
これはまず聞かなくちゃならないポイントだ。嫁入りだったら、土地の古い因習や、先祖代々、教え込まれるような話というものは聞かせて貰えずにいるかもしれないから。
「いいや、私は家付の娘でね、旦那さんは婿入りしてきてもらったの。お兄さんみたいな色男じゃないけど、優しい人だったのよぉ」
今時の98歳は本当に元気でしっかりしているんだよなあ。フクさんは、揶揄うように僕の肩を指先でツンツンしながら言い出した。
「うちのお父さんもね、山の神社の氏子をして居たんだよ。毎年、神楽舞をしていたのだけど、そりゃあ、立派な舞人だったのさ」
田舎に行けば行くほど、神楽舞は伝承され続けていたりするものだ。諸悪や疾病、災いを退けるために、氏子などの地元の人々が舞を奉納するんだよね。
「長野はね、伝統的な神楽舞が色々あったりするんだけど、熊埜御堂は、元々ここの土地の人ではないからね。神社の舞も特別に違うって言うんで、街の人が物珍しさで見に来るなんてこともあったくらいなの。そこで、うちのお父さんは大人気だったのよ」
「熊埜御堂さんは、元々はここの土地の人ではない?」
「元は平家の落武者だったかしら・・いや、違ったかなぁ、南から追っ手に追われて移動してきたって。だけど、今から六百年も前のことなのよ?随分昔に引っ越して来たって言うのに、うちの家も、他の家も、あそこの家は特別な家だって言っていたの。そりゃ、確かにあそこは特別な家になるんだけども」
「六百年前となると、源平合戦の時代って事になりそうですもんね?」
「熊埜御堂さんは、先祖は平家の落武者だったのかしら・・だけど、そうじゃないと言うように話を聞いた覚えがあるんだけど・・」
「僕らは異国と日本の蛇神信仰の違いを研究していると言ったら、山にある神社のことをおっしゃられていたと思うんですけど、山の神社、廃神社になってしまった神社では『ミシャクジ様』を祀っていたんですか?」
「いいえ、違うわ。諏訪とは全く別のものなのよ。うちの神様は『アナコ様』と呼ばれていたの。何で『アナコ様』と呼んでいたのかは覚えてもいないけど、子供の時から『アナコ様』『アナコ様』と呼んでいたのよ。だけどね、蛇神様を信仰するのはいけないことだと言われる時代もあったものだから、山の神社は素盞嗚神社となったのよ」
蛇と言えば八岐大蛇、八岐大蛇と言えば素戔嗚尊。
古代信仰を守り続けてきた人々は、まるで隠れキリシタンのように、他の神様を敬っているように見せながら、実際には昔から信仰していた古代神をお祀りしていたりすることが多いんだよね。
「山の神社は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)と八岐大蛇(ヤマタノオロチ)をお祀りしている神社だったの。だから、ここの神楽は素戔嗚神話をやっていたのよ。うちのお父さんは大蛇役が凄くてね、最後まで素戔嗚尊に抵抗する大蛇はいつもお父さんだったの」
そう言ってフクさんは、テレビ台の横にある、獅子舞のように口をパカパカ動かすことが出来る大きな蛇の頭を指さしてみせた。
「神社の神主さんがもうやって来ないということになった時に、うちのお父さんが神楽で使っていた蛇の頭を貰ってきたのよ。うちのお守りね」
フクさんはそう言ってにこりと笑ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます