第28話 異類婚姻譚
「はぁあああ、嫌に美形が居るものだから、遂にうちにも『ポツンと一軒家』が取材にやって来たのかと思ったんだが、大学の研究でバアさんの話を聞きに来たって言うのかい?」
山から降りてきたフクさんの息子の達夫さんもまた、立派なおじいさんだった。98歳の息子だからおじいさんなのは当たり前なんだけど、親も高齢者なら、面倒を見に来る子供も高齢者。これが今の日本の現実なんだよなと思わずにはいられない。
「海外と日本の蛇神信仰の違いを研究ねえ、確かに、蛇神信仰というと長野は有名らしいもんね」
フクさんからお茶を受け取りながら、手拭いで汗を拭った達夫さんはそう言って、にこりと笑った。
そうなんだよね、長野って蛇神信仰が実は有名だったりするわけなんだよ。僕なんか、工場の事務所で大型の蛇の霊を見たときに、そういうのが関わっているだろうなぁとは思ったもの。それで、熊埜御堂社長の田舎が長野で?なんやかんやあって祖父の代で移り住んできたなんて話を聞いた時には、絶対、そういう系の話なんだろうなとは思ったもの。
「前にも、学生さんたちみたいに、土俗の信仰を研究しているっていう人がやってきて、神社の奉納舞いを見学して行ったんだよ。色々と村の中も歩いていたみたいなんだけどね、どうやらうちの蛇神様は、ミシャクジ様とは違うんだろうという話だったんだ。そりゃそうだよ、熊埜御堂はここの人じゃあないのだものね」
「六百年前から移り住んでいるのに、ここの人じゃないっていうのも、本当に変な話なんだけどね」
フクさんは息子さんが座る縁側に座りながら言い出した。
「だけど、熊埜御堂は特別だから、それでいいんだって話なんだけどさ」
民俗学を学ぶ者にとっては『柳田國男』を外して語ることは出来ない。民俗学の第一人者と呼ばれるような人であり、かの柳田國男もまた、長野までフィールドワークにやって来て、石神信仰について研究をしているんだよね。山中笑との書簡のやり取りを『石神問答』として1910年に出版をしているしね。長野で石は重要なキーワードだったりするってわけさ。
つまりは何が言いたいのかというと、長野は昔から民俗学を学ぶ者にとって激アツな土地だったりするし、大和民族に抵抗をした先住民族の抵抗の跡というか、古代宗教の痕跡が散見しているような場所となるわけだ。
僕なんか、巨大蛇、震度四の地震、地震速報ちっとも出てこない、指飛んでくる、生贄文化、ときたら、『ミシャクジ信仰』が出てくるんだろうなって思っていたんだよ?
だけど、どうやらそうじゃないらしい。ポイントとしては『熊埜御堂』と、六百年前にお引越しして来ましたという話が、大きなヒントになりそうだ。
◇◇◇
フクさんにたらふくご馳走になった私達は、達夫さんに送って貰って、ポツンと一軒家から村の図書館へと移動する事になりました。
「うちの婆さんは若い子と話をするのが好きだから、フィールドワークっていうの?そういうのでまた川津までやって来ることがあったら、顔を出してくれたら喜ぶと思うから」
達夫さんはそう言って車で颯爽と帰って行きましたが、玉津先輩効果は凄いですよね。警戒心が強めの人でも、この美形を前にしたら、また遊びに来てね〜となるわけですもの。
「天野さん、フクさんの家に行ったことで、もう分かったよね?」
先輩は、達夫さんの車を見送りながら言いました。
「分かったよね?」
追い討ちをかけるように言われても、何を言っているのかが良くわかりませんよ。
「え?何か分かったんですか?確かに、棚田のお米は美味しかったですけども」
「お米じゃないんだよ、話の中に重要なポイントが山ほどあったでしょう?」
「えええ〜?」
棚田のお米で作ったおにぎり、大根の煮付け、きゅうりの糠漬け、おばあちゃん特製のやぶきたブレンド。
田舎の中のポツンと一軒家。
フクさんの旦那さんは神楽舞の名手。
素戔嗚神社と、素戔嗚神話。
太古から続く蛇神信仰。
蛇神様の名前は『アナコ様』諏訪の『ミシャクジ様』とは全く別のもの。
熊埜御堂は特別、六百年前に引っ越してきた。
「やっぱり、熊埜御堂家は平家の落武者なのでは?」
「熊埜御堂っていう苗字が多い土地は何処なのか調べてみて」
「えー!」
仕方なくネットで検索をすると、熊埜御堂という苗字が多いのは『大分県』という結果が出た。
「先輩、大分県みたいです」
「六百年前とは、源平合戦があった時代。つまりは平家物語が出てくるわけだけど、平家物語の中にある『諸環 (おだまき)伝説』って読んだことある?」
「ないですよ」
平家物語、隅々までなんて読まないですわ。精々、教科書に載っている部分しか読んだことなどないですよ。
「白い大蛇が華御本(はなのおもと)姫と神婚をしたって話、知らない?日本昔ばなしの題材にもなったことがあるんだけど」
「ええ〜っと」
昔々、和歌も堪能な歌媛様と称された華御本姫の元へ、夜ともなると、それはそれは美しい若者が通って来るようになりました。あまりにも美しい若者は、何処の誰かもわかりません。丑三つ時に現れて、夜明け前には煙のように消えてしまうのです。
あまりに不審に思った姫の姥は、麻糸をつけた針を若者の袴に刺して、その糸を頼りに若者の所在を辿ろうと考えたのです。
結果、姫と姥は、糸を追って洞窟の中までやってくる事になりました。そこに居たのは大きな蛇で、姥が刺した針は、大蛇の急所を刺したが為に、大蛇は瀕死の状態となっていたわけです。
「貴女はすでに私の子を宿している、必ず天下の英傑となるだろうから大神(・・)と名乗るが良いだろう」
と、大蛇は姫に向かって言いました。苗字が違うと思うんですけども。
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