第10話  ブラコン登場

「思うんだけどさ、心霊現象が百パーセント起こるホテルだって言っても、特殊メイクの玉津くんを連れて行けば問題ないんじゃないかな?」


 そんなことを言い出したのは、ヒロイン・クリスティーナのライバル、カルロッタ役を演じる立仙萌依子だった。萌依子は華やかな顔立ちをした美人であり、咲き誇る薔薇のような存在感のある役者でもある。


 美形で有名な玉津たくみに対して熱心にアピールし続けていたのはサークル内では有名な話。


 あまりに素気無い態度を取られるし、そもそも、暇があればかぶっているホラーマスクが気に食わないしで、玉津たくみは諦めて、現在、怪人エリック役となる陸守邦斗と付き合っているのだが、彼女は、たくみの美しい顔を愛でるのが好きなのだ。彼が合宿に参加するとなれば、あの美しい顔を遠くからでも、近くからでも眺めることが出来るに違いない。


「私も玉津くんに来て欲しいです!」

「幽霊とか出たとしても、神社の息子の玉津くんがいればお祓いとかしてくれますもんね!」


 女子がそんなことを言い出すと、男子部員も声を揃えて言い出した。


「確かに、霊媒師はいた方がいいよな」

「霊障とか持ち帰って何かあったら嫌だもんな」

「玉津には是非とも合宿に参加してくれないと困るよ!」


 玉津たくみは実家が神社で神主の息子というだけの話で、霊媒師というジャンルに属する人間ではないのだが、幽霊の相談を持ちかけられることが多すぎるが故に、学生たちの間では勘違いしている人間が多く居る。


「それじゃあ、ダメもとで誘ってみるけどさ」

 部長の狩野は、みんなの意見に押される形で玉津たくみを誘いに行ったのではあるが、

「嫌だよ!なんでそんな所に行かなくちゃいけないの?」

 と、たくみはホラーマスクを深くかぶり直しながら言い出した。


「そのホテルの周辺の集落は、姥捨山の舞台にもなった場所とも言われているし、本当に老人が捨てられたような形跡は残されていないと政府が調査をして断言をしていたとしても、そういう伝説が残るような地域は、人柱文化が残っていたりするから!絶対に!絶対に行きたくないんだよ!」


 さすが、民俗学専攻の生徒である。

 ピシッとお断りする内容が物騒すぎて、部長の狩野の胃がキリキリと痛み出してきた。


「僕らが泊まる予定のホテルなんだけどさ、心霊現象が百パーセント起こるとか言われるホテルでさ、色々と怖いから是非とも一緒に行って欲しいんだけど・・なんだったら除霊料として、玉津くんの宿泊費用は部費から出してもいいと思ってるくらいだし!」


「なんなの?除霊料って?僕は確かに神社の息子だけど、跡取りは兄だし、宮司の資格を取るための大学にも通ってないし、お祓いの仕方なんか知らないよ?」


 結局、その後の部員たちによる勧誘にも、うんともすんとも言わずに拒否し続けた玉津たくみは、演劇サークルの合宿参加をきっちりはっきり断って来たのだった。


 恋人が居るというのに、いまだに玉津狙いの立仙萌依子は、

「玉津くんが合宿に参加したとしても、絶対に貴女は来ないでよね!」

 と、玉津の助手であり、学部の後輩である天野さつきに牽制まで行っていたけれど、結局、部員だけで合宿がスタートすることになったのだった。


 合宿の参加人数は20名、今回の劇場は舞台装置を使用することも可能のため、小道具係や照明、音響も参加することになる。家から通う生徒は可能な限り、親の乗っている車を貸し出してもらうようにして、それでも車から溢れたメンバーは、部長の狩野がハイエースを借りて、メンバー一同を乗せて移動することになったのだった。


 このハイエースの車には、怪人役の陸守邦斗とカルロッタ役の立仙萌依子の他に、邦斗の妹の絢女が乗り込むことになったのだ。三人の役者の他には侯爵役の赤峰玲央と、照明、音響担当者が同乗する。


