第12話 萌依子の思惑
立仙萌依子の家は土地持ちの金持ちで、親族も複数の企業を経営しているし、自分の父も複数の賃貸ビルのオーナーとしてそれなりに忙しく働いている。
母は専業主婦で、兄や姉はすでに就職をして独り立ちをしており、実家に残っているのは末っ子の萌依子だけとなっているので、両親だけでなく、近くに住む祖父母も萌依子のことを可愛がってくれる。毎年、学園祭には父母だけでなく、祖父母も観覧に来てくれるため、萌依子は張り切って演劇の練習に取り組んでいるのだった。
そんな萌依子の愛読書といえば、乙女ゲームとか異世界転生を題材にした小説や漫画だったのだ。
公爵とか、侯爵とか、伯爵の子息が、病気がちで体が弱い自分の妹(もしくは義理の妹)を猫可愛がりし過ぎて、婚約者を蔑ろにしまくるのだが、最終的には婚約者には振られてしまうし、シスコンの元婚約者を捨てた女性は、晴れて素晴らしいイケメンと結婚することになるのだ。萌依子はシスコンをヒロインが捨てる系の物語が大好物だったりするのだ。
演劇サークルの仲間である陸守邦斗は、大学に入学する前から恋人が居るし、別れてもすぐに恋人が出来るので、萌依子の興味を引くような存在ではなかったのだが、邦斗の妹が大学に入学してくるようになってから、俄然、興味が湧くことになったのだ。
なにしろ、妹の絢女が凄すぎる。モテ男の兄の恋人たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げているというのに、兄の邦斗は文句を言わない。
挙げ句の果てには、
「妹と仲良くできる人なら交際したい」
とまで言い出す始末。
これはもしかしたら、車に轢かれて異世界転生しなくても、妹に夢中でどうしようもない男を相手にした物語を、自分自身の手で進められるのかもしれない。
夢みがちな萌依子は、今まで王子様そのものの容姿をした玉津たくみに夢中となっていたのだが、ここで一旦、方向転換することにして、同じサークルの陸守邦斗との交際を始めることにしたのだった。
何しろ、馬鹿みたいに妹を大事にする公爵とか、侯爵とか、伯爵家の息子の代わりを、陸守邦斗が演じてくれるのだ。
「お兄ちゃ〜ん!私も一緒に買い物に行きたい〜!」
「お兄ちゃ〜ん!私も一緒に映画に行きた〜い!」
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
邦斗と一緒に居れば、必ず妹の絢女が邪魔しに来るのだが、
「キタキタキタキタ!物語と同じ展開だわ!異世界転生しなくても、私、同じような内容の展開を体験出来ているのだわ!素敵!」
と、夢みがちな萌依子は、心の中で興奮の声をあげていた。
一応、役柄的に、
「いつまでもお兄さんに頼りきりなのもどうかと思いますよ!」
とか、
「他のお友達とも交流を広めたらいかが?」
などと、嫌味ったらしく言ってみるのだが、
「私のお兄ちゃんなのよ!一緒に居ても何の問題もないでしょう!」
と言って、いつでもキーッと絢女は怒り出すのだ。
良い、とっても良い。萌依子をちっとも庇わない邦斗については、正直どうかと思うけれど、妹に甘々すぎるためにいつかは破滅するのだから(物語では大概破滅するのだ!)邦斗については、至ってどうでも良いことにしている。
萌依子としては物語の中の世界を擬似体験しているようなものなので、邦斗との交際については不満に思うことは何もない。ただ、陸守邦斗の恋人となって三ヶ月にもなると、絢女との熾烈な争いに飽きて来ることになったのだ。
同じような状況が三ヶ月も続けば、流石に、お腹いっぱいにもなるだろう。
そろそろ、異世界転生擬似体験も飽きてきたことだし、絢女を理由に、邦斗と別れてしまおうかしらと、そんなことを萌依子が考えていると、
「ごめん、本当にごめん」
と、言って、邦斗が頭を下げて謝り始めたのだった。
「実は今まで、絢女よりも恋人の方を優先すると、絢女は気が狂ったように怒り出して、挙げ句の果てには自殺騒ぎまで起こしたこともあったんだけど・・」
妹ラブと言っても、小説の中の登場人物のように、何もかも妹中心に生きていくほどのめり込んでいる訳でもなく、恋人とイチャイチャしたいと邦斗自身は考えていたらしい。
よくよく聞いてみれば、邦斗自身も、妹が自分に向ける執着心の強さに恐れ慄き、子供の時から精神的に疎遠となっている両親に相談することも出来ず、一人で悩みを抱えていたために、来る者拒まず、去る者追わずというスタイルで大学生活を送ることになったいうのだ。
来る者拒まずだからこそ、萌依子との交際も始めたのだが、
「俺は・・萌依子が好きだ・・別れないで欲しい・・」
と、泣きながら邦斗が訴えて来た。
物語の中では、大概、妹至上主義の令息はヒロインに捨てられて破滅することになるのだが、令息が泣きながら別れたくないと訴えてくる展開は読んだことがない。
「絢女の前でイチャついたら、あいつが萌依子に対してどんな事をしでかすか分からないから、今までそっけない態度を取っていたんだけど、俺は、萌依子ともっと仲良くしたいんだよ」
ワイルドなイケメン風で、妹至上主義のスカした野郎だと今まで思って来たのだけれど、邦斗の本音を聞いて、夢見がちな萌依子はキューンとしてしまったのだ。
「実の兄妹なのに禁断の関係なのかなって、私なんかはそんな想像をしちゃうんですよね」
なんてことを小道具係の佐川由希が言っていたけれど、邦斗に限ってそれはない。彼は絢女のことを大切な妹として接しているけれど、あくまで肉親に対する愛情であるということを萌依子は十分に理解していた。
「ふふふ〜ん〜」
食事も終えて、舞台の練習も終えて、夜の八時半から九時までの三十分、貸切露天風呂を予約していた萌依子が、入浴セットを用意していると、その後ろ姿を眺めていた同室の女子が、
「恋人と露天風呂?」
「いいわよね〜!」
と、声をかけて来たのだった。
「邦斗と一緒に入るとは限らないわよ!」
何せ、妹の絢女も合宿に参加しているのだ。邪魔をしに来るに決まっている。だけど、邦斗が半泣きになりながら、
「絶対にお風呂に行くから!絶対に行くから待ってて!」
と、懇願するので、友達も誘わずに一人で、貸切露天風呂に向かうつもりでいるのだ。
「移動中は気をつけてね!ここは幽霊ホテルとして有名なんだから!」
霊障が百パーセントと起きると言われているホテルに併設された劇場で、舞台の稽古をしていたのだが、拍子抜けするほど一日目は何も起こらずに終わろうとしている。
「だったら、自ら肝試しに行って、心霊動画撮影しまくるぜ〜!」
そんなことを言い出した赤峰率いる男子グループと、それに賛同した女子部員たちが、ホテルの周囲を徘徊しているはずだ。
部長の部屋にみんなで集まって、そろそろ飲み会が始まりそうな時刻だというのに、未だに飲み会開始のお声が掛からない。そんな訳で、肝試しに行かずに、ホテルの部屋に残った女子部員たちで恋バナをして盛り上がっていたのだが、兄が第一の絢女はこの女子の集まりには参加していない。
「それじゃ、行って来るね!」
「行ってらっしゃい!」
「気をつけてね!」
萌依子を送り出した女子部員たちは、この時、まさか、あんなことになろうとは思いもしなかったのだ。
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