第36話  赤峰を追え

 ここで僕一人だけだったとしたら、オーナーと社長の昔語りは殴ってでも止めていたと思うよ。神社の境内に続く石階段の上の方で、おかっぱ姿の黒いワンピースの女性が、しゃがみながらこちらを眺めているんだもん。怖いでしょ、絶対に怖いでしょ。


 黒のワンピース姿の女性は、ちょっと目が小ぶりで吊り上がっている感じの、日本人形のような顔立ちをした(古風な感じの)美人さん。

 どんな表情を浮かべているかは分からないんだけど、僕らの方をじっと見つめ続けている。怖い、本当に怖い。


 おじさん二人の話を聞くに、やっぱり蛇の子孫である熊埜御堂の血は特別なんじゃないのかな?代々、一族の者が生贄になったり、生贄の代わりに指を捧げたりしていたって言うし、その物凄い雨も、そのお婆さんが生贄となって止めたのだろう。


 マヤとかティオティワカンとか、アステカ文明が有名な、古代メソアメリカでは、心臓を摘出して神に捧げるなんてことをしたことが有名なんだよね。(それだって、生贄にしたのは、人よりも、ヤギなんかの動物の方が多かったみたいだし)


 なんというか、日本みたいに、川を氾濫させないようにとか、疫病を抑えるためにとか、水害がこれ以上、酷くならないようにだとか、そんな理由で生贄になるって、ヨーロッパとか北米、南米ではほとんど聞かないよね。独特な文化ってことなのかな〜。


「雨が本降りにならないうちに、神社に絢女が居ないか確認しなくちゃだな!」


 そんなことを言い出した赤峰は、頭にアクションカメラを装着し、録画状態を示す赤ランプをつけたままの状態で石階段を駆け上がっていく。


 第一行方不明者になるのは赤峰!お前がなるのに違いない!ゾンビ映画でも、一番最初に走り出した人間が、まずはゾンビに襲われることになるんだぞ!


「赤峰を追え!」

「何か撮れるかもしれないぞ!」

「おう!」


 音響、照明担当の男たちが、ハンディーカムを片手に階段を登り出しているんだけど、肥満体が多いからか、明らかに登るスピードが遅い。


「先輩!私も絢女さんが心配なので行ってきます!」


 早速駆け足で登り出したさつきを僕は至近距離で追いかけていく。怖くて怖くて仕方ないから!


 肥満三人組を置いて石階段を駆け上がると、神社の境内が見えてきた。


 左手に手水をするための手水舎が設けられていたけれど、そちらの方は、屋根は朽ちているし、雑草と竹に呑み込まれている状態。


 右手のプレハブ小屋が社務所なのだろう、鍵はかけられているけれど、窓の一部が破壊されているようだった。


 神社というと、木造の立派なお社を想像する人が多いかもしれないけれど、山奥に行けば行くほど、その神社を支える氏子の数が少ないほど、拝殿がプレハブやトタンで出来た建物だったりする場合が多いんだ。


 一つ言えるのは、資金不足だよね。


 昔は木造の立派な社だったんだけど、経年劣化により、建て直さなくちゃならない状況に陥ったけれど、その資金を集めることが出来ない。


 戦後から昭和にかけては、多くの神社が戦火によって被害を受けたから、とりあえず祭壇がきちんと祀られれば良いからということで、神様のために、みんなで焼け残った畳を持ち寄って床に敷いて、天井からは提灯や紙垂(しで)をかけて、神様のために華やかに装って、お金が貯まれば社を建て替える作業を行なって行ったんだろうけども、まあ、プレハブ止まりで終わっちゃうところも、それなりにある訳ですよ。


 そんな訳で、地元の人が参拝し、神楽舞の奉納も行われたという素戔嗚神社は、作りはプレハブ、屋根はトタン屋根、正面には大正レトロな電球がぶら下がっているんだけど、拝殿を守る鎮守の森が竹林となっている関係で『ザ・廃墟!』みたいな様相を呈しているわけだ。


