第22話  オーナーは前向き

「こういう訳が分からないことが起こった時には、とにもかくにも、出来ることから一つずつ、やって行くしかないんですよ!」


 なんだか自分自身にも言い聞かせているように言いながら、2階の203号室にオーナーさんは案内をしてくれました。


 このホテルは西棟と東棟に分かれているみたいなんですけど、203号室は西棟、ホテルのフロントや食堂がある棟にありました。


 ノックをしてしばらく待つと、陸森邦斗先輩がドアを開けてくれました。邦斗先輩は玉津先輩と同じ三年生で、邦斗先輩は経済学部に所属していたはず。強烈なブラコンの妹といつも一緒に居るということで、この先輩も大学の名物生徒みたいな感じになっていますね。


 玉津先輩が神々しいまでのイケメン(現在、フランケンシュタインのマスクを装着中)だとするのなら、邦斗先輩はワイルド系イケメンですね。体もアメフト選手?みたいな感じでがっしりしていますし、お腹も六つに割れていることでしょう。


「玉津!なんでここに!」


 玉津先輩登場に、他の部員たちは狂喜乱舞状態になっていたんですけど、邦斗先輩は驚きと共に、不信感みたいなものが表に現れてきています。


 何せ、邦斗先輩の現在の恋人である立仙萌依子先輩は、玉津先輩と同学年となるんですが、1年の時から玉津先輩を追いかけていたという猛者です。そんな訳ですから、現彼氏の邦斗先輩としては面白くないところもあるのでしょう。


 そして、そんな邦斗先輩の様子なんか全く気にしていない玉津先輩はというと、

「ギャッ・・マジか・・そうか・・蛇の幽霊の巣窟になっているんだな・・もう帰りたい」

 なんてことを、私の背中にへばりつきながら呟いています。


 視線は床にしか向けられていないんですけど、また、何かが見えているってことなんですかね?社長さんも、廊下の端まで下がっているんで、何かが見えているのかもしれません。


「先輩、いつまでも入口に立ってもいられないので、部屋の中に入ってもいいですか?」

「やだ!やだ!やだ!やだ!入りたくない!入りたくない!」


 フランケンシュタインが、首をぶんぶん横に振りながら、及び腰になっている。


「つまりは、何かが見えているってことですか?」


 半信半疑といった感じでオーナーが問いかけて来たので、私はとりあえず大きく頷くことにしました。


「先輩は神社の息子で、呪いの品々が毎日のように、お祓い目的で奉納されている関係から、小さな幽霊(もの)から大きな幽霊(もの)まで見えるタイプの人なんです。こうやってホラーマスクを装着することで、僕もお仲間なんだから見逃して、決して悪意はないんです、と、主張している痛い系の人ということになるんです」


「痛い系の人ってなんなの?天野さん酷くない?」

「だって、ホラーマスクをかぶって現実逃避をしているんでしょ?」

「そりゃそうかもしれないけれど・・」


 そこで認めちゃうのが、先輩が先輩たる所以ですよ。普通、いくら霊感があるからって、ホラーマスクはかぶらないですからね。


「それで、僕はどうしたら良いのだろうか?清めの塩でも持って来た方がいいのかな?」


 幽霊といえば塩ってみんな思いますもんね。だけど、

「今回に限っていえば、塩は無意味かな・・」

 震度4レベルの地震を局地的に発生させる霊に、塩は気休めにもならないかも。


 意味がわからないといった様子で、目の下の隈が真っ黒になっている邦斗先輩の、右手にぐるぐるまきにされた純白の包帯姿が痛々しい。


 これは幽霊じゃなくて不審者にやられたっていうんだから、警察にお任せするしかないんだけど、萌依子先輩についてだけは、玉津先輩がなんとかしてくれるでしょう。


「さあ!先輩!行きましょう!」

「何故行くのかな?」

「前から言っているとは思うんですけど、私、全く何も見えないから怖いとか、そういう感覚がないんですよ!」


 私が見えるのは超強力なものだけなので、私の視界には、シングルルームに置かれたベッドに横たわる萌依子先輩の姿くらいのものなんですよ。


「うう〜、行きたくない〜」

「さあ!行きましょう!行きましょう!」


 先輩の両手を胸の前でぎゅっと掴み、先輩をおんぶする形で前へと進んで行きます。フランケンシュタインをおんぶ状態なので、見た目は無茶苦茶シュールだと思います。


 小さなテーブルの上にアンティークのランプが置かれている、洒落た作りとなっている部屋は、おひとり様宿泊用の部屋であり、テーブルの下には小型の冷蔵庫も置かれているし、テレビも備え付けられています。


 このホテルはアンティーク調に建設したのだと思うんですけど、昭和初期とか大正のノスタルジーを感じるような作りというか、窓の向こう側に広がる森林も瑞々しく見えて、避暑で利用する人も多いのだろうなと、そんなことを考えてしまいます。


「僕もう目を瞑るわ。ベッドの前まで行ったら教えて」


 遂に諦めた先輩は目を瞑る手段に出た模様、怖さが究極になると先輩はマスクをした上で目を瞑ります。完全なる現実逃避ですね。


「先輩、ベッドの前まで到着しました」

 狭い部屋を移動しているんで、移動も一瞬で終わりますよ。

 グフッ

 と、マスクの中でゲップをしながらえずいた先輩は、

「工場に居たやつと同じ奴が居る〜」

 と、言い出しました。


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