第37話  幻覚?麻薬?

「嘘だろ!嘘だろ!嘘だろ!嘘だろ!無数の手が見えるって言ったら北海道の支笏湖だろう!ここは長野だぞ!場所が違うぞ!」


 走りながら大声で叫ぶ赤峰は、おそらく変態だと思う。

 カーブを描いた長い階段を駆け下りていくと、丁度、本殿の裏に回る形となった。


 神社の本殿の後ろ側に池があり、その手前に供養塔、右手には鬱蒼と生い茂る森が広がっているわけだけど、なんでか森の中には井戸がある。


 神社の本殿は巨岩が積み重なった崖の上に建っていたようで、巨岩と巨岩の隙間には小さな洞窟のようなものまであるようだ。到底人が入れるような大きさではないけれど、その洞窟の手前にある朱塗りの小さな社には、きっと大蛇の靈(たま)を祀っているのだろう。


 湧水で出来た池の周りには、反魂草が生い茂っているようで、緑色の手の平のような形の葉が池に浮かぶ上がるようにして見えた。


 ちなみに北海道の支笏湖でも湖の周囲に反魂草が生い茂っており、落ち葉が湖に浮かぶ季節になると、まるで湖から無数の手が魂を呼び寄せているように見えると言って、オカルトマニアなんかは、わざわざ撮影しに行ったりするんだよね。


 ちなみに、なんで赤峰が、

「嘘だろ!嘘だろ!嘘だろ!嘘だろ!無数の手が見えるって言ったら北海道の支笏湖だろう!ここは長野だぞ!場所が違うぞ!」

 と言ったのかというと、池で溺れてもがく絢女を、池から伸び上がる無数の女性の手が絡め取って水底に引きずり込もうとしているように見えるから。


 どう考えても反魂草の葉っぱじゃない、灰色とか黒色に染まった手に見えるよ?何故なのかな?意味わからんて。恐ろしいことに、蛇神様が住むと言われる池から、何十という女性の手が伸び上がっているように見えるのだが。


 きっと、氏子の人たちが拝殿で、幻覚作用がある何かを焚いていたのかもしれないな。もしくは、知らぬまに食べてはいけないと言われるキノコを食べてしまったのか?


 普通、湖で人が溺れているところを撮影したら、無数の手が出てきて引き込もうとしている姿が撮影されたと言うけれど、写真を撮影する前に、まずは助けてやれとも思うのは僕だけじゃないはずだ。


 そもそも、湖から出る幽霊の手を目にするのは写真上のことであり、目視しましたなんていう報告例、あんまり聞いたことがないんだけど。


 ちなみに、人が溺れ死ぬことが多い琵琶湖なんかは、湖底の砂に足が取られてしまって水面まで浮かび上がれないのが原因の一つでもあるらしい。


 過去に阪神が優勝した時に、五千人近くの人が道頓堀に飛び込んで死人が結構な数でたということがあったんだけど、道頓堀の底には結構な砂が溜まっている。その関係で、砂に足を取られて浮かび上がれず、最終的には死んでしまった人も居るのだと、地元の人は良く言っていたりするわけさ。


 この砂に足が取られる感覚が、まるで死人に足を引っ張られ続けているように感じるらしい。砂って案外、侮れないんだよなぁ。まあ、今見る限りの現象を説明するのなら、砂じゃなくて、ガチの幽霊が引き寄せているようにしか見えないんだけど。


「先輩!先輩!」

「・・・・・」

「先輩!現実逃避はやめてください!」


 バチンとほっぺたを叩かれた僕は、僕の頬を叩いたさつきを呆然と見下ろした。


「なんで、叩くの?」


「先輩が現実逃避をしているからですよ!」

 さつきはブルブル震えながら言い出した。


「赤峰先輩、何の躊躇もせずに助けに行っちゃいましたよ!しかも!しかも!女の幽霊が見えています!頭が女、体が蛇になっている幽霊が!二人を引き摺り込もうとしています!ラスボスですよ!先輩!」


「はあああ?」


 見ればなるほど、無数の女の手よりもヤバい奴が居るじゃないか。


ザッバン、ザッバン、真っ黒な水を弾き飛ばしながら、大きな蛇が池の中を泳いでいる。人魚みたいに腰から下が蛇だったらまだ、耐えられたと思うけど、首から上が女で、首から下が大蛇だわ。怖い!


「先輩!いくら怖がったって!人命救助が第一です!人間、やろうと思えば何でも出来るんですからね!私は絢女さんを助けに行ってきます!」


 僕が現実逃避をしている間に、社長とオーナーは、折れた笹を引っこ抜き、巨大蛇(頭は女)に向かって、びったんびったん、笹の枝葉を叩きつけている。


 なんでそこで向かって行けるの?相手、ほぼ怪獣だよ!これが熊埜御堂の血筋ってやつ?


「絢女!こっちだ!」

「こっちに腕を伸ばせよ!」


 胸にロープを巻いた赤峰が池に飛び込んで絢女を掴んだけど、溺れる絢女を救うために、カメラ片手に男二人が、絢女の腕を掴んでいる。


 何故、そこで何の躊躇もなく、女の手が無数に飛び出す池に飛び込めるんだ!変態か?


「ロープは木に縛り付けてきた!みんな!ロープに捕まって!」


 せっかく地上で待機できる状態だっていうのに、何故、最後の一人まで池に入るんだ?憑依されているのか?おかしいぞ!


「先輩!私は行きますからね!」

 もちろんお前も付いてくるんだろ?みたいな顔で、さつきが僕の顔を見上げている。


・前方に加賀神(人頭蛇身の神様)と無数の女の手(ほぼほぼ幽霊の手)。


・溺れる陸守絢女(何故、タイミングを合わせたように、池に落ちているんだ?他の人間を誘き寄せるための餌みたいじゃないか!)


・絢女を助けようと、化け物の池に飛び込んでいくバカ四人(いや、勇者と言っても良いかもしれない。僕には出来ない、絶対に)


・熊埜御堂おじさん二人組の、笹の葉アタックが効果があるみたいだ(普通、幽霊は人間の攻撃を喰らうことはないのだが、人頭蛇身の女性の化け物は笹の葉の威嚇攻撃で、絢女たちの方へは行けないみたいだ!)


・先輩、一緒に助けに行くのは当たり前でしょ、という強い視線(さつきは僕がいつでも怖がって背後から付いて歩いているから、今回も、絶対に、自分について来るものだと思っているんだな)


 僕は考えた、死なないためにはどうすれば良いのか、ぐるぐる考えた。こういうヤバい状況で最適解を出すのが僕は得意なはずだ!


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