第2話  先輩は後輩を助ける義務がある

 昨日は親指、今日は人差し指ときたら、明日は中指で、明後日はお姉さん指かもしれない。毎日、毎日、指がアパートの扉の前に転がっているような事態に陥るのは嫌だし、工場の人だって、毎日のように誰かしらが作業中に指を切断していたら、たまったものではないでしょう!


「玉津センパーイ!玉津センパ〜イ!」


 何処の大学にも名物生徒なるものが居るとは思うんだけど、うちの大学の名物生徒といえば『玉津たくみ』先輩となる。


 先輩は映画サークルに籍を置いているんだけど、毎日のようにホラーマスクを制作しているようなオタクで残念な先輩なのだ。


 ホラーでオタクで残念な先輩なんだけど、ご実家が神社という関係からか、オカルトな話題を持っていくなら『玉津先輩』と言われている。本人は、オカルトな話が大嫌いなんだけど、オカルトな話を持っていくのなら『玉津先輩』を選んでおけば間違いないのだ。


「先輩の命の恩人である天野さつきが参りました〜、先輩〜、かわいい後輩が遊びに来ましたよ〜」


 玉津先輩は無茶苦茶変わっている。

 いつでも何かのマスクをかぶって生活をしているんだけど、今日はドラキュラのマスクをかぶって、狼男のマスクを作っている。


 うちの大学の学祭は秋に行われるんだけど、毎年、演劇サークルと映画サークルとダンス部の共同で、ハローウィンパレードを行うんだ。これが学祭のウリの一つにもなっていて、テレビの取材も来たりする。これらの特殊メイクや、かぶり物のマスクを制作するのが先輩のお仕事。


 神社の神主の息子なんだけど、将来的にはハリウッドで特殊メイクの勉強をしたいらしい。映像編集なんかでいくらでもホラーな画像が作れる世の中だと思うんだけど、先輩は『特殊メイク』がやりたいらしい。


「何?何?君が予定にない日に僕のところまでやって来るなんて、嫌な予感しかしないんだけど?」


 すっぽりとドラキュラのマスクをかぶる先輩、Tシャツにジーンズ姿のラフな格好に精巧すぎるドラキュラマスクがシュール過ぎるよ。


「先輩、私は先輩の命を救った恩人ですよ?」


 霊感が強すぎる先輩は幽霊が大嫌いなんだけど、ある時、生き霊に一瞬だけ取り憑かれて車に撥ねられて死にそうになったことがあるんだよね。その時に、先輩を助けたのが私ってわけ。


 実は玉津先輩、マスクの下は、芸能人も裸足で逃げ出すレベルの美丈夫のため、ホラーマスクなしで大学生活を送っている間に、山ほど生き霊を担いで生きていたってわけ。


 厳しい現実を直視したくない玉津先輩は、今日も、頭からすっぽりとドラキュラマスクをかぶって現実逃避をしているのだ。


「まあ、まあ、先輩、根を詰めすぎていても碌なことがないですよ。狼マスク作りはちょっとだけ休憩して、私とお菓子でも食べましょうよ」


「なんなの?お菓子なんかは有り難くいただくけど、君がそんなことを言い出す時は、碌なことがないから嫌なんだけど」


「まあ、まあ、まあ、まあ」


 私は大学二年生、先輩は一個上の三年生。同じ人文学部民族学科の生徒で、フィールドワ―クにも一緒に行ったりする仲でもある。


 小さなテーブルの上にクッキー、チョコレート、マシュマロ、ポテトチップスを山盛り置くと、ペットボトルの珈琲を差し出して、自分用に紅茶のペットボトルを目の前に置く。


 溜まりに溜まった宿題のお手伝いなんかをお願いする時にも、山盛りのお菓子を献上するので、先輩の警戒心はまだ低い。


「先輩、実は今日、先輩に泊まって欲しいなって思っているんです」

「何処に?」

「うちに」


 マスクの中でブフーッとか言っているんだけど、大丈夫なのだろうか?


「あのね、先輩、すでにマスクの中が吹き出した唾で汚れていそうだし、話しづらいんでマスク外してくれません?」

「ええ〜?」


 しのごのいった後で、嫌々マスクを外した先輩は大きなため息を吐き出すと、

「どういうこと?意味がわかんないんだけど?」

 と、もっともなことを言い出した。


「あのですね、先輩、実は私の家に昨日、切断された男性の親指が転がっていたんです」

「親指?何故?」


「アパートの隣が町工場なんですけど、そこで作業していた人が機械に巻き込まれて、指がスパーンと切断されて、窓から飛んで行って、私のアパートの扉の前に落下したんですよ」


「こわっ」


 玉津先輩は恐ろしいほどの美形なんだけど、その美形な顔をくちゃくちゃに顰めながら私を見る。


「それが昨日の話なんですけど、今日は成人男性の人差し指が落下していたんです」


「変質者によるいたずらとか?」


「そうじゃなくて、工場の機械に巻き込まれて、今度は別の人の人差し指がスパーンと切断されて、窓から飛んで行って私のアパートの扉の前に落下したんですよ」


「こわっ」


「この調子でいったら、明日には中指、明後日にはお姉さん指、明々後日には小指が転がっているかもしれないですよ。色々と気味が悪いんで、私と一緒に、アパートに帰って欲しいんです!」


「何故?」

「だって、先輩、色々と見える人じゃないですか!」

「見えない、見えない、僕には何も見えないから」


 嘘ばっかり!先輩はとにかく色々なものが見える系の人で、自分の現実を直視したくないから、マスクをすっぽりかぶって生活しているのです!


「先輩!二日連続で、扉の前に切断された指が落ちている私の気持ちが分かります?」

「わからない、わからない、全然僕にはわからない」


「先輩!泊まってくれたらサービスしますから!」

「・・・」

「明日、また、指が落ちているかもしれないと怯えながら扉を開けるのが嫌なんですよ!それに、万が一にも、指が落ちている事態に陥ったら、霊感が強い先輩なら何をどうすれば良いのか分かると思うんです!」

「君が僕にサービスしてくれるの?」

「はい!」


 私は胸を張って言いました。

「私の手作りカレーを先輩の為に作って振る舞いますとも!」

「そうだよね、カレーだよね」

 なんで落胆するのかな、先輩はもっと豪華なご飯を所望していたのでしょうか?


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