「お兄ちゃん!見て!見て!次のサービスエリア!コロッケが美味しいところで有名なんだよ!」

「邦斗、これから行くホテル、貸切温泉もあるんですって!予約出来たら一緒に入りましょうよ!」


「お兄ちゃんは、私と話しているんだけど?」

「何を言っているの?このブラコンの変態!邦斗は私と話しているのよ!」


 ヒロインのクリスティーナ役となる陸守絢女は、典雅な顔立ちをしており、白百合のような清楚さを併せ持つ美人なのだが、強烈なブラコンであり、兄がラブ過ぎて同じ大学を受験し、兄を追いかけて演劇サークルに入部した、英文学科の二年生となる。


 オペラ座の怪人と言えば、ガタイが良く、ワイルドなイケメンという条件から、怪人役は陸守邦斗に決定となっているのではあるが、兄が怪人になるなら絶対にヒロインになりたいと豪語して、最有力候補だった萌依子を押し退けて、妹の絢女が主役に抜擢されたのだ。


「うわー、この三人が乗り込むのなら、他の車にしておけば良かった〜」


 助手席に乗り込んだ赤峰が顔を顰めながら言い出したけれど、後ろの三人は誰も自分の車に乗せたくなかったら、ハイエースに移動して来てしまったのだ。


「しっかし、萌依子も良くやるよな〜」

「それは本当にそう思う」


 運転をする狩野は、ため息まじりで後方で騒ぐ三人組をバックミラー越しに眺めた。

 

「なあ、赤峰、うちの大学で一番の美形と言えば誰だと思う?」

「一番の美形?男でってこと?」

「そう、そう」

「だったらやっぱり玉津じゃね?」


 そうなのだ、特殊メイクが得意な玉津は裏方に回って絶対に表には出て来ないのだが、とにかく尋常じゃないほどに顔が良い。そこらの役者なら平伏して拝むほどに、奴の顔は尋常じゃないほどに良いのだ。


「じゃあ、二番目にイケメンと言ったら誰だと思う?」

「二番目っつったら、映画サークルにも、ダンス部にも、それこそうちのサークルにもそれなりなのは居るから、はっきりと二番目はあいつ!と言えるような奴が思いつかない」


 赤峰もそれなりに顔立ちが整っている。邦斗がワイルド系イケメンなら、赤峰は線が細い、中性的なイケメンという感じになるのだろう。


「それじゃあさ、二番目が後ろのあいつだとして、そいつの恋人になりたいと思うか?」

「それな」


 お互い、意味深な眼差しとなって目と目を合わせて、苦笑を浮かべる。

 陸守邦斗には、雑誌のモデルに載りそうな程の美人な妹がいるのだが、とにかくこいつが半端じゃない。


 邦斗が女の子とデートをすると言うのなら、お邪魔虫よろしく一緒についてくるし、旅行なんて行こうものなら、先回りをして同じ宿泊先の予約をとっておいて、

「あっ!お兄ちゃん!偶然だね!」

 なんてことを言い出すのだ。


 ワイルド風イケメンの邦斗は恋人が出来てもすぐに別れてしまう。何故かと言えば、デートも旅行も、常に妹が一緒の状態になってしまうから。邦斗も邦斗で、自分に付き纏う妹の絢女に対して、文句の一つも言わないところが問題でもあるのだ。


 そんな邦斗と萌依子が付き合って三ヶ月、妹の絢女は兄と萌依子を別れさせたくて仕方がないのだから、絶対に今回の合宿中に、騒動を起こすに違いない。


「後ろの三人だけでも問題だっていうのに、霊障が百パーセント現れるホテルに宿泊するだなんて・・今から胃が痛くて、胃が痛くて仕方がないよ」


「だから玉津を連れてくれば良かったのに〜」

 赤峰は大きくあくびをしながら言い出した。


「玉津がいれば、萌依子はそっちの方に移動するのは分かりきったことだったじゃん!絢女はお兄ちゃんをゲットできてウハウハ、俺らは万が一の場合の除霊師が近くにいて安心。お互いウィンウィンになったのに〜」


「それはウィンウィンなのだろうか?」


 とにもかくにも、今年の合宿は大変なことになりそうだと考えて、狩野部長は大きなため息を吐き出したのだった。

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