第43話  熊埜御堂家の発展

 今までそんな事象が起こったことがなかったから、警察も行政も、吾郎くんは行方不明となった吾郎さんの子供ということにしたくて仕方がないみたいだった。


 四十年前に行方不明になって、その後、当時の年齢で発見されるだなんて、世界各国、何処を見てもそんな報告例ないからね。


 もしかしたらあったかもしれないけれど、

「そんな訳ないじゃ〜ん!」

 ということで、誰かが捨てて行った子供扱いで新しく戸籍を作っていたのかもしれないね。


 兎にも角にも、マスコミが吾郎くんを取材するために山ほど訪れることになったんだけど、その取材が熊埜御堂家にとって良い風を送り込むことになったんだよね。


 まずは熊埜御堂ホテルの方だけど、オーナーは結構な土地持ちだったんだよ。田舎過ぎて売買が不可能な大きめの土地を持っていたわけなんだけど、これが高値で転がせるようになったという。


 それは何故かというと・・


「吾郎君が発見された酒巻山に来ています。こちらの山の麓には、吾郎さんの従兄弟となるオーナーがホテルを経営されているのですが、話を聞いてみたいと思います。熊埜御堂さん、こちらの家では代々、蛇の神様をお祀りしているとお伺いしたのですが、それは本当のことでしょうか?」


「はい、うちの方でもお祀りしておりますし、近くの神社の方でもお祀りしております。実は我が家は、約400年前の源平合戦の時代に、豊後からここ長野へと移動をして来た一族なのです。豊後での祖先は、穴森の神社の祭神である蛇の御靈だとも言われておりまして、我が一族は蛇の末裔とも言われているのです」


「神隠しにあった吾郎くんは、四十年ほどの間、神様のような人の世話を受けていたと言っていましたが?」


「そうですね、本当に不思議な話です。ですが、吾郎を無事に返してくれた神様に、私たちは大きな感謝をしている訳です」


「蛇の加護というのでしょうか、ここ、川津村では、周辺地域の市町村が大雨の被害を受けたとしても、川津村では災害の発生が全く無いと聞いたのですが?」


「村の方では全く被害が出ないんですが、山の麓にあるうちのホテルの方だけが被害を受けているんです。過去三度、うちのホテルは自然災害の被害を受けていても、川津村では被害が発生しないんです」


「地元の方にもお聞きしたのですが、熊埜御堂さんが蛇の神様の力を使って、災いを一身に堰き止めているとお聞きしましたが?」


「いや、どうなんでしょうねぇ?私にもそこのところは良く分からないですけれど、何にせよ、蛇の神様には感謝をしています!」


 このテレビの放送の後に、大手の企業からホテル宛に電話がかかって来たのだそうだ。


 温暖化による気候変動により、いつでも何処でも、夏になればどんな場所にでも線状降水帯が発生する恐れがある今の世の中で、絶対に水害が起きない場所というのは非常に貴重な場所だという。


 過去三十年のデーターを調べたところ、やはり、川津村では被害が起こっていないことが判明した。全く不思議なことではあるが、そのような土地柄は大変ありがたい話なため、土地を購入して精密機械工場を建てたいと思うのだが・・


 そこでオーナーは即座に吾郎くんに電話をした。


「吾郎、あのさぁ、大手の企業が精密機械工場を建てたいから、土地を売ってくれないかって言って来たんだけど」


 年齢46歳、現在小学校に通っている吾郎くんは即答したという。


「それね、土地は売らないで貸し出しする形にした方がいいよ。一気にお金をゲットするよりも、長く転がしたほうが絶対に得だから。言い訳としては、蛇の神様とか意味がわからないだろうし、購入して土地を放棄されても困るから、とりあえず貸し出しという形で契約を進めたいって言ったらいいよ。金額はね、結構な額が引っ張れると思うから、交渉の場には弁護士さんを同伴させるようにしておいてね」


 吾郎くんが提示した金額は、オーナーには想像出来ないくらい高いものだったのだけれど、相手は言い値で了承してくれた。


 その後、川津村は工場誘致フィーバーが起こることとなったのだが、吾郎くんの指示のもと、高齢の氏子たちが詐欺の被害に遭ったり、不当な取引をすることにならないように、村役場一丸となってことに当たることにしたらしい。


 長野がこんなことになっているのだから、もちろん、さつきのアパートの隣にある工場の方にもフィーバーがやって来た。


 なにしろ、大手の企業の社長は、縁担ぎとか大好きだ。今まで見向きもしてくれなかった大手から注文を受けるようになったし、有象無象の会社が出資するだの、投資するだの言い出した。


 今まで経験したことがない事態に、社長は即座に弟を召喚した。


「お兄ちゃん、今見せてもらった名刺だけど、三分の二が詐欺だよ、それ以外も、今は見送りにした方がいいね」


 昭和から続いている町工場が有名になったのは良いものの、吹けば飛ぶような工場なのだ。罠に嵌めて、潰して、売りに出された土地を安値で購入した上で、蛇の加護付きの土地だと喧伝して、スピリチュアル大好きな会社経営者に売りつけてやろうと企む輩はそれこそ山のように居るという。


「お兄ちゃん、この仕事は受けた方がいいね」

 社長宛のメールまでチェックするようになった吾郎くんは、一つの会社を指差した。


「この会社は来るよ〜、今のうちに結びつきを強くして、上昇気流に乗って一緒に連れて行ってもらったほうが良いね」


 吾郎くんが示した会社はインドの会社だった。

 ちなみに、社長は今まで外国の会社と取引したことはない。だけど、吾郎くんがこれだけ言うのだから、社長は自分の弟に全てを賭けることにしたわけだ。


 社長の弟である吾郎くんは、見かけは子供、頭脳は大人。インド人のお客さんが来た時には、社長が用意した通訳さんと一緒になって、通訳をしてくれたのだという。


「全く言語がわからない状態で、初対面の相手と交渉するのはリスクがあり過ぎるよ。だから通訳の他に、僕も仲介に入るようにしたの。僕が話し出した時の相手の顔見た?絶対にこっちを都合の良いように転がすつもりだったんだって!」


 何でも、神隠し時代に、図書館に通って勉強していたんだって。ヒンディー語も、中国語も英語も出来るらしい。暇だったからだってさ。そりゃ四十年もあったもんね!

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