第44話  兄離れしました

 教育費にはお金を注ぎ込むけれど、仕事が忙しいのと、時間があれば愛人とイチャイチャしたい関係で、自分の子供については、ほぼ、放置状態だった陸守家。物凄い孤独を抱えていた絢女さんは、お兄ちゃんである邦斗先輩に依存しまくっていたんですよね。


 兄も兄で、飢餓感を露わにする妹のことを放置できない状況だったんでしょう。貪欲に兄の愛情を求めるところとか、自分と兄以外はどうなったって良いと考えてしまう極端さなんかが、悪霊様には都合が良かったのでしょうね。


 ちょっと部屋に戻るつもりが、そのまま乗っ取られてしまった絢女さんは、自分の荷物はホテルの裏に放置して、酒巻山へと入り込んで行ってしまったんですね。


 脱衣所でカミソリを振り回したのも絢女さんでしたが、本人、全く覚えていないのだそうです。とにかく、寂しくて、苦しくて、どうしようもなくて、泣きながら歩いていたのは覚えているけれど、気がついた時には底なし沼に足を一歩踏み出したところで、悲鳴をあげている間にも、引きずられるように水の中に沈み込んでいったって言うんですね。


 水から顔を出すことに精一杯、息を吸い込むことに精一杯で、池から伸びる女性の手についてはちっとも気がついていなかった絢女さん。もう、死ぬかも、そう絶望しかけた時に、池に向かって飛び込んできたのが、頭にアクションカメラを装着した赤峰先輩です。


「諦めるなよ!諦めるな!こういう霊現象が起きた時には、絶対に死んでもいいなんて思うなよ!生命力を溢れさせろ!」


 自分を抱きしめながら、そう叫ぶ赤峰先輩の姿を見て、ズキュンとハートを射抜かれてしまったそうです。他にも三人、飛び込んでいるんですが(私も入れたら四人ですね)やっぱり女性はイケメンに弱いものなんですよ。


 実際、人頭蛇身の化け物が襲って来た時にも、最後まで庇ってくれたのが赤峰先輩だったこともあり、

「好き!」

 と、心の中で叫んでいたそうですよ?


 結局、ずぶ濡れ状態のままホテルへと戻ることになったんですけど、ホテルのエントランスホールに飛び出してきた実の兄を見て、

「いや、ねえわ」

 と、絢女さんは思ったそうです。


 大切な妹を探しにも行かずに、ホテルで待機の兄。妹は怨霊に取り憑かれて危うく死ぬところだったんですけども?

「いや、本当にねえわ」

 もうあれですって、彼氏の浮気現場を目撃して一気に冷めてしまうようなあの感覚、もはや居てもいなくてもどうでも良いランクにストーンと下落してしまった感覚。


 今まで兄のことをイケメンだと思っていたけれど、クソにしか見えないかも。なんであんなに私ったら兄に夢中だったんだろう?何かの霊にでも取り憑かれていたのかしら?


 憑き物が落ちたように冷静になった絢女さんは、ホテルのエントランスホールで宣言しました。


「狩野部長!私、ヒロイン辞めます!」


 私もその場に居たんですけど、ヒロイン辞めますってなんだ?ヒロイン辞めますって、自分のことをヒロインだと思っていたのか?マジか、すげえなって思いましたもの。


「私がクリスティーナで兄が怪人でって、それで愛を語るわけですよね?気持ちが悪くないですか?」


 あ、ヒロインって劇中でのこと?


「もし可能なら、ヒロイン役は萌依子先輩に譲りたいです!私は別に、何の役でも構わないので、ヒロインチェンジ出来ないですかね?」


「ええー〜!嘘でしょう〜!お兄ちゃんラブの絢女ちゃんの発言とは思えな〜い!」


 スケッチブックとマジックペンを構えていた萌依子先輩が叫びました、どうやら呪いが解消されて声が出るようになったみたいです。


「お兄ちゃんラブとかやめてくれないですか?私、本日、死ぬほど大変な目に遭って、兄離れを決意することにしたんですから」


「嘘でしょう〜!絢女ちゃんがシャキシャキ喋ってる〜!ヒロイン喋りしてない〜!」


 萌依子先輩は白目を剥いて叫んでいますけど、ヒロイン喋りってなんですかね?

「お兄ちゃ〜ん!」

 みたいな、アレですかね?


「もうしません!」

 絢女さんは唇を噛み締めながら、

「恥だ・・」

 って呟いています。


 本当に、色々と憑いていたものがいっぺんに浄化しちゃったんですかね?


「わかった、とにかく絢女が無事に帰って来てくれて良かった。それと、ヒロイン辞退も了解した。そもそも、台本は書き直そうと思っていたところなんだ」


 狩野部長はそう言って自分の髪をバリバリ掻くと、

「今までの体験を踏まえて、僕は台本の結末を変えることを決意した。是非とも皆さんに楽しんでもらえるようにするために、僕は結末を変えたいと思うんだ!大変だとは思うけど、みんなには是非とも協力してもらいたい!」

 と、部員たちを眺め渡しながら言いました。


「私的には全然問題ないですけど、一つだけいいですか?」


 空気を読まない小道具担当の佐川由希さんが言いました。


「私、明日帰る前に、酒巻山の神社にお参りしたいんです」


 佐川さんは自分の眼鏡を人差し指で押し上げながら言いました。


「四十年前に失踪した男の子が発見されたって、絶対に話題になるじゃないですか?そんな旬な神社が近くにあるなら、絶対に行ってみたいって思うんです」


 理由があまりにミーハー過ぎて、私なんかは呆れ返ってしまったのですが、

「俺、神社の草むしりとかやっておきたいわ」

 と、男子部員の一人が言い出しました。


「赤峰たちと別れた後、俺たちはホテルに向かうことになったんだけど、一匹の蛇が俺たちの前に現れてな、それでホテルまで一緒に帰ることになったんだよ」

「意外に可愛かったよな」

「そこの神社、蛇の神様を祀っているんだろう?」

「帰り道の安全祈願ってわけでもないんだけど、やっぱり色々あったし、最後くらいは神社のために何か出来ればいいなって思ってさ」


 志が高過ぎる!全然ミーハーじゃない!

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