第11話 ホテルに到着
合宿することになるホテルには午後一時に到着。本来、チェックインは午後三時からとなるのだが、アーリーチェックインを利用して、午後二時から午後八時まで、劇場の舞台を使用出来るように予約をしておいたのだった。
「ええ〜!私!お兄ちゃんと一緒の部屋にお泊まりしたい〜!」
四人部屋を五部屋予約している関係で、誰がどこに泊まるのか、部屋の割り振りはすでに済んでいる状態だった。その為、チェックインを済ませた後は、それぞれの部屋に荷物を置いて来るように指示を出したところ、すぐさま、絢女が文句を言い出したのだ。
「だったらさぁ、お前ら兄妹だけツインルームでも予約したら?」
赤峰の言葉に、
「はあ?意味がわからないんだけど!」
派手な顔立ちの萌依子が鬼の形相でブチギレた。
「ツインルームが予約できるって言うのなら、私と邦斗が泊まるべきでしょう!」
「だったら、トリプルルームにするか?邦斗と三人で、色々なことを楽しんでくればいいだろ?」
赤峰の言葉に、
「はあ?」
「意味がわからないんだけど!」
萌依子と絢女が、不快感を露わにして睨みつけると、そっと手を挙げた小道具担当の佐川由希が、
「あの、ここはロビーになりますし、長々揉めていたらホテルの人の迷惑になりますよ!」
と、至極真っ当なことを言い出した。
「それに絢女さん、お兄さんのこと、大好き、大好きと言うのはいいんですけど、同じ部屋がいいとまで言い出すと、実の兄妹なのに禁断の関係なのかなって、私なんかはそんな想像をしちゃうんですよね」
小道具佐川の発言により、ロビーに集まった全員が一瞬、凍りついたように黙り込む。
「最近、読んだ小説もそうだったんですけど、兄妹の禁断愛がテーマになっている作品って、結構な数存在しているんですよね。ちなみに、私の読んだ本では、血が繋がっていても実戦経験ありって感じでした」
「おいおいおいおいおいおいおいおい」
そりゃ、異常な程のブラコン、異常な程の執着具合、陸守兄妹に対しては、周りも引いているようなところもあった。
みんながみんな、あれはおかしいなと思っているところに来て、実戦ありとまで発言されると、色々と気分が悪くなってしまう。
「ひど〜い!事実無根も程があるよ〜!なんでそんな酷いことを言うの〜?」
「だって、それだけ異様な関係に見えるんですもん」
ポロポロと涙をこぼしながら抗議の声を上げる絢女に対して、佐川由希は全く気にした様子がない。本当にそう思ったから、そう言っただけ。空気を読まないことにかけては天下一品かもしれない。
「と・・とにかく!時間がないから、荷物を置いて劇場へ集合!みんな!台本だけは忘れずに持って来るように気をつけてね!」
狩野部長が、部員たちが部屋へと移動していく姿を見送っていると、
「そういえば!お前の部屋って何号室だった?」
「確か、夜中にラップ音が聞こえるのは108号室だったよな?」
なんて会話まで聞こえてきた。ブラコンに幽霊、考えるだけで狩野部長の胃は激しく痛み出してくるのだった。
◇◇◇
陸守絢女は、自分が他とは変わっているということには気が付いていた。
父と母は共働きで、時には土曜日でも日曜日でも、
「急に仕事が入ったんだ」
と言って、絢女と邦斗を置いて出かけてしまう。
どうやら父には交際している若い女性が居るようで、土日も家にいないことがほとんど。父に浮気されている母はというと、
「マンションを共同名義で購入しているから、離婚したくても出来ないのよね!だけど、別に構わないわよ!あの人が好き勝手するのなら、私だって好き勝手するもの!」
と言って、お金を払って恋人を作るというママ活に没頭するようになってしまったのだった。
家に置いてきぼりにされているというのに、
「塾には行きなさい!」
「勉強しなさい!」
と、父も母もとにかくうるさい。
お金を払って私立校に入れてあげているんだから感謝しなさい!と、恩着せがましく言い出すけれど、私立校に行きたいだなんて一度も言ったことはない!
周りのみんなが行っているから、うちも行かないと恥ずかしいからという理由で学校を決められて、勉強漬けにさせられて、心も体もぺちゃんこになって潰れそうになる。
「絢女、大丈夫か?別に無理して勉強しなくてもいいんだぞ?」
絢女が潰れそうになると、いつでも助けてくれるのが兄だった。絢女にとって兄の邦斗はスーパーヒーローなのだ。兄さえいれば、絢女は何の問題もない。だから、兄にはいつでも絢女の近くに居てほしい。
「デートにまで妹を連れて来るなんておかしくない?」
「正気とは思えないんだけど?」
兄の歴代の恋人たちからは何度も言われた言葉だけれど、
「実の兄妹なのに禁断の関係なのかなって、私なんかはそんな想像をしちゃうんですよね」
そんなことを言われたのは始めてだった。
実の兄弟で禁断の関係って、一体どういう意味なの?
下世話にもほどがある!
兄は誰よりも格好良くて、いつでも絢女を救ってくれるヒーローなのだ。なんで兄と私は血が繋がっているのだろうと、考えない日はないけれど、兄と一線を越えたいなどとは思ったこともない。
「あああ・・頭が痛い・・頭が痛い・・頭が痛い・・・」
周りの目が気になって、思わずトイレに飛び込んだ絢女は自分の頭を抱えてうずくまってしまった。
「耳鳴りがする・・頭がガンガン痛い・・助けて・・お兄ちゃん」
トイレの鏡の隅の方から、真っ黒な目をした女がこちらを覗き込んでいることにも気がつかないまま、絢女は頭を抱えこみ続けている。
その鏡から身を乗り出した黒い塊が、渦を巻くようにして伸び上がり、絢女の髪の毛の中へと潜り込んでいく。そんなことにも気がつかないまま、
「耳鳴りが酷い・・」
いつまでも絢女がトイレでしゃがみ込んでいると、女子トイレの扉がノックされて、
「絢女?大丈夫?」
と、兄の邦斗が声をかけてきたのだった。
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