第40話  死にたくない

「うわああああああ!」

「わああああああ!」


 熊社長とオーナーが、笹を振り回して応戦しているけれど、もはや怪物状態の巨大蛇の抵抗が凄い。尻尾を池から伸ばして、逃げようとする赤峰先輩たちを叩こうとするし、

「ぎゅぁわあああああああああっ」

 暴れて、暴れて、収拾がつかなくなっている。


 それは悲劇的な苦しみ、悲しみ、恨み、悔しさ、愚かさ、憎しみ、憤怒の怒りがまぜこぜになって、この世界に災いを撒き散らそうと暴れまくっている。


「先輩・・」


 雨まで降ってきて、風まで叩きつけるように強くなっている。

 考えてみたら私、今まで、玉津先輩に甘えていたのかもしれない。

 何気に、色々な豆知識を持っている先輩だから、今回も何とかしてくれるんでしょうって、そんな風に、簡単に考えていたのかもしれない。


 こういう、水神系といえば、神社でしょ、神社といえば、先輩の実家でしょう!


「先輩!玉津先輩!助けて!助けて!助けて!」


 熊社長を投げ飛ばし、オーナーを尻尾で弾き飛ばした人頭蛇身は、遂に私の前までやってくると、首を傾げながら私を眺めている訳ですよ。私が直視できるのは特級、言うなれば、神様とか精霊とか、妖精とか、スピリチュアル上位の部類ですもの。私若きに何が出来るんだっていう話なの!


「先輩!玉津先輩!」


 この時、大雨の中で、私は必死になって叫んでいた訳です。

 熊社長もオーナーも、赤峰先輩も、絢女さんも、撮影班の人たちも、全員、蛇の攻撃を喰らって倒れちゃっているんです!


 孤立無縁ってこのことを言うんですかね?こういう事態の時には、いつでも先輩が居たので、こういうパターンは初めてですよ!


「先輩!助けて!先輩!」


 すると、雨の中を弾丸のように走って来た何かが、化け物に体当たりを喰らわせて地面に転がったのです。その何かはよろけながら立ち上がると、私の前まで歩いて来ながら、真っ黒な何かを『はいどうぞ』みたいな感じで渡して来たのでした。


 私に黒い何かを渡してきたのは、上半身裸状態の玉津先輩でした。


 何故、上半身裸なのかとか、何を手に巻きつけているんですかとか、体当たりを食らった蛇がこっちを振り返っているぞとか、言いたいことは山ほどあったんですけども、

「先輩!なんで井戸に行っちゃったの!」

 私がヒステリックに叫んだ言葉はそれでした。


「怖かったんですよ!死ぬかと思ったんです!どうして貞子の方に行っちゃったの?敵はこっちでしょう!」


 大雨で濡れそぼった先輩は、自分の髪の毛を掻き上げたんだけど、その視線の先には、怒り狂って牙を向く女の頭がありました。


「天野さん、その黒いのは武器だから、鞘から剣を抜いてくれない?」

「武器?」


 黒いのは重い何かで、とりあえず柄の部分を掴んで慎重に引き抜くと、錆だらけの刀身が出て来ました。60センチくらいの長さですかね?意外と重みもあるし、しっかりとした作りではあるんですけど、片刃ではなく両刃で直刀の剣です。


「先輩、私、今までホラー展開だったのに、いきなりス○ーウォーズみたいな展開になるホラー映画が大嫌いなんですよ」

「奇遇だね、僕も本当に、そう言う展開大嫌い」

「まさかと思うんですけど、これであいつを斬れってことですか?」

「そうなんだと思う」

「無理ですよ!無理!」


 私、剣道だって習ったことないんですよ?フェンシングとかも、テレビの紹介を見たことがあるだけで、どうやって戦うのか見たこともないですよ。

 まるでズブの素人の私に、アイツを斬れと?正気じゃないです!


「天野さん、想像力は力になるんだよ。イメージが大事。ここには、過去、生贄となってきた人々の供養塔もあるし、尊き血を残すために、犠牲になってきた女性たちの念が山のように積み重なっているんだよ」


 そりゃ、あの手の数を見ればそうなんだとは思いますけども〜。


「近親婚を繰り返してきた熊埜御堂ではまともな子供が生まれづらく、異形の姿で短命な者は、代々、生贄とされてきた歴史がある。望まぬ結婚、望まぬ妊娠を強要された女性もまた多いし、その犠牲となって生まれ出る子供は、命の尊さなど無視した状態で殺された」


 まるで見て来ましたみたいに先輩は言うんですけど、そうなると、お兄さんと結婚したかったー!と言う女性の霊だけじゃなくって、色々な女性の思いが怨念になって固まっちゃって、あんな怪物くんになっちゃったってことなんですかね?


「男は出産に立ち会わないから、何の問題もないけれど、子供を産むのは女性だし、その女性から生まれた子にしても、まともに育たなかった場合が多い。だけど、結局はやめられない。だって血を濃くすることこそが、一族の繁栄につながると考えていたのだから」


 先輩は私の背中に回ると、自分の手を私の手に重ねるようにして剣を掴みました。


「敵を倒すとか、そんなことは考えないで?これはね、救うための行為なんだよ」

「救うための行為?」

「そう、敵を抹殺ということではなく、救済する、魂を浄化させるつもりで手に力を込めて」


 先輩の大きな手が温かくて、背中を包み込む体も温かくて、後ろから耳元に囁かれているので、全身がゾワゾワして、ちょっと、頭の中が、どうにかなりそうです。


 先輩はね、いつもはホラーマスクを付けているほどの痛い人で、いわゆる変人という部類の人だとは思うんですけど、なにしろ顔がいいんです!顔が!そこらのタレントさんがひれ伏してしまうほどの神々しさで、それが、至近距離にあると、さすがの私も胸がドキドキして来ますよ。


 やばい!顔がいい!顔が良すぎる!なんでマスクしてないの!反則だよ!反則!

 世の中のみなさーん!顔が良すぎるのも本当にどうかと思いますよねー!顔が良い=何でも許せてしまうみたいなの、あると思いませんか〜!私はあると思うんですよー!


 いつもはアホみたいな先輩が真面目な顔をしていると、トウンクどころじゃないですよ。ドキがムネムネ状態じゃないですよ、心臓がバコンバコンいって不整脈を起こす寸前ですよ。ヤバイ、化け物の所為じゃなくて、この美し過ぎる顔にやられて死ぬかも。


「ああああ〜ヤバイ〜」

「はあぁああああ・・怖いー〜」


 私が真っ赤になって震え上がっている間に、先輩は真っ青な顔でガタガタブルブル震えていたなんて知りもしませんでした。なにしろ、怒った化け物は私たちの方へまっすぐ向かって来たんです。


そこで、まともな思考ではない私たちは、トコトコまっすぐ進んで行って、持っていた剣で大蛇を貫いたんです。


 ちなみに蛇を貫く瞬間、先輩は私の頭に顔を埋めていた為、直視していません。


「「「「ギャァアアアアアアア」」」」


 ハウリングするように絶叫が岩の間を駆け上っていくと、供養塔として立てられた玄武岩が音を立てて崩れていきます。


『ガガガッガガッガガガッッ』


 稲光が光ったと同時に、断裂するような雷鳴が轟くように木霊する。剣の柄から手を離した先輩は、私を引き寄せながら地面にゴロゴロ転がります。


「死にたくねぇ〜」

 先輩は私を抱えたまま独り言を呟いていますけど、本当にそれね、やっぱり死にたくはないですよ。

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