第41話 死んでいない
「お兄さん、お兄さん」
「う・・」
目を覚ましたら、見たこともない男の子が覗き込んでいました。転がる玉津先輩に抱きしめられている状態なので、腕が重いです。
なにしろ、ホラーマスクを作るほどのオカルト映画好きな先輩なんですけども、
「オカルト映画好きと、怪談話好きはジャンル違いだから!」
と言って、雑多な霊に取り憑かれるのを防ぐために、毎日、体を鍛えているような変人なのです。
そういえば赤峰先輩も言っていたけど、生命力が大事らしいんですよね?たとえ相手が幽霊であっても筋肉は裏切らないとか、そんな風に先輩は考えているから、とにかく先輩の腕が筋肉質で重いんです。
「うん?」
私が腕の中で踠いていると、上半身裸状態の先輩はようやっと気がついた様子。
「あれ?君は吾郎くんだよね?」
男の子を見上げた先輩が問いかけると、男の子は笑顔で頷きました。
「うん、そうだよ」
ちょっと待ってよ〜、吾郎くんって、四十年前に行方不明になった熊社長の弟さんの名前じゃなかったっけ?
「お兄さんたち、前評判の通りで稀有な存在だね?二人で居ないと役に立たないってところがどうかとも思うけど」
「いや、実際には、天野さん一人だけでも大丈夫じゃない?僕自身、絶対に役立たずだったと思うんだけど?」
「そんなことないでしょ?」
ふふふと笑う吾郎くんを見上げながら、これが、見かけは子供、中身は大人って奴なのかしらと思いましたとも。四十年の間、行方不明(神隠し?)になっていた吾郎くんは、とても普通の子供には見えません。
「あれ?」
「化け物は?」
「ここどこ?」
「絢女、大丈夫か?」
「赤峰先輩?蛇どうなったの?」
赤峰先輩たちも意識を取り戻したみたいですね。
「怪我人はいないか?」
「大丈夫かい?」
熊社長とオーナーも意識を取り戻したようです。目覚めて早々、私たちの心配をしてくれるとは、流石、折れた竹で化け物と戦う人たちですよ。
雨はすでに止んでいて、池のまわりは霞がかっていて、視界が悪い状態です。
それでも、みんな、何故か先輩と私の方へと集まって来ると、
「「「「何故、裸?」」」」
と、赤峰先輩たちが驚きの声をあげて、
「「吾郎!吾郎なのか!」」
と、熊社長とオーナーが男の子に飛びつきながら驚きの声をあげたのです。
◇◇◇
無数の大小の島々によって形成している日本という国だけれど、大陸の人々は、この日本という島国を『呪われた島』とも呼称していたというんだよね。
船で行くには遠すぎるし、何があるか分からないし、島の規模としてはとっても大きいけれど、わざわざ行こうとは思わない。
わざわざ行こうとは思っていなかったんだけど、大陸で破れ、祖国を追放され、逃げて逃げて、逃げて、逃げて、最終的に、船に乗って渡って来た人々が居たわけだ。
大学の研究なんかで明らかになったんだけど、遥か昔に日本まで渡って来た人々の中には、ロシアのイルクーツク州にあるバイカル湖周辺から日本に渡って来た人々もいるってことが判明したっていうんだよね。バイカル湖から日本まで何キロあんの?もはやロマンだよ、ロマン。
多くの人々が大陸から日本に渡って来た、それも何世紀にも渡って移動して来ているんだよね。元々、日本に住んでいた人々、原住民というべきなのか、彼らはよそ者を受け入れて、彼らの血と文化をも受け入れた。
色々な場所から渡って来ているし、渡って来た時代もそれぞれ違う関係から、それぞれ、それなりの勢力を作り出したのが縄文時代後期、弥生時代、大和王朝が立つ頃くらいかな。
そのくらいの時代から、面々と引き継がれている古代宗教というものが、今でもそれなりに残されていて、それが山奥であればあるほど、残された残滓が深くなる。
人が作り出す歴史とか文化とか、宗教観とか、研究してみると本当に興味深いし面白いなとは思うけど、時々、人々の恨み辛みが沈澱して、大きな淀みを作り出す。その厄介さを目の当たりにすると、恐ろしくなってしまうんだ。
それは一種の呪いとなるのかもしれないけれど、それを奥底に封じ込める御技というものが確かに存在するのだろうとは思うわけ。
大昔から自然を信仰してきた日本だけれど、大陸から仏教が渡って来て、神仏習合が行われて、果てには山岳宗教との融合も行われることになると、独特の文化が育まれる。
人々をお救いになるという慈愛溢れる神様がこの世に居るのかと問われたら、僕は『分からない』と答えてしまうけれど、特別な何かが居るのかどうかと問われれば、確かに存在するのだと、僕は答えているだろう。
それは僕から見ると、神々しいまでに特別な精神体と言うべきものなのか、超常的な存在と言うべきなのか。確かにこの世に存在しているんだけど、人々はあえて忘れる道を選んだのだろうなと僕は思う。
戦争も終わって、高度経済成長期を迎えて、多くの人が田舎を後にして都会を選び、『核家族化』という名目が掲げられることで、産んで育ててくれた両親の面倒までは見なくても良い。昔のように密接な関係を築いているわけではないから、仕方がないという状況を作り出す。
都会で暮らしているのに、地方の両親の面倒を看る余裕などあるわけがない。いよいよ、動けなくなったら、こちらの方にある施設に引き取って面倒を看るしかない。
なんてことになっているので、山奥の過疎化、限界集落、廃村が進んでいくことになったわけ。そうしたら、昔から引き継がれて来た風習、慣習、宗教的行事なんかは、何の記録にも残されずにあっという間に消えていくことになる。
古から残されてきた自然を崇拝する信仰、その神の意思は、あっという間に弱まり、先ほどご対面した蛇の神様の言う通り、
「人の思いは他を向く。ならば、我が消える日も近かろう」
ということになるのだろう。
抑えが取れて災いが噴出する前に、地獄の釜の蓋を外してしまったような状況になる前に、僕とさつきは呼ばれたということになるのだろう。
彼らの思う通りになったのかどうかは分からないけれど、湧水で出来た池は透き通り、周囲を清涼な空気と厳粛な気で満たされる。
今回もまた、誰かが死ぬようなことにはならなかったんだから、だったらそれでいいってことにしてしまおう。
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