 竹は成長が早いし、四十年そのまま放置していたら、もっと酷いことになっていたんだろうとは思う。


 おそらく氏子さんたちがそれなりに管理してくれているから、この程度で収まっているとは思うんだけど、周囲の竹の生い茂り方がエグい。


 鬱蒼と竹が生い茂る境内を、赤峰ズが撮影して回っている間に、ようやっと階段を登ってきたホテルのオーナーが、

「とりあえず、祭壇にご挨拶してから探しましょうか?」

 と言って、ポケットから鍵を取り出した。どうやら本殿の扉の鍵のようで、横開きの扉を開くと、靴を脱いで本殿の中に上がり込む。


 やはり、廃神社となった後も、氏子さんたちが管理をしてくれていたのだろう。

 普通、最恐の心霊スポットとか、最恐の廃墟とか言われるような場所は、雨漏りなんかで床が抜けている場合が多い。畳も腐り落ちていることが多いんだけど、ここの畳は綺麗に拭き清められているし、時々、風を通しているのだろう。


 まるで、神社の廃止手続きをしようと決めた、そのままの状態で保存されているみたいな状態で、奥の炊事場の食器は、当時、使用したままの状態で置き去りにされている。


 神社の空になった祭壇には、ワンカップのお酒とか、干菓子などが祀られている。廃棄すると決めた時に、神主によってこの神社の神様は持ち出されてしまったのだろうけれど、元々、土着の信仰が根強く残っていた土地柄なのだ。


 ご神体を持って行かれた後でも、神楽舞で使用する竜の頭は残されている。祭壇に残された竜の頭は四つのみとなっているけれど、残りの四つは、氏子が自分の家に持ち帰っているのだろう。


「ああ・・懐かしい・・」

 竜の頭の前に並べられるお菓子やお酒を眺めて、オーナーは涙を落とした。


「地元の酒蔵の樽が左右に並んで、その横にはこんな風に、竜の頭を置いていたんです。八岐大蛇が大好きな酒を祀るのが氏子の役目だと言って、神主にはならなかったけれど、祭りではいつでも父親が、酒樽を何個も奉納していたんです」


「私も覚えているよ。一度だけ、奉納舞を見たけれど、大蛇の舞がそれは素晴らしいものだった。うちの神社は素戔嗚様よりも、大蛇の方が存在感があるとか何とか、大人たちは楽しげに語っていたのは・・四十年以上も前のことになるのか」


 社長の弟さんが行方不明となったのが四十年前のこと、大叔母の郁美さんが入水自殺をしたのが四十年前のこと。


 当時の熊埜御堂家は、この社の伝統を背負いきれなくなってしまったんだろうな。だから、通いの神主に、廃止手続きを願い出た。


 氏子の人たちには熊埜御堂家の決断に否と言えるわけがない。彼らが自身を犠牲にして、自分たちを守ってきた歴史を知っているから。一人が行方不明、一人が自殺という結末を迎えて、この神社は、閉じられることになったわけだ。

 

「キャーーーーーーーッ助けてーーーーーッ!」


 遠くから、女の叫び声が聞こえてくる。

「女性、絢女さんの声じゃないですか?」

 女の幽霊は、神域となっているこの社の中には入ってこれないようだった。

 ここには何もない、ただ、神の残滓だけが残されている。


「天野さんが聞こえているってことは、本物の人間の悲鳴だと思う」


 僕の言葉に、みんながギョッとしたような顔で僕を見る。

 散々、心霊現象を体験し過ぎてしまったが為に、どれが幽霊の悲鳴で、どれが本物の悲鳴なのかわからなくなってしまっていたんだな。


「俺!探しに行ってくる!」


 即座に飛び出して行った赤峰を追いかける形で、全員が本殿を後にした。

 本殿の裏に問題の池があるようで、笹のトンネル状態になった苔むした階段を駆け降りていく、赤峰の背中をみんなで追う。

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